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世界から忘れられていく彼女と演劇を。  作者: 全数
第一幕 新歓公演編
4/13

第3話 虚構症候群

(虚構症候群……)


 帰り道、自転車のペダルを踏みながらも、私の頭ではその言葉がぐるぐると回り続けていた。虚構症候群――耳にしたことはある。テレビで特集されていたし、確か映画にもなっていた。けれど、それはあくまで遠い世界の話。まさか自分の生活圏にその患者がいるなんて。


 リビングでは妹の宙羽(そらは)がソファに寝ころびタブレットを弄っていた。キッチンにはエプロンを付けたお父さんが立ち、鼻歌交じりにフライパンを振っている。


「あ、お姉ちゃん。お帰り~。夕飯、ハンバーグだって! ハンバーグ!」


「はは、今日のはかなり上手くいったぞぉ」


「……うん、ただいま」


「……お姉ちゃん?」


 自室へ行きベッドに制服を脱ぎ捨てると、私はパソコンを立ち上げた。「虚構症候群」と検索をかけると、記事がヒットする。


「ええと、概要は……」


 存在認識障害症候群(Existence Recognition Deficiency Syndrome)は、特定個体に対する他者からの認識機能が進行性に低下することを特徴とする、稀少性神経伝達異常症候群である。本症は主に記憶保持機構とは独立して、対人関係構築および維持に関与する記憶表象系の障害を基盤と――。


「だ、だめだ~。全然よく分かんない……!」


 専門用語がずらずら並ぶ文章に、私は早々にお手上げした。私は生まれながら(?)の文系だ。もっと、高校生にも分かる日本語で書いてくれればいいのに。


「なんか、もっと簡単なのないかな……」


 溜め息をつきながら、さらに検索を続けると、別の記事に目が留まった。


「綾瀬凛花事件……」


 聞いたことのある名前だ。概要を見るに、世界的に虚構症候群を知らしめた事件であるらしい。起こったのは、今から二十年前。


「えっと……人気女性歌手の綾瀬凛花が、全国生放送の音楽特番に出演。しかし歌唱の直前になって、共演者とスタッフ全員が彼女を『誰か分からない不審者』として認識し、番組の進行を停止した。綾瀬本人は自身の名前を叫びながらステージから排除さる――」


 さらに下へスクロールすると、当時の映像クリップが残されていた。荒い画質だが、一人の女性がマイクを握り締め、必死に訴えているのが分かる。


『なにこれ!? ドッキリ!? 私です、綾瀬ですよ!!』


 慌てふためく司会者。


 困惑した顔の共演者。


 スタッフに無理やり、舞台袖へ連れ出される彼女。


「いや、何か手違いがあった模様です。しばらくお待ちください」


 司会者がコメントし、画面は突然CMに切り替わった。


 当時のネットの反応として、掲示板の書き込みが残されていた。


『生放送中に変な女が乱入してたw』


『今日の番組、マジでドッキリか何かだったの?』


『司会者も困惑してたけど、結局あれ何だったんだろう?』


 まるで、綾瀬という歌手の存在そのものが、なかったことにされたみたいだ。


(あり得ない……本当に、こんなこと、あるの?)


 パソコンの画面を見つめながら、私はふと、背筋が冷たくなるのを感じた。生放送の特集とあるし、綾瀬という歌手は相当な人気だったに違いない。でも、周囲の人々は彼女を完全に忘れている。本人が名前を叫んでも、何も思い出さない。


(そんなことって……)


「お姉ちゃ~ん!」


「わわわ!?」


 突然背後から呼ばれ、私は盛大に椅子からずっこける。


「ご、は、ん!」


「そ、宙羽ちゃん……。そんな、いきなり叫ばないでよ!」


「もう何度も呼んだよ! お姉ちゃんのハンバーグ、私が食べちゃうからね!」


「え? 今日ハンバーグなの?」


「……なんか今日、本当に大丈夫? お姉ちゃん」


 宙羽は呆れた目で私を見ていた。もし、私が虚構症候群にかかったら、こんなふうに、妹が当たり前に呼んでくれることもなくなるのだろうか。一瞬、胸の奥がぎゅっと痛んだ。でもそれを顔には出さず、宙羽の後を追ってリビングへと向かう。ハンバーグの香ばしい匂いが漂ってきていた。

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