僕たちの歓迎公演
「東山……。そうか、このクラス二人いるんだ。和信、この問いの答えは?」
「y=xです。」
「正解。それじゃ恒章、次の……」
「Zzz……」
和信が後ろを振り向くと、恒章は夢の世界に旅立っていた。安らかに眠る弟の寝顔を見ると、何事もなかったかのように向き直ろうとするが、先生に起こすように言われてしまった。和信は恒章の頭を叩いたり揺すったりする。
「ブルードラゴン、召喚!」
突然の恒章の大きな寝言に生徒の視線が恒章に向き始める。恒章は冷ややかな視線に慌てふためいてしまった。
「恒章、あとで職員室に来なさい」
「はい、すみません」
ドッと笑いが教室内に響き渡る。和信は弟の失態に目を覆いながらも顔を赤くするばかりだった。その後、恒章は兄の背中から漂う殺気を感じながら授業を受けることになるのだった。
*
「ごめんごめん、遅れた」
「恒くん、もうすぐ中山さんたちのステージ終わるよ!」
恒章が先生に呼び出しを喰らっている間、歓迎公演はすでに講堂で始まっていた。先に始まっていた美空と七菜香のライブに皆集中していた。
「L!O!V!E! ラブリーみそらっ! 」
「L!O!V!E! ラブリーななかっ! 」
突然の大きなコールに会場はどよめいた。観客たちは思わずその発生源に目を向ける。そこには、数人のアイドルオタクに扮した生徒たちが、水色と桃色のペンライトを振りながら熱烈なコールを送っていた。
「あれ、こんな演出あったっけ……?」
恒章と亀田は呆然としながらも思わず顔を見合わせる。恒章が彼らをよくよく見直してみると、恒章と同じボードゲーム部のカード仲間たちだったことに気づき、頭を抱えていた。
「あっ、客としてあいつら呼んだんだったわ……ってあいつ?」
その隣では、恒章の友人たち一緒にコールを送っている一年生の元の姿があった。
「なんであいつが……。そうだ。あいつもボードゲーム部入ったんだったわ……。あいつらめ……」
「笹床くんだっけ? 新入生であんなことするなんて、度胸あるねえ。って恒くん、そろそろ着替えに行かないと」
「着替えっつっても、着ぐるみだけどな」
恒章は、後はよろしくと亀田に言い残して衣装に着替えに行った。
やがて二人の曲が終わり最後のポーズを決める。一瞬シーンとしたものの、たちまち大喝采が巻き起こった。美空や七菜香が観客席を見下ろすと、観客がみな笑顔で拍手を送っている姿がそこにはあった。
「よかったよー!」
「かわいいー!」
ゆっくりと照明が落とされると、二人は手を振りながら舞台から捌けていく。緞帳が下げられた後、プロジェクターからCMが映し出されていた。
「幕間にCMを挟むなんて、よく思いついたな。さすがひーやん」
「これなら一気にできるかなって思っただけだよ。お客さんの休憩にもなるし、僕らの次の準備にも当てられるしね」
土呂は、和信にグーサインを送る。そして美空と七菜香も合流し、部員たちは急いで次の劇の準備を始める。衣装や照明、小道具。ありとあらゆるものの最終調整を行っていた。そんな中、亀田がドタバタと急いで舞台上にやってくる。
「大変だよ! みんなこっち来て!」
部員たちは亀田の声がしたほうに急いで向かっていく。講堂を会場から続々と観客が去っていってしまう様子だった。
「どうしてや? 」
部員全員が去っていく生徒たちの声に聞き耳を立てる。その表情は、かのチベットスナギツネのごとく真顔であった。
「スクールアイドル以外興味ないって」
「ってか人気取りのためにアイドルとか、舐めてるでしょ」
「この後の劇って……、なんか幼稚っぽいよね」
「ガキの遊びかよ」
辛辣な言葉に部員一同、表情が曇っていく。そして恒章が後から追いかけてくる。
「同じ部活のやつがいたから聞いてきたんだが、スクールアイドルってか、女子二人目当てで来たのが多いらしい……」
