体力テスト
世間はクリスマスを迎えていた。クリスマス商戦も現在進行形で勃発しており、友人や恋人へのクリスマスプレゼントを狙う者たちも多い。思い人へ自分の気持ちを告白して成就する者もいれば玉砕する者もいたりと、人々は悲喜交々とする一日を過ごしている。
港山高校も例外ではなかった。たとえば昇降口にはクリスマスツリーが飾られており、その側に置いてある箱の中から生徒が自由に装飾をつけられるようになっていた。七夕の笹の如く装飾に願い事を書いてツリーに施す変わり者も一部はいるが、大半は女子生徒が綺麗に整えてくれていた。
授業が終わった恒章は六組の教室から出ていき、既に学校から認可されたボードゲーム部の部室へと向かう。今日は『クリスマスパーティー』と称したゲーム大会が、ボードゲーム部で開かれることになっており、部員たちはボードゲームやゲーム機で対戦プレイして盛り上がっていた。そのまま部員たちとカードゲームの勝ち抜き戦を繰り広げていた。
「喰らえ、『進撃の侵略者』で攻撃!」
「あーっ! また負けた……」
落胆する足立に対して、恒章は勝ち誇った顔でジュースを一杯飲み干す。
「よし、次は俺が仇を討つぞ」
「かかってこい!」
足立は田島と交代すると、二人はそれぞれ用意したデッキを確認して、次なる対戦の準備を整える。恒章は袖を捲る。その時、委員会で遅れた山口が部室にやってきた。そして恒章を認める。
「東山、そういえば奥田先生がお前を探してたぞ。補習に来ないって」
「あー……。数学の補習、忘れてたわ……」
「お前がちゃんとしないと、俺らが唆したと思われるだろ……!」
山口に突っ込まれながら、恒章は早く補習に行ってこいと追い出されてしまった。恒章は仕方なく職員室へ向かい、奥田先生のもとを尋ねた。
「遅いぞ東山。一時間の遅刻だ……」
恒章は平謝りするばかりだった。そんな彼に奥田先生は静かなる怒りを抱えたのだった。
「そういえば、体操着は持ってきてるか?」
「一応、持ってきてますけど……」
その答えに奥田先生は不敵な笑みを浮かべた。
「よし、数学の補習は実践形式でやることにした。早く着替えてグラウンドへ来い」
*
恒章は体操着に着替えて、指定されたグラウンドへ向かう。そこには、奥田先生と齋藤先生、そして和信をはじめとした舞台創造部の面々が立っていた。しかし彼らは恒章と違って、それぞれがカジュアルなウェアを着ており、準備体操をしていた。ふと恒章に気づいた七菜香は、彼に声をかけた。
「あれ、東山どうしたの?」
「こいつは数学の補習だ。悪いが協力してくれ」
あっさりバラされた恒章は恥ずかしくなって、思わず彼らに背中を向ける。齋藤先生に呼ばれた恒章は、グラウンドの方へ行ってしまった。状況がよくわかっていない部員たちをよそに奥田先生は続けて言った。
「今日は、前に話していた体力テストを行なってもらう」
ここでの体力テストというのは、春に体育の授業でやった『スポーツテスト』と同じものだった。テストする内容としては握力、状態起こし、長座体前屈、反復横とび、二十メートルシャトルラン、五十メートル走、立ち幅跳び、ソフトボール投げの八種目であり、これを一気にやるということであった。舞台創造部の部員たちの表情が少し曇ったような気がしたが、そんな顔をするんじゃないと叱られてしまった。
「とりあえず、最初は五十メートル走からやるから、グラウンドのスタート地点で待っていてくれ」
そう言って奥田先生はグラウンドに行ってしまった。部員たちも続いてグラウンドへ移動していく。
「最初に五十メートル走かあ……自信ないよ」
亀田は少し落胆していた。大柄な体型が物語る通り、運動会や体育祭の徒競走では、万年最下位を欠かさない彼にとって、トラウマを感じていた。
「大丈夫やって、隣にも同じ感じなやつがいるから」
「土呂くんは速いじゃん……って、そういうことね……」
二人は隣の和信の方を見た。
「ん? どうしたの?」
「いや、亀田がひーやん見て少し安心して」
「わー! バカバカ!」
亀田が土呂に軽くヘッドロックをかます。そんなやり取りを見て和信は思わず吹き出してしまっていた。
一方、恒章は五十メートル走のゴール地点にいた。そこで齋藤先生からバインダーを受け取る。齋藤先生が計測した部員の結果を、所定の用紙に記録するように指示された。恒章は、はい。と答えた。
「そういえば、なんで体力テストを?」
恒章は思わず齋藤先生に尋ねた。
