第3話:島に着きました
「着いたよ、クロエちゃん。目を開けてくれたまえ」
「うっ……」
白い光に包まれてから数秒後、ロッド様の優しい声が聞こえた。
恐る恐る目を開けると、穏やかな草原が出迎えた。
遠方には険しい山がそびえる。
どうやら、エスベア島に着いたらしい。
体感ではほんの数秒しか経っていないのに。
転送魔法は距離が遠いほど身体の負担が大きいと聞くけど、私にはかすり傷さえない。
ロッド様の実力を感じた。
島はしとしとと、やや強めの雨が降る。
見渡す限り重い暗雲が立ちこめているので、常に天候が悪いという噂は本当らしい。
空を眺めていたら、魔法でできた傘が私の頭上にスッ……と差し出された。
「クロエちゃん、美しいブロンズの髪が濡れてしまうよ。雨に打たれる君はより一層艶やかさが増すのだけど……僕以外には見せたくないんだ」
「あ、ありがとうございます、ロッド様。……あの」
「なんだい?」
穏やかに笑うロッド様に問いかける。
「アラン様とジェローム様はよろしいのですか?」
二人とも初期位置と同じように、私たちから少し離れた場所にいらっしゃる。
アラン様もジェローム様も、厳しい視線をロッド様に向けながらしとしとと雨に濡れていた。
そんな彼らを見て、ロッド様は鼻で軽く笑う。
「別に放っておけばいいさ。あの二人は自分でどうにかするだろう。仮にも王国を代表する騎士と錬金術師なのだから」
「そ、そうですか……」
まずは領主様に挨拶を……ということで、皆さんと一緒に島を歩く。
今気づいたけど、ロッド様の魔法傘には私しか入っていない。
本人は雨に打たれて、しっとりと濡れてしまっている。
「相合い傘はとっておくさ。……僕たちが真に結ばれたときまでね」
「は、はぃ……わかりました」
「「……チッ」」
アラン様とジェローム様の舌打ち(たぶん)が聞こえても、ロッド様はまったく動じない。
予想より広大な島だな、などと思って歩いていたら、前方から数人の人影が見えた。
少年と執事の姿を初老の男性、そして何人かの若い男女。
きっと、この島の住民だろう。
私とロッド様たちが駆け足で向かうと、少年が緊張した様子で尋ねた。
「こ、こんにちは。来客とは珍しいですね。あなたたちはいったい……?」
「突然の訪問で申し訳ありません。私はクロエと言いまして、このたび……」
「……あっ! もしかして……聖女のクロエ様ですかっ!?」
名乗り切る前に、少年が明るい笑顔で私の名前を言った。
「ええ、私は聖女のクロエです」
「やっぱりそうでしたか! 以前宮殿でお見かけしたことがあり、もしやと思ったのです。……申し遅れました、僕はシャルル・オートイユと言います。エスベラ島の領主を務めています」
「えっ、あなたが辺境伯なのですか?」
てっきり、もっと年上の方が治めているとばかり思っていた。
私の疑問を感じたかのように、シャルル様は話す。
「はい、今年で十二歳を迎えたばかりですが、数年前亡き両親から辺境伯の爵位を賜りました。僕についてきてくれる島民のために、毎日懸命に島を管理しています」
「そうだったのですか……」
ご両親は数年前、島の開拓中に山の事故で亡くなってしまったらしい。
後ほど祈らせてほしいというと快諾してくれた。
シャルル様の隣に居る初老の男性は執事で、若い男女は使用人とのことだった。
オートイユ家が丸々島に引っ越したようだ。
シャルル様は美しい銀髪に金色の瞳が麗しく、まるで女の子みたいな風体だけど、その瞳の奥には島民を率いていく力強い意志を感じた。
「ところで、クロエ様のような素晴らしい聖女が、なぜこのような辺境にいらしたのでしょうか」
「ええ、実は……婚約破棄とそれに伴う国外追放の処分を受けてしまいまして……」
「こ、婚約破棄ですって!? しかも追放……!?」
鞄から文書を取り出し、シャルル様に渡す。
トリスタン様から辺境への追放を命じられた正式な書類だ。
シャルル様は険しい顔で読むと、ほぅっ……とため息をついた。
「……まさか、王宮でそんなことが起きていたなんて想像もしませんでした。きっと、何かの間違いに決まっています。むしろ、僕たちは歓迎いたします」
「ありがとうございます、シャルル様。ご迷惑をおかけしないよう、精一杯貢献いたします」
「クロエ様。どうか、もっとくだけた口調でお話しください。あなたの方が年上なのですから」
丁寧にお辞儀した私に、凜とした声で言ってくれる。
その気遣いは私の心を癒やしてくれて、同時にとある思いを抱いた。
「……どうもありがとう。だったら、シャルル様……シャルル君も、もっと友達と話すように喋って。私は様、なんて呼ばれるほど偉い人じゃないから」
そう言うと、シャルル君はハッとした表情で私を見たけど、次の瞬間には笑顔を浮かべて言ってくれた。
「……ありがとうございます。では……クロエさんと呼ばせていただきますね」