「これは裏目に出たか……」
*
一方、観客席にいた元も、ボードゲーム部の先輩たちと一緒に部室へ戻ろうとしていた。通路を上っていくと、育が少し不満げにしていたように見えた。そのとき、元と育はお互いに目を合わせてしまった。
「いたのかよ」
「そっちこそ。そんな格好でよくもそんなことを。僕まで恥をかくじゃないか」
育はさらに元に対して嫌悪感を示す。元もそれに負けじと育に言い返す。
「別にいいだろう。アイドルライブが見たかったんだ。俺はそれで十分だし」
「あんなに騒いどいて、君はそそくさと帰るのかい? このあと、君の先輩も出るんだろう?」
育は溜息を交えながらも、すまし顔で元に問いかける。元は面倒くさそうにしながらも、手元にあったパンフレットをもう一度見る。演者の一覧から、ある名前を見た途端、元は表情を変えた。
「まあ、周りに迷惑をかけるなら……」
「やっぱいる! このまま帰ったら、なんかお前に負けた気がするから! 」
元は先輩に断りを入れると、育の隣に乱暴に腰掛けた。育は少し嫌そうな顔をしながらも席を一つ奥の方にずれて座った。
「お前こそ帰ればいいじゃん。今のがそんな不満なら」
「好き嫌いで判断するのはよくないし、最後まで見るのが礼儀だから。……どこまで可能性をかけれるかも見極めたいし」
*
「ごめん。あたしのワガママのせいで……」
「そんなことはないさ」
和信は即座に答える。
「まずは、うちの部活がこうして日の目を見れたこと。その目的は達成できたんだ。それは南野さんじゃなきゃできなかったんだよ」
七菜香は目に涙を浮かべながらも必死に堪えようとしている。
「ななちゃん」
美空が七菜香に話しかける。
「私はななちゃんが紙芝居に付き合ってくれてたから、今回のスクールアイドルを一緒にやるって決めたの。でもね」
美空は七菜香の手をそっと柔らかく握った。
「まだ本番は終わってない。この部を知らしめてくれたななちゃんを誇りに思ったみんなを裏切ることになっちゃうよ」
「美空……」
七菜香は涙を拭いて、部員たちに向き直る。
「みんなもごめん……」
「ちょっとみんな、これ見て!」
舞台袖から観客席の様子を伺っていた亀田が手招きをする。部員たちは彼の元へ向かっていく。土呂が南野の横を通り過ぎようとしたときに立ち止まったかと思うと、頭にポンと優しく手を乗せてこう言った。
「あとは俺の番や。みんな任せとき」
土呂はそう言って部員たちの後を追った。南野も少し笑顔を取り戻しながら、彼らを追いかけていく。
「ここにいるのってさ……」
舞台袖から見えないように客席を覗くと、見覚えのある顔が七人いた。美空や七菜香と一緒に踊った女子三人、土呂や亀田と一緒に舞台装置をいじった男子二人、そして犬猿の仲である同じ苗字同士の元と育もそこに姿を現していた。
「来てくれた子は、みんな来てくれたんだね」
和信は思わず涙をこぼした。
「まだ泣くなよ。気持ち悪い」
「それ僕のセリフだよ……」
恒章の悪態をやんわりと躱しながらも、和信はハンカチで涙を拭いた。
「お前らがここで目指しているものは何だ?」
いつの間にか奥田先生と齋藤先生が舞台上に現れていた。
「それは……」
「この公演の目的だけは絶対に見失うなよ……。ただ、今回はまず楽しめ」
「あなたたちの姿、後ろで見ているわね。期待しているわ」
先生たちの言葉に頷く部員たちだった。そして和信は円陣を組むように促していく。最初は遠慮していた先生たちにも入ってもらって、和信は声を上げる。
「今からやるのは、部活に入りたい人に見せるもの。来て欲しい人みんな来てくれたんだ。きっと大丈夫!」
そして和信は、今回の作者である土呂に続きを振った。
「せや。わいらの物語、見せてやるで!」
