休日のショッピングセンター①
部室を手に入れてから、月日はあっという間に経ち、師走を迎えていた。舞台創造部の活動再開まで一ヶ月を切っている。部員たちはそれぞれ勉学に励んだり、先生たちに課されることとなった体力テストの準備をしたりとそれぞれが準備を重ねていた。
この休日、和信は子役時代の仲間が出演する舞台を鑑賞するために縦浜に出かけていた。今までは芸能関係の仕事をしていたため、家と学校、家と事務所との往来しかほとんど外に出ることがなかった。たまに電車を使って出かけようとしても、わかりやすい見た目であることが災いして、お忍びのごとく親同伴で車移動することしか許されていなかった。休業ししばらく経った今ならと、電車での外出を、ある条件の下、両親が許可してくれた。しかし、和信はその条件を一瞥しながら思わずため息をした。
「なんだよその目は……」
「いや、もうちょっとさ。服装をしっかりしてもらわないと」
両親が出した条件は、今日一日は、恒章に同伴してもらうことであった。それよりも、弟の服装に頭を悩ませるばかりであった。
「チェックシャツで自己主張するわ、その下にジャージ履いているわ……」
「俺は今までこれで支障なかったんだし、別にいいじゃん」
「……」
和信は、恒章にこれ以上何も言わなかった。それに対して、幾分か得意になった恒章は、胸を張ってこう続けて言う。
「あのね、俺がたまたま縦浜のカードゲーム大会に出場するから、あなたも一緒に縦浜に行けたんですからね」
「はいはい。それについては感謝しております」
そう言って和信は家を出ていく。恒章もその後を追った。そして家の近くにあるバス停から最寄りの駅まで向かうバスに乗り、通路を挟んで隣の席に座った。恒章は席に座るや否や、窓にもたれかかってすぐに眠ってしまった。和信は、バスの窓から地元の景色を改めて覗き込む。いつも見慣れている街並みのはずだが、彼にとっては新鮮に感じられた。
「たまには、こういうのもいいか」
バスが終点の駅に着き、乗客たちは次々に降りて精算していく。最後に和信たちが降りていく。しかし、恒章がいろいろとポッケの中を探したりしており、運転手を困らせていた。
「すみません、二人分で」
和信はバスの運転手にそう告げて、恒章の分も一緒にICカードで運賃を支払った。恒章は安堵してバスから降りていき、運転手に頭を下げた。
バスが駅前から発車すると、和信は恒章に財布を出すように言った。恒章は最初は抵抗したものの、観念して自らの財布を兄の目の前で取り出した。それを上下に振るが、紙幣も硬貨もそこからは出てこなかった。
「どうするつもりだったの?」
「いやあバスで行くとは思わなかったんで、それは……。今回のこともあるし、和信さんのお気持ちってことで……」
「そのカード売りに行こうか? 今すぐ」
カードを売る。その言葉に恒章は顔面蒼白となった。
「いや、それだけはどうかご勘弁を……」
「小遣いを全部カードゲームに費やすからいけないんだ」
和信は恒章のリュックサックからデッキの入った箱を取り出し、適当に一枚抜き取った。和信が取り出したカードを見せられた恒章は、かなり半泣きの状態で兄に泣きついた。プレミア性が高いカードだと知った和信は弟をスルーして、近くのカードショップに駆け込もうとしたが、弟のあまりの執念深さに負けて諦めたのだった。
「ちゃんと借りた分返すまでは、担保として持っておく」
「あの……、今日のマージンからその分を差し引いてもらうっていうのは……」
「駄目」
そのまま和信はカードを自らのバッグにしまって、駅の改札へと入っていった。
その後、電車を乗り継いで縦浜駅に着いた二人は、ショッピングセンターへ向かうシャトルバスに乗り込んだ。この後の行程としては、和信はその建物内にある市民ホールへ、恒章はそこで催される会場に向かうことになっている。
「それにしても、縦浜のショッピングセンターでカードゲーム大会やるなんてな」
「今日は大勝負の日だからなあ……」
その建物にかかっていた幕を見て、和信は絶句した。
「せ、世界大会……?」
想像を大きく上回る現実に、思わず和信はよろめいた。勢いのあまり、和信は柱に寄りかかる。
「そんな打ちひしがれなくても。所詮まぐれだって」
そんな兄とは対照的にケロッとする弟の恒章だった。彼のスマホから着信音が鳴る。クラスメイトのカード仲間たちも会場入りしたという連絡だった。彼らは、地区大会で敗北を喫したため、今回は恒章の試合を観戦するらしかった。
「ってか、英語喋れたっけ?」
「いんや? ハローとハウアーユーとシーユーアゲインくらいしか。公用語は日本語だし、誰か通訳してくれるでしょ」
「なんて単純な……」
どこか飄々としている恒章に対して、和信はため息をつくばかりであった。恒章は集合時間が近くなったため、この場で解散することになった。
「そんじゃ、後で連絡ヨロ」
「ま、一応がんばってね」
そう言って恒章は選手控室へと向かっていった。和信はそんな弟を見送ると、さらに帽子を深く被り、踵を返す。
「なんか久々に休日って感じだな……たまにはソロ活もしてみようかな」
時刻を確認すると、告知されていた開場時間まで三十分くらいあったので、ショッピングセンターを一人で見て回ることにした。
はじめに向かったのは、前から気になっていた大きいサイズを対象とした洋服店。自分の大柄な身体に合いそうな服を取り扱っており、自分の好みの服などが見繕えるかどうか、とりあえず品揃えを確認するに留めた。その後は、行きつけの本屋に立ち寄り、前々から気になっていた小説を一冊購入した。この作者は、自分が最初に出演した作品の原作者であり、気になって仕方がなかったのだ。
「やっぱ、こうやって外に出てみるもんだなあ」
念願のものを手に入れることができ、思わず笑みがこぼれてしまった。その様子を通りすがりの客に見られている。恥ずかしくなった和信は、思わず顔を下に向けた。
その時、足元に数字が書かれていたことに気づいた。
「ウォークラリー……?」
和信がスマホで調べてみたところ、このショッピングモールが広いことを利用して、ウォーキングコースを作ったとのことだった。健康を意識した社会が叫ばれている中でも取り組みらしかった。
「なるほどね」
スマホの時計を見ると、すでに開場時間を迎えていたことに気づいた。和信は急ぎ足でホールへと向かった。
*
一方、恒章は会場の受付に入って、選手のエントリーを済ませていたところだった。エントリー間際、会場の入口でいつもの三人と合流した。
「東山、負けるなよ」
「東山、頑張れよ」
「俺たちの分までぶちまかしてこいよ」
恒章は、今までの人生でなかった応援に対して少し照れていた。それに呼応するように、強気でこう言い残した。
「絶対勝ってやるからなー!」
その自信も束の間であった。エントリーを終えて控室に入った瞬間、恒章の背筋が凍る。場の空気は完全に張り詰めていた。飲まれまいとするも、恒章の一挙手一投足がぎこちなく、同じ側の手足が一緒に動いてしまう。とりあえず近くの椅子に座って、デッキを確認することにした。
「あっ……」
恒章は一枚一枚デッキのカードを見ていくうちに、そのキャラクターたちが彼に話しかけているような感覚がした。一部のキャラクターしかアニメ化されていないはずなのだが、それぞれのキャラがそれぞれの声で、恒章を励ましているように聞こえてきたのだった。
「スーッ……ハーッ……」
恒章はゆっくりと深呼吸しながらデッキをしまい、決戦が始まるのをじっくりと待った。