僕はなんでも。
幕が上がり、暖乃と竹園が扮する高校生が図書室で遭遇するシーンが始まる。亀田は照明と音響を操作しながら、二人の登場に合わせて、スポットライトを照らしていく。袖にいるほかの部員たちは、二人の様子を陰ながら見守っていた。
*
話は、歴史の課題で調べ物をしに来た女子生徒が、同じ班の男子生徒と一緒に題材を考えるという流れで話が進んでいた。
「そういやその昔、この辺で戦争があったんさ。それでもいいんじゃないかの?」
「なんか古臭いしゃべり方だね?」
竹園がセリフを噛んでしまったが、暖乃のつっこみに観客席から少し笑いが起きる。竹園は少し顔を赤くしながらも、暖乃にムスッとしながら返事をする。
「僕のことは今はいいんだ!」
「それで、どういう話なの?」
「昔、ここ一帯を支配していたある一家が、兄弟で対立してね。それで地域を巻き込んだ戦争になったって話だよ」
竹園がそう言うと舞台は暗転し、二人は退場していく。そして入れ替わるように赤軍と青軍が舞台上に登場した。照明が上がるとともに両者は舞台上で睨み合いながら、互いに敵意をむき出しにする。無言ながらも厳かな雰囲気を会場中に醸し出していた。
「ここで会ったが百年目……。貴様の息の根を止める日が来たようだな」
「生意気な小僧め……、返り討ちにしてやらあ!」
そして太鼓の音とともに、争いを始める両者。刀や槍を振り回したり、する。勝負は互角でありながら、誰一人倒される気配はなかった。
『おやめなさい』
その時、天の声が会場内にこだまする。
『この聖なる地で醜い争いをするなんて、私が許しません』
会場内もその聞き覚えのある声にざわついた。そしてそれは演者である部員たちにも波及していく。元が扮する赤軍の大将は、天に向かって声を荒らげて物申した。
「お前は誰だ!」
『私は、この地の安寧を守る……使いの者とでも言いましょう』
「私たちの勝負に口を出さないでもらいたい」
そして育が扮する青軍の大将も彼女に反論し、両社は戦いを再び始めようとする。すると天の怒りのごとく、雷鳴とともに舞台は明暗を繰り返した。怯え始める兵たちに、それぞれの大将は叱咤していく。
『あなたたちには武器による争いは似合いません。神はお怒りです』
「神は怒っていようが、こちらも一家の存亡を賭けているんだ」
「こっちの事情も知らずに勝手なこと言うな!」
二人の大将は天に向かって武器を向けながら天の声に問う。しかし再び雷鳴とともに、二人の武器は吹き飛ばされてしまう。そして彼女は鋭い声でこう答えた。
『これ以上は向かうのはやめなさい。今度は命もろとも……』
あまりの迫力に怯える兵たち、ついには大将はひざまずくと彼女に懇願し始めた。すると、彼女はこう告げる。
『怒りを鎮めるには我が神を楽しませるのです。より楽しませた方に幸運をもたらすでしょう……』
そして各軍は言われるがまま、神を楽しませるために芸を披露することになる。一回戦目は一年生による大喜利対決、二回戦目は二年生による漫才対決となった。勝敗判定は、観客がよかったと思うもの、おもしろかったと思うものに投票するシステムだ。ここまでの結果は一勝一敗に終わった。
そして最後に大将戦を迎える。すなわち、ここで勝ちを決めた方がこの戦の勝者となる。先攻は赤軍の大将である元であった。彼は和信に座布団を敷かせると、その場に正座する。
「それはそれは、昔のことであります」
元は落語で締めにかかる。内容は少々食いしん坊な商人のお話なのだが、ところどころに笑いどころがあり、観客たちの心を一気に掴みにかかる。そして講談を終えると拍手が巻き起こった。