掛け声とともに全員足を踏み出した。そして、部員たちは一目散にスタンバイを始める。開演時間を目前に控え、和信が演目のアナウンスを始めようとする。しかし亀田がストップの合図をした。
「あと一人、女の子が来るよ!」
「ごめんなさいー! まだ公演はやってますかー?」
そこには見覚えのある女子生徒、暖乃の姿があった。息が上がっているものの、その目は輝いているように見えた。和信は、その声を聞いて顔を綻ばせると、マイクで観客たちにこう呼びかけたのだった。
「一年生のみなさん! 前の方に、近くまで来てください!」
呼ばれた一年生八人は、最前列の中央の席に順番に座っていく。全員が指定された場所に一列に並んで座るのを確認すると、亀田は和信にゴーサインを出した。
「これより、舞台創造部新入生公演、『怪獣の歌』を上演いたします」
ブザーの鳴動とともに、幕が上がった。
*
軽快なBGMとともに、大きなおにぎりを片手にした小学生に扮する亀田が舞台の中央にやってくる。少々笑いが巻き起こるも、亀田は続けていく。
「今日は待ち望んだソロ活ピクニック! さあて、この塩結びでも……」
亀田が食らおうとしたその時、怪獣に扮する恒章が雄叫びを上げながら彼に突進してくる。
「ギャー! 助けてえ……」
「捕まえたぞ! さあ僕らの仲間になるのだ!」
「はっ、放せー!」
ジタバタする小学生は、怪獣に抗うも虚しくそのまま捕えられ、舞台袖へ連れてかれてしまった。
コント調になってしまった場面だが、新入生はその様子がおもしろかったようだ。特に元は、大きく手を叩きながら笑ってしまったため、ほかの新入生から冷たい視線を浴びてしまい、小さくなってしまった。
舞台が暗転し、戦隊ヒーローたちがアジトで作戦会議をする場面になる。赤レンジャーの土呂、水色レンジャーの美空、桃色レンジャーの七菜香、黄色レンジャーの和信が頭を悩ませる。その後、レーダーが反応したことに気づいた四人は現場へと向かっていく。そして再び暗転すると、怪獣が暴れて物を壊しているシーンに移る。
「やい、怪獣ヒガゴン! お前を倒してやる」
赤レンジャーの宣戦布告に、怪獣は引き笑いで挑発する。
「ひっひっ……、お前らに何ができる」
掛け合いとともに、四人のレンジャーは怪獣に戦いを挑んでいく。怪獣はあっけなく四人からの攻撃を受けて大ダメージを受ける。さらに全員の合体技が発射されようとしたときに怪獣は舞台袖へ逃げる。そして見えなくなった時に、破壊音のBGMが鳴り響く。
「やったな……」
怪獣を倒した達成感でいい表情をする四人だったが、ここで突然黄レンジャーに異変が起きてしまう。
「うっ……」
「黄レンジャー⁈」
黒子に扮した亀田が黒い幕を持って、舞台の下を隠すように走り出す。その途端、和信は伏せてしまい幕の中に隠れてしまう。そして恒章と入れ替わるような形で、見えないように匍匐前進で舞台袖に捌けていった。
「「くっ、苦しい……。うがあああ!」」
和信と恒章が声を合わせて、一緒に雄叫びを上げていく。そして黄レンジャーの和信が袖に履けたところで、恒章立ち上がる。
「そ、そんな……」
「黄レンジャーが、怪獣になるなんて……」
たじろぐ水色と桃色は、怪獣に襲いかかられて倒れ、気絶してしまう。絶望する赤レンジャーだったが勇気を振り絞って、怪獣と化した黄レンジャーに斬りかかった。
「すまん、お前を倒さないといけない……」
「そ、そんなあ……」
こうして怪獣は、ようやく倒れたのだった。そして後日談として、三人は黄レンジャーの墓参りに行き、彼の分まで平和をこれからも守っていくことを誓ったのだった。
*
「ありがとうございました!」
最後に全員の挨拶で締めると全員で頭を下げる。そして役名と自己紹介をして一礼すると。幕が下ろされていった。拍手は八人しかいない観客の割には、とても大きく、部員たちの心にも大きく響いたような気がした。




