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澄元失踪  作者: pip-erekiban
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第四話 将軍浮説に惑う

「まったく申し訳ない仕儀ですが、あるじ澄元は(やまい)ことのほか篤く、いまは伊丹城に伏せっています」

「なんと、病とな」

「はい。越水城を攻め囲んでいる陣中、寒さがこたえたものかにわかに変調を来たし、こたび戦勝を機に伊丹に移しました。お目通りの儀はいましばらくお待ちあれ」

 之長が少しも表情を変えることなく答えると、義稙はいかにも心配するように言った。

「それはいかんな。殿医てんいをつかわそう」

「格別のお引き立てをたまわり恐悦至極。しかしながら治療の途中で医師を変えるのはよろしくないとも聞き及びます。その儀は謝絶いたしとうございます。どうかご勘弁を……」

「左様か。しかたあるまい。ゆくゆくは天下の政務を取り仕切らねばならぬ大事な身ゆえくれぐれも養生怠りなきよう。澄元が復帰するまでは三好筑前、諸事よろしく頼む」

「はは」

 ありがたくも管領代に任ずるがごとき下知をいただいた三好筑前の額にうっすらと浮かぶ汗。栄誉にもかかわらず表情が固いのは、責任重大を自覚して身の引き締まる思いだからか、はたまたなにか別の思惑あってのことか。

 之長退出を見届けると、御目見得おめみえの間には義稙と順光の主従だけが残された。二人の密議に黙って耳を傾けるのは、之長が置いていった煌びやかな進物の数々ばかり。

 まず切り出したのは畠山順光であった。

「実は、まことに申し上げにくいのですが、洛中に妙な惑説が流れておりまして」

 なんとも歯切れが悪い。

「惑説とはなんぞ」

「あの、その、既に澄元殿は死んでいるのではないかという……」

「そんな馬鹿な!」

 義稙は一顧だにしなかったが、たしかに宿敵高国を洛中から追い払ったのだから、多少の病であれば押してでも上洛してくると考えるのが普通であった。それができないというのだから、死んだとまではいえなくてもそれなりの重症であるところまでは想定しておく必要がある。

「澄元はいくつじゃ」

「三十のなかばにも達しており申さず。幾たびも戦陣を踏んで、身体も壮健そのものと聞き及んでおります」

 現代と比較すれば栄養状態は劣悪、医療などあってないようなもので、寿命が今よりずっと短い時代ではあったが、三十前半であればこの時代でもじゅうぶん若い。いくらなんでも病死はあり得まい。

「ならば心配なかろう」

 一蹴する義稙。しかし順光はなおも続けた。

「それが……」

「まだなにかあるのか」

「病死説もさることながら、実は海没したのではないかとも」

「なに海没? 見た者がいるのか」

「飽くまで惑説でございます。惑説ではございますが、こちらは日付までまことしやかに囁かれておりまして」

「日付とは」

「二月十六日。澄元殿が高国殿との後詰の一戦に勝利なされた日です。滅多なことは言えませぬが……」

 そう言うと順光は、越水城包囲陣中に病を発した澄元は、味方の勝利を見届けるや療養のため密かに阿波へ帰国しようとしたが、海路道中、不幸にも遭難し海没した可能性なきにしもあらずとの見立てを義稙に言上し、その最後に

「之長が御殿医派遣を断った所以も、既に澄元殿が死んでいるからと考えれば妙に合点のゆく話」

 などと付け加えると、幕閣の一人とも思えぬ順光の無責任発言に怒る義稙。

「なんじゃその言い方は。そもそも澄元と手を結ぶよう勧めたのはそなたではないか。うわさ話に惑わされていまさら無責任なことを言うな」

「仕方がございますまい。病だの海没だのは後から出てきた話。いくらなんでも天命は読めませぬ。他人のものともなれば尚更です」

「こうなったら本当のことを三好から聞き出すよりほかあるまい」

「聞き出してなんとなさる」

「それは知れたこと……」

 とまで言って言葉に詰まる義稙。澄元が死んでいるからといって、今さら高国に戻ってきて欲しいなど口が裂けても言えない。うわさが真実であれ虚説であれ、公儀としては三好之長と同心することを基本方針に据えるしかなかった。

 翌日、之長は御所に呼び出され、義稙から直接尋問を受けることとなった。

「澄元の病はどうか」

「一進一退でございます」

「死んだといううわさが洛中に流れておるが」

「死んではございませぬ。伊丹で療養中でございます」

「海没したのではないかとも聞く」

「酷いうわさじゃ。高国もよほど窮していると見えますな。そのような雑説を流すなど」

「断っておくが、澄元の生死いかんに関わらず我らは飽くまでそなたと浮沈を共にする所存である。誓って見棄てぬよってに本当のことを申してみよ」

「ありがたいお言葉でございます。あるじ澄元は伊丹で病気療養中でございます」

「海中に没したというのであればそれを見た者もおるまい。兵庫を出たきり帰国の報せが阿波から届かんというのであれば死んだと見做してよかろう。どうじゃ」

「御身は伊丹におわします。ご心配なきよう」

「では殿医をつかわすこととしよう。早う良くなってもらわねば我らとしても困る」

「やはりその儀は……。途中で医師を変えるのはよろしくないと聞き及びますゆえ」

 問答は振り出しに戻った。深まったのは疑念ばかりで、義稙はなんの確信も得ることはできなかった。

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