3.5閑話 生産という仕事
ドルチェが発情した。
子馬を産むのが遅かったから今年最後のチャンスになるかもしれない。
「ドルチェ、良い子を産んでくれよ。シアも……今日は大人しくしてくれよ」
そう声をかけながら、俺は馬房の中を見る。
ステラドルチェは、優秀な競走馬だった。
だが繁殖牝馬になってからは仔出しが悪く、どうしても評価が伸び悩んでいる。
本当なら、もう数頭は産んでいてほしい年齢だ。
その数頭の競走成績が良ければ、ドルチェの将来は安泰になる――そう思っている。
ドルチェ自身は子を産むことが“仕事”だという認識はある。
だが、種付けが好きかと言われればどうにもそうではない。
発情していても後ろ蹴りをする癖が最初の数年はどうしても直らなかった。
初年度はリーディングサイアーであるガリレオを付ける計画もあった。
だが、種馬を傷つけてはいけないという判断でその話はご破算になった。
「今年こそ、ガリレオの子が付くといいんだがなぁ……」
独り言のように呟く。
ドルチェの初年度産駒の父親はリーディングサイアーと比べれば格下の種馬だったが今は四歳ですでに重賞勝ちを果たしている。
上手くいけばもう一段階上のレースも狙えるだろう。
母親がステラドルチェとはいえ血統だけを見れば飛び抜けて良血というわけではない。
それでも無事に競走生活を終えさえすれば繁殖牝馬になれることは確実だ。
「……それだけでも、ありがたい話だよな」
そう思いながら今度はシアに目を向ける。
「シア。おまえもだぞ。母さんと父さんのためにも……頑張ってくれよ」
シアの父親――インペラトーレは、受胎率が異常に悪いことで有名だ。
初年度に百頭以上の繁殖牝馬に付けて産まれたのはたった二頭。
幼駒の頃に大病を患っていてその時に使った薬が原因だと言われている。
血統は決して良くなかったが世代最強とまで言われた競走馬だった。
鳴り物入りで種牡馬になったものの今ではほとんど見放されている。
ステラドルチェとの間に産まれたシアがようやく六頭目。
それでも今まで殺処分されていないのは奇跡に近い。
――それも、上の四頭がすでに競走馬として結果を出しているからだ。
「……おまえにも、ちょっと期待していいかもしれんな」
軽くそう言ってドルチェとシアの様子を確認する。
生産という仕事は、馬にとって楽なものではない。
種牡馬も繁殖牝馬も確実に身体をすり減らす。
それでも、この仕事をしなければ――
経済動物である馬たちは生きていけない。
わかっている。
わかっているからこそ、せめて結果を出してやりたいのだ。
ちなみに種付けが終わったあと。
シアはしばらくそっぽを向かれしまいにゃ軽く蹴られた。
あんなに懐いていたのに――
「……薄情な馬だなぁ」
ちょっと情けない顔で少しだけ苦笑いをした。
※ストックがある間は予約投稿で更新していきます。
週に1話から2話の更新頻度の予定です。
書き終わり次第、完結まで毎日更新に移行します。




