空中分解
「あいつらをぶっ飛ばしましょう、先輩方」
元が調子よくニンマリとした笑顔で、二年生の先輩である和信と土呂と七菜香に呼びかける。土呂と七菜香は乾いた笑いで返すことしかできなかった。和信はそんな元に尋ねる。
「笹床くんは、どうしてそんなに敵愾心を持っているんだい?」
「それは『機密事項』なので、教えられないっす」
「……」
和信は苦笑いするしかなかった。その様子を見ていた土呂が、少し声を荒らげて元に詰め寄る。
「なんやねん、お前」
「俺は俺っす」
「お前は調子いいことばっか言ってるけど――」
元は両手で耳を塞ぎながら、土呂に負けず劣らずの大きな声でワーワー叫びながら、七菜香の後ろに逃げ回る。
「ちょっと何やってんのよ!」
元の独擅場に、同じチームの一年の岡山、衣絵、暖乃は冷ややかな目で彼らを見ていた。雰囲気に飲まれまいと和信は手を叩いて、全員の注目を向けた。
「今ふざけてる場合じゃないよ。ちゃんと打ち合わせなきゃ」
そして、赤軍一同は和信の声で作戦会議を始める。最初は和信主導で話を進めていたが、彼を差し置いて元は勢いよく意見を出していく。
「女子二人がチャイナドレスで、二年生をボコボコにしようぜ」
「ちょっとどんな趣味してんのよ! 変態!」
「元くん、私、嫌だよそんなの」
衣絵と暖乃が元に抗議するも彼はスルー一択だ。土呂もさすがにNGサインを出すも、元は頑なに認めようとしない。二対一の応酬が続くが、しまいに元は両手で番と机を叩いて立ち上がる。
「うるさい。大将の言うことは絶対! そうですよね、東山先輩」
元は和信に同意を求めて身を乗り出してくる。この勢いに和信は辟易していた。
「えっとね……一応部活だからね。全員が関わんなきゃ意味がないと思うよ」
「自分が大物だと勘違いして私物化してるの、マジでウザいんですけど」
和信が諭すものの、七菜香の追撃が元の心を少し抉った。元は身体を震わせながら二年生を睨みつける。
「南野先輩までなんなんですか。これだから女子は面倒なんだよ。なあ岡ちゃん」
元はそう言って岡山に話を振ろうとするが、無言で手で払われてしまった。興奮のあまり顔を赤くする元だったが、ついには捨て台詞を吐いて出て行ってしまった。
「……大丈夫なん? こいつ」
「とりあえず、頭を冷やしてもらうしかないね」
そして大将の元抜きで話が進めようとする。そのとき、暖乃が申し訳なさそうに手を上げて言った。
「すみません。私そろそろ帰らなきゃいけないので」
「なんで?」
衣絵が暖乃に尋ねる。
「うち兄弟多いから、世話とか家事とかしなくちゃいけないんだ」
「それでいつも早く帰って、練習時間足りなくて、みんなの足引っ張ってるじゃん。中途半端なことしないでよ! 先輩たちに失礼じゃん!」
「衣絵」
七菜香が思わず衣絵の手を取って落ち着かせようとする。
「私は忙しい中でも楽しくやりたいの! なのに空気をぶち壊すようなことしないでよ!」
「なんですって!」
和信が声をかける間もなく、暖乃は出ていってしまう。残ったのは唖然としている二年生三人と岡山。そして呆然と立ち尽くした衣絵の姿だった。そして居た堪れなくなったのか、衣絵も早退してしまった。
*
「いや、アイツの扱いは一筋縄ではいかんぞ。ボドゲ部でも浮いてるし」
「恒章には懐いてるし、兼部先も一緒でしょ? なんかヒントないかなって思ったけど……」
恒章は腕を組みながら身体を大きく傾ける。うーんと唸りながら悩みに悩むものの、結論がなかなか出てこない。
「また雨降り始めた」
「それと乙女心のなんちゃらは俺に聞くなよ……。女子の仲って意外と表面的って聞いたことあるし。でもやっぱり女子というものは――」
「あっ、二次元の女の子の話は要らないよ?」
そのとき、大きく雷鳴が響き渡る。二人はすかさず近くの座布団を手に取ると、頭を覆っていた。しかし雨も段々と強く降り始め、その音は轟音と化し、二人の心を蝕んでいく。やがて部屋は真っ暗になった。
二人は、なんとかスマホのライトを照らして互いの位置を確認する。雷が鳴れば鳴るほど二人の心臓は飛び跳ねそうだった。恒章は部屋に戻ることも考えていたが、足がすくんでしまう。仕方なしに二人で身を寄せ合うことにした。
「怖いよ」
「怖いね」
二人は昔遭った洪水被害を思い出してしまう。崩壊した家々。流れゆく物たち。雷様に攫われるのを恐れるかの如く震えていた。気づけば、二人のスマホも充電が切れてしまった。
「見えない……」
頼りになるのは、もはや互いの存在しかない。恒章もこのときばかりは和信を頼りにせざるを得なかった。
「いなくならないで」
そのとき、何者かが階段を駆け上る音が聞こえてきた。
「和信ー! 恒章ー!」
両親が部屋のドアを勢いよく開ける。父が懐中電灯を向けて二人の姿を確認すると、母を呼んだ。両親の姿を見て二人は安堵した。
「二人とも大丈夫?」
「うん無事。洪水は……」
「大丈夫、停電しただけだから。しばらく二人でこれ持っていなさい」
そして二人は電灯を受け取ると、両親はまた階下へと戻っていった。途端に部屋の電気が復旧する。
「たすかったあ……」
恒章は身体の力がふっと抜けて、和信の身体に寄りかかる。それは和信も同じだったようだが、とりあえずベッドの上に腰かけるように促した。
「一人じゃ何もできなかった……」
「俺も……」
「恒章がいなかったら、父さんや母さんが来てくれなかったら……、僕は何もできなかった」
恒章はゆっくりと頷く。
「人って一人でやろうとしても、何もできないもんなんだね」
少し前に降り始めていた雨は、いつの間にか小雨に変わっていた。




