3.馬の生き方
人間の言葉は、相変わらずさっぱりわからない。
けれど、なんとなく――ほんとになんとなくだけど雰囲気や感情みたいなものは伝わってくるようになってきた。
それよりも、私にとって衝撃だったのは別のことだ。
お母さんや周りの馬たちの言葉。
言葉というか気配というか、考えというか……それが、わかるようになってきたのだ。
「黒、シア? 眠いの?
今日は、ちょっとびっくりすることがあるかもしれないけど、大人しくしていなさいね。大丈夫だから」
どうやら私は、人間からは「黒」を意味するシアと呼ばれているらしい。
お母さんも私のことをそう呼ぶ。
ほかにも――
黒いの、とか。
ドルチェっ仔、とか。
ちんまいの、とか。
正式な名前がつくのは、もう少し大きくなってからだそうだ。
それはお母さんと、隣のおばちゃんが話していた。
「お母さん、今日は……なにかあるの?」
「うーん。お仕事、かしらね。知らない馬を見るかもしれないわ。でも、危ないことじゃないから。安心しなさい」
お仕事?
首をかしげつつも、私はできるだけお母さんの言葉に従うことにした。
いつも世話をしてくれるおじいさんがやってきて、
お母さんの顔にいろいろと付け、そこに綱を結ぶ。
完成、らしい。
『ドルチェ、――――。シア、――――』
おじいさんは、いつものように私の頭も撫でてくれた。
お母さんも、ほかの馬たちも、彼のことを「おじい」と呼んでいる。
馬の間では、かなり慕われている人間だ。
長くここにいる、古株らしい。
おじいに連れられて着いたのは、どうやら別の牧場だった。
着いてから、お母さんの後ろ脚に靴みたいなものをつけられたり、
尻尾を束ねられたり、知らない人間たちが忙しなく動き回っている。
子馬以外の牡馬を見るのは、ここで生まれてからたぶん二度目だ。
でも――
前に見た牡馬とは、様子がまるで違った。
異様に興奮していて、今にも暴れ出しそうだ。
空気がぴりぴりしていて、私の耳も勝手に後ろへ倒れる。
……え?
なに、これ?
次の瞬間、牡馬がお母さんに襲いかかった。
人間は何人もいるのに止めようともしない。
むしろ「そういうものだ」とでも言いたげに、黙って見ている。
――お母さんに何するんだ!
飛び出そうとしたけれど、おじいが私をしっかり抱え込んで離さない。
暴れる。
蹴る。
噛みつこうとする。
――邪魔するな!
――離せ!
必死だったけど、子馬の力じゃどうにもならなかった。
やがて、牡馬がお母さんの上から降りる。
……そこではたと気づいた。
これ、たぶん――
種付けってやつじゃない?
そうだ。
人間にとっては、馬は家畜。
増やすための作業でたぶん深い意味なんてない。
血統、体格、実績。
より良い馬を生み出すためにすべて管理されている。
――理屈では、わかってる。
頭ではそう理解しても、前世の常識が邪魔をする。
いくらなんでも子馬の前でやることじゃないだろ!
デリカシーどこ行った!
あぁもう、なんで人間に生まれ変わらせてくれなかったんだ。
神様、性格悪すぎる。
ちなみに全力で止めてくれたおじいには、ささやかな意趣返しをした。
頭を掻くふりをして、後ろ脚で手を蹴る。
けっこう痛かったらしく、涙目で見られたけど――
邪魔するほうが悪いんだよ!
ぷいっと顔を背けた。
……でも、おじいの手は、あとでそっと私の首を撫でてくれた。
その優しさに、ちょっとだけ罪悪感が芽生えたのは内緒だ。
※ストックがある間は予約投稿で更新していきます。
週に1話から2話の更新頻度の予定です。
書き終わり次第、完結まで毎日更新に移行します。