私たちはふふっと微笑み合う。
まだ出会ったばかりだけど仲良くなれそうだな……と思ったとき、ぐいっと私とシャルル君の間に男性方が入られた。
そう、ロッド様、アラン様、ジェローム様だ。
大の大人に囲まれたシャルル君は、緊張した様子で叫ぶ。
「あ、あなたたちは誰ですかっ」
「僕はロッド。第一魔術師団の師団長だ。ずいぶんとクロエちゃんのことが気に入っているみたいだね」
「俺はアラン。"外苑"の第三席だ。クロエとはどういう関係なんだ、ああん?」
「私はジェローム。クロエ君と仲の良さをアピールするのはそこまでにしてもらいましょか。虫唾が走ります」
「ど、どうして、そんなハイスペックな人たちがっ……!」
スパダリの皆さんに詰め寄られるシャルル君に、どうにかして事情を話す。
ロッド様たちにも圧をかけるのを止めていただくようお話しし、何とか事は収まった。
「シャ、シャルル君。さっそくだけど、私にできることはない? 聖女の力を失ったわけではないから、女神様から加護を分けていただけると思うの」
「そ、そうですか? でしたら……この雨を止ませていただけませんか? もう二週間ほど降り続いていて、作物の成長に影響が出始めたのです」
「わかったわ。任せて」
みんなから離れて十字架を取り出し、胸の前で手を組んで地面に跪いた。
私は追放された身ではあるけど、エスベア島に厄介になるのだ。
少しでもシャルル君や島民の役に立たないと申し訳ない。
いつも教会で行うのと同じように、女神様に強くお祈りする。
――どうか……エスベア島に太陽の恵みを……。長きに渡る雨により、島で暮らす人々は苦しんでしまっています……。
目の前に困っている人がいたら、どこであろうと放っておけないから。
天に向かって真剣に祈っていると、周囲からシャルル君たちの驚く声が聞こえた。
「「そ、空が晴れた……!」」
目を開けると暗雲が消え、見渡す限りの青空が広がっていた。
シャルル君が空を見ながら呆然と呟く。
「す、すごい……。これが聖女の力なんですね……。晴れる気配のまったくなかった空がこんなに晴れるなんて……」
「正確には女神様の力なんだけどね。私は力を少し分けてもらっただけ」
シャルル君は地面に跪くと、私の手をそっと握る。
そして、私の目を真剣に見つめて……言った。
「クロエさん……僕と結婚してください」
「「えええ!?」」
私とロッド様たちの驚きの声が響く。
け、結婚!?
って、誰と誰がですか!?
混乱で頭がいっぱいになる中、シャルル君は真摯な瞳で話す。
「今から三年前、あなたが"聖女の神託"を受けたとき、教会でお祈りしているところを見ました。恥ずかしい話……一目惚れしたんです。その後も、各地で奉仕活動するクロエさんを見て、僕の気持ちは確固たるものとなりました。もうあなたを好きな気持ちは抑えられません」
「そ、そうだったの」
まさか、シャルル君にそんな風に思われていたなんて……。
視界の隅ではスパダリの皆さんがわなわな……と震えているのが見えるけど、私の手を握るシャルル君の力がより一層強くなった。
「さあ、行きましょう、クロエさん。とっておきのごちそうをご用意させていただきます」
「あっ、シャルル君……!」
「「……ぐぎぎ! 僕(俺、私)でもまだ触れたことはないのに……!」」
スパダリの皆さんの呟きなど聞こえないように、シャルル君は私の手を力強く引っ張っていく。
私たちの後ろからは、ロッド様とアラン様、ジェローム様が足音荒くついてくる。
晴れやかに広がる青空を見ながら、ふと思う。
――これから私は……どうなっちゃうんだろう。
◆◆◆
エスベア島にてクロエがシャルルに精一杯のごちそうを振る舞われ、スパダリズ(ロッド、アラン、ジェローム)が歯ぎしりしているとき。
クロエの婚約破棄と追放の話が広まったミロスニア王国でも、とある異変が起き始めていた。
「おい、聞いたか? クロエ様が国から追い出されたらしいぞ」
「いったい何をやってるんだ、第一王子は。歴代の聖女でも最高峰の実力を持つ方なのに」
「クロエ殿がいないのなら、こんな国にいる意味はない。俺もエスベア島に向かう」
第二魔術師団の師団長や"外苑"の席次たち、国営薬師ギルドの総支配人など、数多のスパダリが国を発つ準備を始める。
東の果てに浮かぶ島に、クロエ目がけて次から次へと押し寄せるスパダリの波。
いったいクロエはどうなるのか。
そして、シャルルやスパダリズとの関係は……!?
一方、トリスタンとマルティ。
"聖女の神託”を受けたというのは二人の嘘で、いくらマルティが祈ろうと女神の加護は訪れない。
クロエの貯金を失った結界魔法は徐々に力を失い、王国は少しずつ衰退を始める。
唯一の聖女を失い、さらには国が誇る優秀な人材がとめどなく流出を始める。
ミロスニア王国の行く末を、この頃のトリスタンとマルティは知る由もなかった。