休日のショッピングセンター②
「高校生、一枚で」
「それでは、千円になります」
和信は受付の係員に料金を支払い、公演のパンフレットを受け取る。そのまま誘導に従ってホールの中に入ると、すかさず一番前まで行って中央の席に座った。旧友が主演を飾った初めての舞台というだけでも彼の心は躍動を隠せていなかった。
そして渡されたパンフレットを見て出演者一覧を確認すると、確かに彼の名前はあった。開演前のブザーが鳴る。和信はスマホの電源を落とし、パンフレットとともにカバンの中へしまった。アナウンスの後、緞帳がゆっくりと上昇していく。
今回の作品は、ある一家を主軸としたストーリーだった。ある日、両親が謎の病に倒れ亡くなることから話は始まる。残された兄弟が、その病魔の原因となる祟りや呪いと対峙していくというものだ。
久々の舞台鑑賞に、和信はその世界観にだんだんと浸っていった。旧友が出演しているというのもあったが、コメディ調から始まるファンタジー要素の物語が好みであるのも楽しみをより一層高めていったのだ。物語が進むにつれて、兄弟たちは敵となる祟りや呪いを倒していき、遂にはラスボスである司祭と対決していく場面を迎えた。
「お前の中には、一体何を飼っているのか……」
和信は、その司祭の言葉に思わずゾクっとした。その言葉を引っかけてくるような言い回し。静かなれど狂気が溢れ、覇気のある佇まいに思わず目を留めてしまっていた。
「お前たちは、いずれ飲み込まれ獣となるのだ……」
そう雄叫びを上げながら司祭は退場していき、兄弟たちへ攻撃を喰らわせる。よくある展開ではあるのだが、和信は、なぜか身体の中にズシンと何かが残る感じがした。そして物語は進み、兄弟は最後の力を振り絞り、司祭を倒してハッピーエンドを迎えたのであった。
舞台上演が終わると、和信は少しだけ余韻に浸っていた。ただあの司祭役の演技がとてつもなく和信の心を抉っていた。アンケートを記入した後でホールから出ると、キャストたちが観客たちに挨拶しに並んでいたところだった。見覚えのある小柄で、少し幼なげのある、子役時代をともにした旧友の外崎海斗の姿が見えた。この舞台の弟役である。海斗は和信の姿を認めると、こっちだよと手を挙げた。和信はそれに気づいて、彼の元へ向かった。
「おっ、和信。来てくれたんだな」
「お疲れ、海斗」
和信と海斗は少しばかり話を弾ませていた。すると、近くにいた司祭役を務めた大柄な男子が楽屋から出てくる。海斗は彼を見つけるとその場で手招きし、和信と引き合わせたのだった。
「はじめまして。金間祭です」
「どうも、東山です。本当に凄かったね。あの展開には見事にやられたよ」
和信の言葉に祭は背筋を伸ばした。
「あっ、ありがとうございます……!」
そして祭は深々とお辞儀をして黙りこくってしまった。不思議そうに彼を見つめる和信に、海斗はこう言い添えた。
「こいつ、和信に憧れて演劇をはじめたんだってよ」
「そうなのか……」
「テレビに出てた時からずっと憧れでした。まさかこんな形で会えるだなんて」
祭は和信に憧れや羨望の眼差しを向けた。
「そういえば、今日は祭の好きなカードゲームの大会があったんじゃないっけ?」
「そうです。ゴールデンウィークくらいに彗星のごとく現れた、連戦連勝の神プレイヤーがいるんですよね」
そう言って祭はスマホを取り出して確認しようとするが、海斗に嗜められる。和信は仕方なくそのウェブサイトにアクセスした。トーナメント表を確認すると、一人の日本人が決勝戦に進んでいるということがわかった。
「今、その人が決勝まで行ってるみたいですね! あの正体不明のプレイヤー、MrThさん。今日、せっかく本物を見られると思ったのに、惜しいな
あ……」
和信は思い出したかのように、一旦その場から出ることにして、二人を含めたキャスト陣たちに見送られた。
和信は、恒章が出場している大会の会場へ向かう。しかし、中にはもう入れなかったので、二回の吹き抜けから覗き込む形となった。様子を窺う限り、恒章は順当に決勝戦へ進出していたようだった。しかしその相手はアメリカ代表で前チャンピオンのケビンという選手らしい。いわゆる強豪の選手であり、初参戦の恒章にとってはそうとう分が悪い。恒章が考えていたプランも虚しく、防御もできず攻撃を容赦なく喰らってしまっている様子だった。
「くっ、くっそ」
恒章のHPは千あるうちの百を切っていた。このままでは、何も太刀打ちできないまま負けてしまうのは明白であった。恒章の顔から次第に焦りが見え始める。
「……」
和信が固唾を飲んでその様子を見守る中、恒章は半ば諦めながらも、思い切って自らの山札から一枚引いた。
*
「遅かったね」
「まあいろいろと……」
仲間たちと健闘を讃えあった後、和信と集合場所に落ち合ったのだった。
「まさか優勝するとはねえ……」
「なんかカードから声が聞こえたから、その示し通りに」
「厨二病かよ」
和信は思わず突っ込むが、恒章はぷいっと横を向いた。二人は帰りのシャトルバスの乗り場へ向かう途中、スポーツ用品店の前を通っていく。和信はふと立ち止まるとこう言った。
「せっかくだし練習着とか新調しなきゃな」
「別に体操服でいいじゃん。ってかたくさん持ってるだろ」
恒章は少々面倒くさそうに答える。
「体育の授業じゃないんだから。部活用は別に二、三着は持っていたほうがいいんだよ」
「金がもったいない。今着れるのあるならいらないでしょ」
恒章は早く帰りたそうにしながら、和信を急かしている。しかし和信は恒章に向き直ってあることを尋ねた。
「恒章は、そういうの持ってないだろ?」
「まあ、そういう部活に入ったことはないからね」
「たまの参加だとしても、やっぱり恒章の分も今買っておかなきゃ。臨時収入もあるみたいだし……」
恒章は怪訝そうな顔をしてその場から離れようとするも、和信に対抗する術もなく、連れて行かれてしまった。幸か不幸か、その店には二人の大きさに合うサイズのスポーツウェアも取り揃えてあった。和信は手当たり次第、恒章のサイズに合いそうなシャツやジャンバー、パンツやシューズなどを取り急ぎ揃えてやった。お買い上げの結果、恒章の賞金は借りてたバス代を含めてすべて消えてしまったのであった。
「重いんだけど……」
「我慢しなさい」
恒章は返す言葉が見当たらなかった。というよりも言い返してはいけないような気がしていた。思っていることを抱え込んだまま、兄とともにシャトルバスの乗り場へと向かった。その後、電車と乗り継いで家路についた。
帰宅した後、兄弟は部屋にそれぞれ戻っていく。いざ部屋に逃げ込もうとした瞬間、和信は恒章に告げたのだった。
「明日から少しずつ特訓ね」
「……なんか熱入ってません?」




