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世界から忘れられていく彼女と演劇を。  作者: 全数
第一幕 新歓公演編
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第6話 舞台へ

 廊下に立っていたのは、髪の先端を巻いた縦ロールの女子生徒だった。ただし、胸元のリボンには、他の生徒とは異なる繊細な金刺繍が施されている。


「ごきげんよう、演劇部さん」


 穏やかな、けれど微塵も隙を感じさせない声。彼女は巻き髪の中に指を入れ、くるくると回している。彼女は部室を見回して「ふむ」と頷く。


「小汚い部室ですわね。まあ、休息スペースくらいにはなるかしら」彼女は私を見つめてにんまりと笑う。「あなたが演劇部ただ一人の部員、橘さん?」


「……き、綺羅(きら)さん」


「ごめん橘さん」久遠さんが言う。「この人、知り合い?」


「わたくしを知らない? あなた本当にこの学校の生徒なの?」彼女は巻いた髪に指を入れくるくると回す。「綺羅もくめ。この名前はご存じでしょう?」


 綺羅さんは優雅に笑う。


 だが、久遠さんは少しも怯まずに首を傾げた。


「いや、全然知らない」


 そのあっけらかんとした返答に、綺羅さんはぴくりと眉をひそめた。


「あ、あなた……本当にこの学校の生徒ですの? 世間知らずにもほどがありますけれど」


「く、久遠さん! 彼女は、生徒会副会長だよ」


 私は必死に補足する。この学園の生徒会副会長にして、学園運営母体の理事関係者の娘。生徒間では知らぬ者のいない存在。教師ですら、彼女には容易く逆らえない。


「そう……」


 と久遠さんはさして興味もなさそうに言う。


「あ、あの……綺羅さん。ど、どうしてここへ?」


「演劇部に関して、正式な通達を持参しておりますの」


 彼女が懐から取り出したのは、一枚の封筒だった。朱色の校章スタンプが押されており、一目で公式文書だと分かる。


「部活再編になりますわ。演劇部は存続の見込みが極めて難しいと判断されました。従いまして、部室の明け渡し、さらには同好会への降格を検討しております」


「え……えええ?」


 いきなり突き付けられた言葉に、頭が真っ白になる。


「あら、顧問の仁科先生から通達が行っておりませんの? 女バドが部室の増設を望んでおります。あの部は全国大会にも出場して、高実績ですから」


「に、仁科先生からは、部員が二人以上入ればいいって……。それに、降格なんて話は聞いてないです……!」


「改めて考え直しましたの。たかだか演劇部に部員が数人程度入ったからって無駄ではなくて? 全国大会常連の女バドに明け渡す方が、学園全体のためでしょう?」


 綺羅さんはにんまりと笑う。


「それに演劇部は大した実績もないのですもの。未来ある部へ資源を振り分けるのは、当然の施策ですわ」


「……!」


 そのときだった。


「昨年の出場校は県で六十三校」


 綺羅さんの言葉を遮り、久遠さんの言葉が響く。


「な、なんですの?」


 綺羅さんは眉を顰めた。


「その県大会で、創作脚本賞を取ったのが昨年の演劇部実績。部員数僅か四人でそれを成し遂げた。これでも、無意味?」


 久遠さんは、一歩も退かず綺羅さんを見据える。


 私の胸がぎゅっと締め付けられる。


(く、久遠さん……)


 けれど、綺羅さんは涼しい顔で応じた。


「ふぅん……でも、しょせん演劇でしょう? わたくし、演劇はあまり好みではありません。――()()()()()()()()()()()()()()()


()()()()()()()()()()()()()()()()()()」真っ直ぐな声だった。「明日は新入生向けの文化部紹介公演がある。そこを見て判断しても遅くないんじゃない?」


 二人はしばし無言のまま見つめ合う。


 やがて綺羅さんは、肩をすくめた。


「……まあ、せいぜい頑張ってください。分かり切った結果かと思いますけれど?」


 それだけ言い残すと、蔑んだような笑みと共に、綺羅さんは部室を出ていった。




 静まり返った部室で、久遠さんは私に向き直る。


「――やろっか、その脚本」


「え?」


「勘違いしないで。演劇部に入るつもりはない。ただ、新歓公演には立ってあげる」


「え、ええ!? それは嬉しいけれど、どうして……」


「舞台にもう立たないって決めたけど――あの人に、少し分からせたくなっただけ。橘さんの書いた脚本は面白いし、演劇はすごいんだって」


「あ、ありがとう……! そ、それじゃあ、大変だけれど、台詞を頭の中に入れてもらって」


「大丈夫」久遠さんは頭を叩く。「もう入ってる」


「い、一度読んだだけで……?」


「うん。面白かったから」


 彼女はそう言うと目を閉じて、静かに開けた。


 空気が、ぴんと張り詰める。


 そこに立っていたのはもう、久遠透子じゃなかった。


 私が書いた脚本の人物になり切っている。


(これだ……)


 ぞくりと、私の身体に震えが走る。悪寒なんかじゃない。歓喜だ。


 私たちの舞台の幕が上がる。

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