「基本に立ち返って『体つくり』ってところかしらね。あくまできっかけでしかないけど。まずは自分の今の状態を客観視するところからよ」
奥田先生が手を振って合図を送っていることに気づいた齋藤先生は、OKマークを返した。最初は美空と七菜香の女子部員ペアであった。
奥田先生が旗を上げてスタートの合図を出した。それと同時に二人は走り出す。美空は少々引き離されながらも、颯爽と走る七菜香の後を必死に追った。
「南野さん、8.26。中山さん、9.07」
齋藤先生が次々に記録を読み上げ、恒章はその記録を記入していった。走り終えた二人は、恒章のもとに来てタイムを確認した。
「やっぱり、ななちゃんさすがだね」
「美空も前より少し速くなったじゃん! 特訓の甲斐があったね」
恒章が二人の話に聞き入っているうちに、次のタームが始まっていた。一組の土呂と亀田のペアだった。恒章も想定していた通り、土呂が立派なフォームで速度を上げ、ドタドタ走る亀田とどんどん差を広げていった。
「土呂くん、7.33。亀田くん、10.44」
「よっしゃ、自己ベスト更新や!」
「はあ、はあ……土呂くん速いよ……」
最後に和信が一人で走るタームがやって来た。その時奥田先生は何を思ったのか、こんなことを言い出した。
「恒章、ついでだからお前も和信と走れ!」
「ひええ……、俺部員じゃないですよ……」
「補習遅れて来たんだ! 少しくらい手伝いなさい」
恒章は気乗りしないままスタート地点へゆっくりと歩いていく。持っていってしまったバインダーを美空が取りにきたので、恒章はそれを手渡した。他の部員たちは、面白がりながらも、双子の五十メートル走の様子を見守る。
「絶対おもしろがってんだろ、あれ……」
「じゃ、よろしく」
気合いが入る和信とは違い、恒章は気だるそうに準備した。
「位置について、用意……」
奥田先生が旗を思いきり上げた。和信はすぐさまスタートするも、恒章は出遅れてしまった。恒章は追い上げて和信に追いつこうとするも、二人とも同じようなフォームで同じペースでドタドタと走り抜けていくため、一向に追いつけなかった。
「東山くん、10.38。東山くん、10.62」
「どっちがどっちですか?」
「和信くん、恒章くんの順ね」
その後も体力テストは続き、恒章は他の種目の計測もさせられてしまった。上体起こしなどの二人一組になる必要がある状態起こしも、和信とペアを組まされ巻き添えを喰ってしまった。
夕方になり、体力テストは全ての種目を終えることができた。恒章も全種目計測を終えたものの、先生から宿題が出されてしまった。
「恒章は補習の続きと言いたいところだが……。この計測結果を使って宿題を出すから、月曜日の朝までに提出しなさい」
そう言って、いつの間にか作成していた補習用の課題プリントを手渡して、ボードゲーム部の部室に戻っていった。そして先生たちは部員たちに向き直る。
「正式な結果は新年一発目のときに渡すからな。と言っても、だいたい分かっているだろうし、この結果が悪いから退部しろというつもりはないから安心してくれ」
思わず安堵する部員全員。その中でも亀田は力が抜けたのか思わず両膝をついてしまった。
「とりあえず体つくりの前に、自分の今の体力の現状について、改めて感じてくれればそれでいい」
その後は部室に戻ってミーティングするように伝えられた部員たちは、その言葉に部員たちはゆっくりと頷き、部室へと戻っていった。
「やっぱきついー」
部室で大きく第一声を発したのは亀田だった。
「こんなにハードだとは思わなかったよ……」
「こんなんで弱音吐いてたら、まだまだやね」
土呂の言葉に刺されたのか、亀田は机に伏せてしまった。
「大きく声が出せる才能、羨ましいなあ……」
美空は、亀田の声量に驚きを隠せなかった。和信も少し驚きながらも、話を続けた。
「全員で基礎トレしながら、簡単な稽古していけばいいんじゃないってさ」
「そしたら、次の時に基礎トレ考えてくるよ!」
七菜香が元気よく立候補した。
「恒章から聞いたけど、パラパラだけやるのはダメだからね……」
「ちゃんと考えてくるし! 任せといてよ!」
七菜香は私に任せろと言わんばかりに胸を張って答えていた。
「基礎トレも大事だけど、公演内容も考えておかないとね」
「まあ、それはチャットでもいいっしょ! それじゃ帰ろ!」
その言葉に時計を確認すると、最終下校時間の五分前を迎えていた。部員たちは大急ぎで片づけて、先生に挨拶をした後、それぞれ帰路に着いたのだった。




