やっぱり双子なのだ
福徳とのオンライン対戦で敗北を喫した恒章は、意を決して向かいにある和信の部屋をノックした。
「そっちから来るなんて珍しい。雨でも降るんじゃないか? 」
「冗談はいいから。ちょっと話があって……」
和信は何かを察したらしく、ドアを大きく開けて彼を招いた。
「……雨宿りがてら、とりあえず入りなよ。僕も少し話があったから」
恒章は、和信に促されて部屋に入っていく。相変わらず和信の部屋は整頓されていて、同じ双子とは思えないほど環境が整っていた。恒章は和信からベッドの上に座るように促された。
「地面でもいいのに」
と、恒章は少しぶっきらぼうに話した。
「別に遠慮せずに座っていいよ。むしろ床に座られると嫌だし」
「雨露で濡れるぞ」
「どうぞお構いなく」
飄々と返す和信に少しむっとしながらも、恒章はその言葉に甘えてベッドの上に腰掛けた。
恒章が改めて辺りを見渡す。和信の本棚には、教科書や参考書といった勉学関連のものだけでなく、小説や図鑑、映画のDVDなど多種多様のものがきっちりと本棚に揃えられていた。そして、その様子に呆然としている恒章を前にする和信であった。
「そんで、どうした」
「まず、数学教えてくれ」
和信は、はあ。とため息混じりに頭を抱えた。
「少しは自分でやれ。昔はそんなんじゃなかっただろ」
「人は変わるもんですよ」
恒章はすっかり開き直った。そんな弟の様子を見かねた和信は、机の横に立てかけてあった小さいテーブルの脚を開き、恒章の前に立てた。
「それで、どこがわからないの?」
「『必要十分条件』とか……」
和信はどれどれと恒章の課題を見る。和信は少しその問題を見ると、その解法を細かく恒章に教えていた。恒章も最初は頭を抱えて課題に手がつかなかったものの、次第に解けるようになっていった。
「やっぱり、和信《お前》には敵わないわ。説明が上手いし。悔しいけど」
「……」
恒章は次第に、応用問題に手をつけ始めていた。今までだったら逃げていた問題だったが、なぜかひとりでに手が動いている気がした。和信はそんな恒章の様子をじっくりと窺っていた。
「あまり凝視されるとやりづらいから、あっち見ててくれない?」
和信は無言でゆっくりと自分の机に向かう。課題をすでに片づけていた和信は、恒章の邪魔にならぬようにと、教科書を見ながら、次の日の予習をしていた。しかし、間もなくして、今度は恒章から要求があがった。
「静かすぎるとちょっと集中できないから、なんか適当に話してくれない?」
弟に対して少し呆れながらも、和信は話題を考えていた。和信はあまり当たり障りのない話題を考えたが、共通の話題があまり出てこなかった。仕方がなくなった和信は、敢えてあの話題に触れることにした。
「そういえば、恒章はなんで中山さんたちと紙芝居やったの?」
「中山さんにお前と間違われて、南野に数合わせで連行された」
和信は笑いをこらえるしかなかった。
「どうせハーレムだと思って乗っかったんだろ」
「心外ですわ。誰かさんのせいで封印した黒歴史も知られるし」
「でもよくやり切ったよな」
「まあ中山さんが俺を褒めてくれたんでね」
「俺も読んだよ。その話」
恒章は思わず、その手を止めた。彼の中に少し暗雲が立ち込める。どうせまた辛口批評でも来るんだろうなと、内心辟易としていた。
「良かったと思う。すごくお話が綺麗だった」
思わぬ講評に恒章は和信の方を向いた。少し胸のつかえが取れたような気がした。しかし和信は恒章に背を向けたまま話し続ける。
「僕は得意じゃないから、そういう作品が書けるのが羨ましいよ」
意外な言葉を受けてか、恒章も次第に吐露するようになっていった。
「いつもテレビとかに出てて、みんなの人気者で羨ましかったのに、そんなこと言われたら、俺の立場ないわ。父さん母さんからも大事にされてるのに」
「みんなと一緒に学校に通って、一緒に勉強して、一緒に遊んで。そんな生活の方が僕は羨ましかったよ。子役にならなきゃ良かったとは思わないけど」
恒章はふーんと聞き流しながら、机の上の課題に再度取り組み始める。
「父さんも母さんも僕に付き添ってたとき、かなり恒章の心配していたからね。一人でできるかなって」
「そうなんだ……」
ふたたび和信の部屋に沈黙が流れる。和信は予習、恒章は課題にそれぞれ取り組んでいた。三十分くらいたった後、恒章が課題を終わらせることができた。恒章は念のため、和信に課題が合っているかどうか見てもらうことにした。和信の見立てだと、全問正解らしかった。
「やればできるじゃん」
「俺の手にかかれば、こんなもんよ」
はははっと笑う恒章に、和信は軽く拍手した。そして本題に入ると言って、和信が話を切り出した。
「恒章は、部活決まってるのか?」
「いや、まだ決まってない」
「試しに聞くけど……、うちの部活には」
「入らない」
恒章は即答するも、その表情は固くなっていた。彼の頭を過ぎるのはやはり兄弟間の格差だった。
「俺が入ってもね、結局和信の引き立て役だから。あまり惨めな思いはしたくないから」
恒章は軽く笑いながら言った。その時、プツンという音が聞こえたような気がした。
「それは僕に対する侮辱かい?」
恒章が振り向くと、和信から凄まじく殺気が生じていた。恒章は身動きを取ることができない。そんな彼をよそに、和信はベッドの上にあった枕を手に取った。
「恒章が僕の代わりになることはない。その発言は、今まで恒章を恒章自身として見てくれた人に失礼じゃないのか?」
そう言って和信は恒章に枕を思い切り投げつける。運悪く枕は恒章の顔面に命中した。痛みが恒章の全身を巡っていく。彼も負けじと兄に向けて枕をぶん投げた。
「俺はいつも和信と比べられて辛かったんだよ! 和信と俺は違うのに! 」
恒章が思い切り投げた枕は、和信の顔面に命中してしまった。
「痛ってえ……」
和信の痛がる様子に血の気が引いた恒章は、急いでリビングへと下り、二セットの氷水を作って、和信の部屋へと持っていった。二人のメガネはフレームやら鼻当てやらが曲がっており、使用に耐えない状態になってしまっていた。幸いなことに、二人とも同じ形で同じ度数の予備のメガネを作っていたので、事なきを得ていた。
和信は恒章から氷水を受け取ると、ありがとうと言い返して、それを顔に当てた。
「僕のせいで恒章が酷い目に遭ってたの、本当にごめん」
「俺も和信に迷惑かけた。ごめん」
和信は静かに恒章の肩を組んだ。それに呼応するように恒章も和信の肩を組んだ。
「それじゃ」
「そうだね」
そう言って二人は、およそ十年ぶりに笑顔を交わしながら拳を突き合わせた。そして恒章は自室へと戻っていき、二人は、それぞれの部屋で床に就いたのだった。




