試験前の泣き言
二月に入ると期末試験がある。そのため一週間前から部活動が休みになり、生徒はみな勉強に勤しむ。部活動の存続条件として、部員全員が赤点を回避しなければならないという条件があるからだ。部員のうち一人でも赤点を取ってしまった場合、その生徒が退部するか、次の試験で赤点を回避したことが確認できるまでは、部活動ができなくなってしまう。
舞台創造部もこの期間は活動できないため、各自で試験勉強を行うことになったはずだった。しかし部室では、男子部員たちが数学の試験勉強をしていたのだった。その中でも、恒章は泣きそうになりながら、他の三人からの特訓を受けていた。
「全然わかんない! 」
恒章がプリントを放り投げるも、和信がスレスレで拾い上げた。プリントの中身を見ると空白が目立っていた。
「恒章、本当に数学はテンでダメだな……」
「そんなこと言ったって仕方ないだろ。意味わからないんだから」
恒章は口を尖らせて文句を言い始める。和信は頭を抱えながらも、土呂と亀田に平謝りするしかなかった。
「ごめんね、弟がこんなんで」
「別に気にしとらんで」
「そうそう、教え合えばお互い有意義だと思うし」
和信は少し胸を撫で下ろす。恒章は少し不機嫌になりながらプリントを奪い返して、もう一回解き始めた。しかし、恒章は何も手を出せぬまま、睡眠体制を取ろうとする。亀田はチラッと恒章の問題を見る。恒章は、亀田に手を合わせて助けを求めた。
「恒くん、これは余事象を使うんだよ」
「……余事象ってなんだっけ」
恒章の言葉に、亀田は変わらず笑顔で返した。
「まずは教科書見てみよっか」
「亀田氏は手厳しいなあ……」
恒章はそう言いつつも、教科書を開いて問題に関連しそうなページを見つける。偶然にも類題が載っており、それを見ながらだが解くことができたようだった。亀田に確認してもらうと、計算結果も答えも合っていたので、ホッとしたようだった。
「恒くんって、普段帰ってから一分でも勉強したことないでしょ」
亀田の指摘に恒章は一瞬苦い顔をしたものの、すぐに胸を張ってこう答えた。
「そりゃあだって、勉強時間ってのは授業時間だけでしょ。あとは青春に注ぎ込むのが高校生の宿命なのだ!」
「なにが宿命だ……!」
和信が恒章の頭をポカリと叩いた。
「脳細胞が百個死んだわ……」
「……そういうとこだろ」
和信は誰にも聞こえないように呟きながらも、数学の問題を取り組み続ける。土呂は、恒章の言葉に思わず失笑してしまった。和信と亀田に注意されて謝りながらも、土呂は恒章に尋ねた。
「そういや、いつものカード仲間たちはどうしたん? 一緒にいるやん」
「それがさ……」
恒章は少しずつ話し出した。実は今回のテストでカード仲間たちと賭けをしていて、『大富豪』や『大貧民』の要領で、デッキ内のカードを差し出すことにしたのだという。つまり、最下位の点数の者がレアリティの高いカードや力が強いカードなど二枚分を最上位の者に献上するということだ。
「またそんな下らないことを……」
「いや、俺としては重要問題だって」
恒章は土呂と亀田に目配せをする。二人から返ってくる言葉に期待を込めながら。
「うーん、今のうちにカードを差し出した方が身のためじゃないかな」
「せやな。むしろ一位になっても、差し出すべきやな」
「ひどいな!」
恒章はふてくされながら、飲み物を買いに行くと言って、財布を持って部室から出ていった。和信は恒章が完全に出ていった後に思わず叫びだし、その勢いのまま立ち上がっていた。
「まったく。何が『比較されて』だよ。好き勝手言いやがって! あいつのせいで被害受けてるこっちの身にも……」
「まあまあ、落ち着いて」
亀田に抑えられて、すぐに冷静さを取り戻した。
「ごめんよ亀田くん」
「大丈夫、大丈夫」
和信は顔を赤らめながらもゆっくりと椅子に座った。その様子に土呂も亀田も思わず笑みを浮かべていた。
「でも、和くんが怒ってるのは初めて見たかも」
「ワイもやな。さすがお兄ちゃん」
二人の反応に、和信は思わず顔を手で覆ってしまう。
「ああ、恥ずかしい……」
「いや、ひーやんでも人間らしいところあるんやって安心したわ」
「そうだね。優等生じゃない、素の和くんが見れてよかった」
和信はそのまま頷くしかなかった。その時、夕日が部室に差し込み、誰もいない机の上を照らし始めた。土呂はその様子にふと目を留める。
「そうこうしているうちに、新入生が入って来るんやな……」
「そうだねえ」
亀田が頷きながら答える。和信も続けて言う。
「新入生に恥じないようにしないとね」
しみじみとする中、恒章がペットボトルを四本抱えて帰ってきた。恒章は今日のお礼だと言って、土呂や亀田にそれぞれ手渡した。二人はそれぞれ礼を言いながら、彼からそれを受け取った。恒章は最後に和信にも渡そうとした。
「いいの?」
和信が恒章に尋ねる。
「あいつらにも怒られたわ。勉強教わってるならちゃんとやれって」
和信は黙って恒章から受け取った。
「恒章は、いい友達を持ったな」
「お前もな」
やがて下校時刻を迎え、恒章はなんとか数学の一つの単元が一通り解けるようになっていた。それからは各自で勉強してなんとか試験に臨むことができたようだった。
数日後、試験も無事に終えることができた。恒章に関しては、特訓の甲斐もあってか、前よりは多く解けるようになった実感があった。返ってきた答案に悲喜交々とする日々もあったが、それもまたあっという間に過ぎ去っていったのだった。部活動についても、どの部活も活動継続できると判断され、生徒たちは緊張から解放されたのだった。
そして、試験が終わってから初めてとなる活動日。六人の部員は、舞台創造部の部室に集まっていた。
「東山が補習なしで赤点回避したって本当?!」
補習の常連だったクラスメイトが今回の試験で対象にならなかったことに驚いた七菜香は、半信半疑で恒章に尋ねていた。
「うん、僕たちも恒くんが五十五点は取れるように頑張ったからね」
「でも、なんで落ち込んでるの? 」
美空は首を傾げながら亀田に尋ねた。本来なら喜ばしいはずなのに、恒章がずっと肩を落として佇んでいた。その様子を見かねて土呂が代わりに答えた。
「いいカードが二枚取られちゃったらしいで……」
「カード……?」
それでも要領を得ない美空だった。少し混沌とし始めた場に、和信が大きく手を叩いた。
「はいはい、恒章はもう放置でいいからミーティング始めよう!」
驚きのあまり部員たちは、和信の方を見はじめる。ただし、彼の弟を除いてではあるが。
「じゃあ基礎練の前に、次の新入生講演についてだけど……」
「あのさ」
七菜香が手を挙げて、和信の話を遮った。和信は少し訝しげになりながらも、七菜香に話を振った。
「そのことで、みんなにどうしても話があるんだ」