そして育の出番を迎える。彼はオリジナル演歌を披露することになった。そして舞台中央に立つと、刀を掲げてスイッチを押してポンッとマイクをそこから取り出す。
観客の歓声に囲まれながら、育は歌いだした。
「♪海に漂う瓶に詰めた手紙を~」
その心地よい歌声に、観客たちはだんだん聞き惚れていく。そしていつの間にか、会場は一体となっていた。育は最後まで歌い上げて一礼すると、先ほどと同じくらいの拍手がまたも沸き起こった。
やがて結果発表の時間を迎える。各軍たちは勝てるようにひたすら祈っていた。ドラムロールとともに、彼女の声が会場中に轟いた。
『赤軍、三百五十点。青軍、三百三十点ですわ』
結果は一点差で赤軍に軍配が上がる。興奮冷めやらぬ赤軍に対して、呆然と立ち尽くす青軍。とりわけ大将は膝から崩れ落ちて、そのまま動かなくなってしまったのだった。
「こうして決着がついて、兄が率いる赤軍がこの地を支配したらしいよ」
「……でも、兄弟の対立でんなことになるなんて悲しいね」
「これ以上悲劇を生まないためにも、僕たちが守っていかなきゃいけないんだ」
竹園と暖乃は客席の方を見上げる。そして幕はゆっくりと下りていく。少しずつではあるが、拍手は巻き起こり始めた。
*
「東山、来てやったぞ」
「いつもお前らいるよな。暇かよ?」
憎まれ口を叩く恒章。その相手はボドゲ部で去年のクラスメイトの足立、田島、山口の三人がいた。
「それもあるけど、妹の活躍見たくて来たやつもいたしな」
山口がうるさいと言いつつ、少し視線を逸らしている。
「なんか、お前ら兄弟の代理戦争みたいな感じでおもしろかったわ」
「後輩使ってそんなことして、奥田さんもよく許可したな?」
「別にそんなんじゃないから!」
恒章は苦い顔をしながらも足立と田島に言葉を返す。しかし山口は違っていて、少し遠くを見つめるようにして佇んでいた。
「でもあんな暖乃を見たのは、初めてだったな……」
「お前、シスコンだったのかよ」
「違うわ」
足立のツッコミに山口は反論する。
「妹、家事やらなんやらで忙しかったのに。ここまで頑張れるあいつはすごいなって思ったんだ」
山口は安堵な表情を見せていたが、そこには少し寂しさがあるようだった。恒章は何かを察したのか、山口にこう告げた。
「ちゃんと本人に言った方がいいよ。面と向かって」
「え?」
恒章らしからぬ発言に三人とも驚きを隠せずにいた。恒章は三人の反応を見て慌ててしまい、言い訳を考える。
「ほら、溝ってのは深くなるほど埋まるのに時間がかかるっていうしさ。そうマリアナ海溝のように」
「なんか説得力あってムカつくな」
山口はそう言いつつも、恒章に促されて暖乃のもとに向かっていった。
*
公演やお見送りが終わって、部員たちは部室に戻ってくる。それぞれ反省会と評し、ビデオで撮った公演を見ながら、用意したお菓子や飲み物を手に取っていく。
「それじゃ、スタートしまーす!」
愛紗がビデオカメラをプロジェクターに接続すると、スクリーンに舞台の姿が浮かんでくる。そして愛紗は再生ボタンを押すと、諸用があると言ってそのまま出て行ってしまった。
「やっぱ、竹園くん噛んでる! 練習したの?!」
「緊張しちゃうんだもの。勘弁してよ……」
「ちょっと亀田くん。帰ってくるときに『おばさん』って囁いたでしょ!」
「そんなことないよ? 僕は恒くんに言われて」
「言ってません!」
そう言って本番の映像を見ながら、部員の動きなどを見ては盛り上がる一同であった。恒章は椅子にもたれかかりながらも、育の様子を窺っていた。彼の表情も最初は無表情だったものの、少しばかりだが微笑むようになっていた。
「おもしろかった」
「花奈ちゃん? あなたも出てるのよ?」
「あっ……」
