いざ行かん
舞台創造部の部員たちは、発表が近づけば近づくほど練習にも熱が入り始める。バラバラだった赤軍もぎこちなかった青軍も、次第に遅れを取り戻していく。上演中に行う対決についても、先鋒は二年生、次鋒は大将を除く一年生が行うことで決まり、それについても準備を進めていた。
ある日のこと、最初のシーンを合同で稽古することになった。各軍の大将が兵を従えて宣戦布告するシーンである。和信の合図によって、部分稽古は始まった。
「ここで会ったが百年目……。貴様の息の根を止める日が来たようだな」
「生意気な小僧め……、返り討ちにしてやらあ!」
睨み合う大将の二人。そして彼らに追従兵たちも、同じように竹槍や刀を持ちながら、相手軍を鋭い眼光で睨みつけた。そして静寂とともに緊迫とした空気が舞台上に流れていく。
「はい、カットー」
和信の掛け声とともに部員たちは一気に肩の力を抜く。気迫のせいもあってか、一年生たちは息が上がっていた。
「二人ともさすがだねえ」
亀田はそう言って二人に拍手を送る。
「どうも、ありがとうございやす!」
「いえいえ、まだまだですよ」
元は満面の笑みではっきりと、育は少し微笑みながら落ち着いて返事をした。その後、彼らの口上とともに前哨戦が始まる。そのシーンの稽古を繰り返し、和信がダメ出しを入れては修正する。数回続いた後、休憩に入った。美空は台本を見直していると、何かに気づいたのか和信のもとに駆け寄る。
「東山くん。このシーンに全員がいるってことは、この時点で裏方っていないってことよね?」
「うん」
「その間って、誰が音響とか照明とかやるの?」
「前に使った、亀田くんたちが作った自動プログラムでも使おうかと」
その言葉を聞いて美空が表情を曇らせる。和信はそんな彼女を不思議そうな顔をして見つめていた。
「……人数も多いし、今回はやめたほうがいいと思うんだけど」
「みんな舞台に出さないといけないし、先生を手伝わせないとなるとなあ……」
二人の会話が亀田の耳に入ってきた途端、彼の身体に少し悪寒が走る。やがて居てもたってもいられなくなったのか、亀田もその場に乗り込んできた。
「あの和くん……。ちょっとその件でお話が……」
若干血の気が引いていた亀田の様子に、和信は体調が悪いのではないかと心配になる。亀田は意を決したように、和信の耳元で囁いた。
「壊れた?!」
「ごめん。こないだ運ぶときに落としちゃって……、うまく作動しないんだ」
亀田は頭を深く下げて謝る。和信は苦い顔をしながらも腕を組んでまたも悩みだす。ついには頭を掻きだす始末であった。結局、頭の整理がすぐにつけられず、和信は一旦、自販機に飲み物を買いに行った。そこには先客がエナジー系のジュースを飲み干しているところだった。
「恒章」
「和信」
和信は恒章を軽く押し退けると同じジュースを買って、一気に飲み干した。
「お前、さっきよそ見してただろ」
「……してない」
恒章はそっぽを向いて二本目のジュースを開けようとする。和信は彼の手からそれを取り上げると、飲み始めた。
「あっ……。ひどいや……」
「僕の質問を誤魔化したからだよ。変なことすると結構悪目立ちするんだから、気をつけないと」
恒章は何か言いたげに少しイラついた表情を見せた後、和信を軽く腹パンした。そして和信に追いつかれまいと、逃げ帰った。
「先行くから」
「お前なあ。人の話はちゃんと――」
恒章に注意しようとしたとき、和信の頭の中であの日の言葉が浮かんでくる。
『変に責任感じて無理するじゃん』
『人って一人でやろうとしても、何もできないもんなんだね』
そして彼の脳内で反芻していく。
「あっ、そっか……」
和信は部室に戻ると二年生全員を廊下に集めた。そして今起こった問題について、二年生に説明する。亀田はみんなに深々と頭を下げた。土呂は気にしたら負けだと
