9.伝えられなかったこと
フォーエバーヤング、サウジカップ優勝おめでとうございます!!!ヽ(´▽`)/
講義は、気づけば完全に脱線していた。
「あっとねえ。ガーッて走って先頭に立てばいいんだよ。それでレース終わり!」
「それで“終わった”って勘違いして失速して、慌てて追っかけて結局二着だったのはどこのどいつだよ」
「ゴールで一着じゃないと勝ったって言わねぇからな」
「先頭になったら終わりだと思うじゃん! 俺がんばったもん!」
厩舎に、どっと笑いが転がる。
藁の匂いと一緒に、声が弾んだ。
「まあまあ。基本はな」
別の牡馬が、少し落ち着いた声で言う。
「出来るだけ人間の指示に従いながら走る」
「で、負けそうになったら――本気出す。それで大体勝てる」
「ちなみにジョッキーは赤い髪のやつがおすすめだぞ」
「うっそだぁ。俺、あいつ嫌い」
「その嫌いなやつとコンビ組み続けて連勝しまくったのは誰だよ?! あいつ今でもちょいちょいおまえに会いに来てつれなくされて泣きついてくるのは俺のとこなんだぞ! ちょっとは構ってやれ!」
「やだ~」
「クソ! このツンデレ野郎!」
また笑い声。
「僕のおすすめは一番年寄りのやつだな」
今度は、少し穏やかな牡馬が口を挟む。
「あれ楽だったよ。むちゃくちゃしないし」
「確かに。あいつはベテランだ」
「変な勝負に出ない。できるレース運びしかしない」
「んー、トーレの娘だし美味しそうな草色頭のやつかなぁ。おすすめだぞ」
「あいつな! たまーに上でうるさいけど、邪魔はしないから便利だぞ!」
「あー、あれね。僕は一回しか乗られてないから、よくわからんわ」
ジョッキーの話は、いつの間にか思い出話になっていた。
「……そういやさ」
ふいに、少し低い声が混じる。
「おまえ、ジョッキー変わりすぎだったよな」
「負けるたびに乗り替わりでさ」
空気が、ほんの一瞬だけ沈んだ。
「変わりすぎて、結局調子崩して引退ってマジですか?」
返ってきたのは、苦笑だった。
「そうだなぁ」
「勝てなくなったのは、変わりすぎが原因かもな」
「最初にレースで乗ってくれたやつが、いちばん相性良かった」
「……でも、それを人間に伝える手段なんて、なかった」
藁の上に、沈黙が落ちる。
「しゃーないよな」
「人間に話せねぇんだから」
「十五年一緒に暮らしたってさ」
「わかるのは、結局“なんとなく”だ」
私は、その言葉が少し怖かった。
――勝った馬たちでも。
――誇らしげに語られる馬たちでも。
伝えられなかったことがある。
勝つことだけじゃ、
埋まらない溝がある。
誰かが、わざと明るい声を出した。
「ま、結果生き残れたんだから細けぇことはいいだろ!」
笑いが戻り、
厩舎はまた賑やかさを取り戻した。
でも私は、
さっき聞いた言葉を、ずっと反芻していた。
――伝えられなかったこと。
それは、
勝ったあとでも、
ずっと胸の奥に残るものなのだと。
※ストックがある間は予約投稿で更新していきます。
週に1話から2話の更新頻度の予定です。
書き終わり次第、完結まで毎日更新に移行します。




