I 踊る
「ちょっとこれを見てほしいんだ」
七菜香は自分のタブレットを開くと、とある動画を部員たちに見せる。
「あれ、これって……」
美空はその映像に見覚えがあった。前に七菜香が休憩中にスマホで見ていたものと同じ、女子高生七人組が歌って踊っているものであった。部員たちはみな食い入るようにしてその動画を見つめていた。
「『踊ってみた』とはいえ実在したんだな。スクールアイドル」
意外にも反応したのは恒章だった。
「東山、あんた知ってるの?」
七菜香が少し驚きながら尋ねる。
「こないだ放送してたアニメとかよく見るよ。シリーズ化されたりしているし」
「あの頑張ってる姿がさ、心を打つんだよねえ。曲もいいし」
恒章と亀田はその動画を見ながら、アニメ談義をし始めた。そして曲もサビの盛り上がりに入った途端、二人してペンライトを操るかのごとく、腕を大きく振り回し始める。七菜香はもちろんのこと、美空や土呂も食い入るように見ていた。
一方、和信はというと、腕を組みながらも少し怪訝そうに、その動画を眺めている。そんな彼の様子を土呂は見逃さなかった。
「東山くん……?」
動画が一通り終わった後も、和信の険しい表情は変わらなかった。そんな彼を見て、七菜香は思わずたじろいでしまった。和信は七菜香と目が合わせると、急に我に返ったように、にこやかに答える。
「まあ……、一定のジャンルに限らず、幅広く挑戦するのはアリだと思う」
「でしょ!」
「そしたら僕たちは、ペンライト振って」
「ステージの前でオタ芸してるわ」
恒章は亀田と一緒に先ほどまでの曲を口遊みながら、再び腕をペンライトを持ったかのように振り回す。
「お前らは変態プロデューサーか!」
土呂が思いっきり男子二人にツッコミを入れる。意外なことにも美空が小さくクスクスと笑ってしまっていた。
「注目を浴びたいだけなら、やらない方がいいんじゃない」
和信が一石を投じるとともに、部室内の空気は一気に静まってしまう。そんな中でも、七菜香は声を張り上げて言い返す。
「今のままじゃ、うちの部活を見てくれる人なんていないよ!」
和信と七菜香の間に少しピリッとした空気が漂っていた。
「今の状況で一から始めたって時間の無駄だし、見ている人たちにも失礼だよ」
「あたしは遊びでやるつもりはない! 」
「……そしたら、僕抜きでやってみなよ」
和信はそう言いながら部室から出て行き、そのまま帰ってしまった。突然の出来事に、五人はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「まだ基礎トレやってないし、気晴らしにやらん?」
土呂の一声で、部員たちは制服から練習着に着替えに行った。数分後、戻ってきた部員たちは、部室の机を端に寄せて、円になって柔軟体操を始める。最初は黙々としていた部員たちだったが、七菜香が思わず口に出した。
「東山くん、やっぱ怒ったかな? 勝手なこと言い出したから」
「東山くん、あまり良く思ってないって感じだよね」
「気にすることないやろ」
沈みゆく美空と七菜香の二人に、土呂は声をかけた。
「ここは演劇部じゃないし、だから二人がやりたいって言ったことは間違ってないで。ワイも一回そういうのやってみたいし」
「東山くんに『見通しが甘い』って言われたのは確かに思ったよ」
七菜香はそう言って俯いてしまった。思わず溜息をつく土呂だったが、隣を見た瞬間、少し気まずそうにしながら言った。
「……余計なことで傷ついた無関係な野郎がいるから、ちょっと話題変えようや」
土呂が指し示した方に視線を向けると、恒章がいつの間にか壁を見つめながら、体育座りのまま肩を落としていたのだった。亀田は恒章を励ましながら、その身体を引き摺って定位置に戻した。
「それに南野の中で、いろいろ考えてるんやろ?」
七菜香は頷くと、いくつか資料をカバンから持ち出した。そこには、七菜香が考えた基礎トレや体力作りのための練習メニュー、ボイトレなどの発声練習など多岐にわたるものだった。
「南野さん、ここまで考えてたんだ」
亀田は思わず感嘆した。
「うん、やるからにはね」
七菜香の資料に目を通した土呂は、とんでもないことを言い出した。
「ほんなら試しに走ってみよか。まずは校庭十周!」
そして土呂が勢いよく飛び出していった。
三十分後、土呂と七菜香は十周走り切り、肩で大きく息をしていた。しかし、二人の顔は少し清々しくなっていたような気がした。
「ちょっときつかったなー! 土呂は難なく進んじゃうもの」
「いや、南野はやっぱりすごいで」
時間もキリが良かったので、他の三人は途中で切り上げることになった。美空は七周、恒章と亀田は五周走ることができた。息を整えながらも五人は部室に戻る。そして少し休憩した後、例のスクールアイドルのダンス練習動画を見ながら、とりあえず踊ってみることにした。
最初は再生速度を四分の一程度にしながらゆっくりと
「うわっ!」
恒章がうまくターンできずに、勢いのままバランスを崩してしまう。
「きゃっ!」
よろめいた恒章が美空とぶつかってしまう。美空はかろうじてバランスを保ったものの、恒章は反対方向にいた亀田にもぶつかってしまい、共倒れしてしまった。
「恒くん……重いよ……」
「あっ、亀田氏ごめん……」
美空は踊りを一時中断して、二人のもとに駆け寄る。
「東山、亀田くん、大丈夫?」
「へーきへーき。慣れてるからさ」
「うん、中山さんもごめん……」
「大丈夫よ」
手当をしているうちに、残りの二人は最後まで踊り終えてしまったのであった。
「ちょっと飛ばしかな……」
「体力消耗したとはいえ、もう少し頑張らなあかんだけや。気にすんな」
*
「そういえば東……、和信くんってなんでこの部活に入りたかったんだろう」
美空がふと疑問を呈した。
「和くんは演劇がしたくてこの高校に推薦で入ったって話は聞いたことあるけど、それだけで和くんが不機嫌になったりするかなあ……」
「あいつは昔から頑固だからな。あまり気にしなくていいよ」
「でも東山くんがもし辞めるって言ったらどうしよう……」
美空の言葉に一同は言葉を詰まらせる。そんな時、亀田がこう言った。
「そしたら、ちょっと恒くんに賭けてみる?」