「いっそストーリー変えてもええんちゃう? 一人ずつ裏方に外れてもらうとか」
「それだと、先生の出した条件に合わないんだよね」
「せやな……」
和信と土呂の話に、七菜香は少し厳しい目をして意見を述べていく。
「あたしは、今から仕切り直しなんてマジでダルいって思ってる。今まで何だったのって思うよ」
「僕は何も言えないや。こうなったのは僕のせいだし……」
「いや、亀田氏が責められることはないだろ」
恒章と七菜香はいがみ合い、亀田は自責の念も含めて、さらにたじろいでしまう。和信や土呂が間に入っていたところで、美空がゆっくりと述べていく。
「ななちゃんは、みんなの頑張りを無駄にしてほしくないって思ってるんだよね」
美空の言葉に、七菜香は思わず顔を赤くする。
「まっ、まあそうだけど……。もう勝手にすればいいじゃん! みんなが嫌な思いしなければそれでいいよ!」
「そしたらさ、こういうのはどうかな……」
和信は、二年生に思いついたある案を話していく。二年生のみんなは、この案に納得した表情を見せた。
「あとは一年生はどう思うかだね……」
*
「高校生役ですか?」
「うん。裏方をメインでやってもらうために、各軍から一人ずつ外れてもらいたいんだ。その代わり、最初と最後のシーンしか出られないけど……、社会科の授業でこの事件を調べている高校生として演じてもらいたいんだ」
突然の告白に部室内は重い沈黙が流れる。一年生たちは戸惑い、少し不満そうな顔をしながらもみんなで目を合わせていた。しかし予想に反して、すぐに打破されることになる。
「僕……、その役やりたいです」
すぐさま手を上げたのは、竹園だった。
「ええんか?」
「僕、今のままじゃ舞台で足引っ張ると思うし。役の時間が少しだけでいいのなら、裏方重点的に頑張れるので。お願いします」
そしてもう一人、暖乃も手を上げようとしていた。しかし視線が怖くてなかなかできない。決心することができず、暖乃は俯いてしまう。すると衣絵は暖乃の後ろに回ったかと思うと、彼女の手を掴んで手を上げさせた。
「うわあ! えっ!」
暖乃が大きく驚いた声に、一同が一斉に彼女の方を向く。暖乃は慌てふためいてしまい、手を引っ込めようとする。しかし、衣絵がそれを許さないと言うように、下げさせようとしなかった。
「暖乃の負担が減らせて最大限活躍できるなら、今、思い切って手を上げるしかないよ!」
「衣絵ちゃん……」
そして暖乃は向き直って、部員たちに告げる。
「私でよければ、お願いしたいです」
「竹園くん、山口さん。申し訳ないけど、よろしくお願いします」
*
そして、ついに迎えた本番当日。上手には青軍、下手には赤軍がそれぞれ集まって
スタンバイしていた。青軍の大将である育は、舞台袖から赤軍の様子を覗いていた。赤軍の余裕ぶりを見た育は、思わず肩で大きく息をしていた。彼を探しに来た恒章が、その様子を見て声をかける。
「……緊張してるか?」
「はい……。進退を賭けてるってなると、とてつもなく」
そして恒章がゆっくりと彼の肩に手を置いて、ゆっくりと肩をもみ始めた。育は少しずつ解れてきたのを感じた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「俺も赤軍に許せないやついるから、全力で一緒に倒そうぜ」
「はい」
育は、落ち着きと笑顔を少しだけだが取り戻したように見えた。恒章は育を連れて、ほかの青軍のメンバーたちと合流した。その一方、赤軍では円陣を組んだ後、和信から元に話を振った。
「じゃあ、ゲンゾーくん。いや、大将から一言よろしく」
「赤軍は絶対勝つ! みんなが楽しかったって思えるようにかましてやりましょう!」
ブー――。
開演前のブザーが鳴ると同時に、彼らの物語の幕がまた上がってゆく。
そして最初に、制服姿の竹園と暖乃が舞台へ飛び出したのだった。