花奈の天然な反応と美空の絶妙なツッコミが相まって、思わず笑いが巻き起こる。意外な一面に、部内の雰囲気は少し和らいだように見えた。
「そしたら、最後に頑張ってくれた大将たちからコメントもらおうかな?」
和信が二人に話を振る。はじめに育に話してもらうように促す。
「お疲れさまです。とても有意義な時間で僕自身も楽しめました。それでも負けてしまったので――」
育のコメントを頷きながら聞く部員たちであった。
「約束どおり僕は今日で退部します。今までありがとうございました」
「……」
耳を疑う言葉にみんな黙り込んでしまう。表情を失うものもいれば、何で!と声を上げてしまう者もいた。
「それでええんか?」
「と言うと……?」
土呂は立ち上がると、育のもとに歩み寄った。
「楽しかったんやろ? なら、変なプライドのために辞める必要なんてないやん」
「それは……」
「本当はもうわかってんやろ?」
育は俯くと黙り込んでしまう。次第に表情が歪んでくるのが誰もがわかった。育はそれを察してか、ついには思い切ってこう宣言する。
「でも、負けたのは事実です。だからもうここには来ません」
そして育はカバンを持って部室のドアへ近づいた。
「今までありがとうございました」
そう言って育は深々と一礼する。そして和信に退部届を渡すと、静かに出ていった彼に、誰も声をかけることができず、ただ見送ることしかなかった。
「やっぱり俺の勝ちだったな!」
元の無神経な発言に部員たちは彼に白い目を向ける。元はその痛い視線にたじろいでしまう。しかし和信と恒章はその姿を見て、彼とは目線を合わせることができなかった。静まり返る室内。それを打破したのは岡山の質問だった。
「ゲンゾー、育がいなくなってどんな気持ちなんだ?」
「もちろん清々してるぜ。あんな奴いなくなって」
「……それなら、なんでそんな顔してんだ?」
和信と恒章は、顔を見ようとする。そこには、少し悲しそうで涙を一筋流す元の姿があった。
「あれ、何で……? なんかすごくモヤモヤして……」
部室のドアが開くと衣装姿の愛紗が現れた。異様な雰囲気と一人の男子が泣いている姿に驚いてしまうも、七菜香に声をかけられた。
「愛紗? どこ行ってたの?」
「友達に頼んでいろいろチェキとか撮ってました!」
七菜香は思わずため息を吐くも、愛紗は構わず彼女のもとにやってくる。
「でもさっき、みんなの写真も撮ってくれてた人がいて! その人から貰ってきましたよ!」
そう言って愛紗は、封筒の中から数十枚の写真を取り出すと、テーブルの上に広げていく。部員たちは次々と出される写真を一枚一枚手に取って眺めていた。
「この写真見て!」
「すごい楽しそうな顔してる……」
衣絵は七菜香に促されて、手元にあった一枚の写真を見る。そこには、元と育が生き生きとした表情をしながら対峙している写真であった。衣絵はそれを眺めていると次第に口元が緩んでいった。
「いいなあ……。私もこんな風になりたい」
「まあ、この二人の顔は嘘つけないやんな。元、そろそろ観念して素直になれ」
土呂が衣絵の持っている写真を見つめた途端、元に向き直って言った。
「今更、無理なんすよ。だからこのまま――」
「このままじゃ後悔するぞ」
恒章が元に声をかける。元はびっくりして恒章と思わず目を合わせてしまう。
「取り返しがつかなくなる」
それでも戸惑う元。そのとき、彼の肩に手がポンと置かれる感覚がした。振り向くとそこには、岡山と竹園がいた。二人ともどこか優しい眼差しでゆっくりと頷いていた。
「元くん! 行ってらっしゃい」
和信は彼の導線を確保するがごとく、部室のドアを開ける。
「和信先輩……すみません!」
元はそう言って、育の後を追って行った。




