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ドラゴン対策会議は、ぐるぐる

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 またまたところかわって、サピア王城。

 国政委員会の間。

 建国以来、サピア王国には数多くの画家が出た。この部屋には、王国や国政委員会の栄光・正当性をあらわす絵画で、壁じゅうが埋め尽くされている。

 ややみすぼらしさもある謁見の間との差は、著しい。

 事実、この部屋の絵画もまた、国民の窮乏のおりに売却が考慮された。贅沢を取り締まる役目を帯びた奢侈しゃし取締官らの仕事である。彼らは王にさえもの申す権限を持った、王権と分離する独立組織である。

 さて。

 大臣が両脇の席に着いて、王を待っていた。

 部屋の中でも一段高いところに、王の席がある。その後ろに、直線の水路があった。

 そこから、王があのゴンドラ「ファウナ」にすっくと立って、現れる。

 大臣らが立って、頭を下げた。

「サピア王国ばんざい」

「挨拶は抜きだ!」

 ドゥンビア王は言った。

「これからいくらでも、重く堅苦しくなるぞおおおおおお!」

 王がこれを言うときは、重要なときである。

 大臣たちは嫌になった。顔にありありと出ていたが、王はとがめない。それもまた「王の言う事を信用する」という、正しい忠誠と危機意識のあらわれであるからだ。

 今回にいたっては……特にそう。

「東の、旧・人魔境界。あの手つかずの森林に、ライトニングドラゴンが出現した――そんな報告があった。対策を話しあいたい」

 どこかで、ガタッ! と椅子の鳴る音がした。

 その席は、この国の森林管理大臣、アウナス・ルッツ・ミルフレアである。

 巨大なベレー帽のような水色の帽子からは、長い黒髪が垂れている。メガネをかけており、大臣にのみ許される王賜杖おうしじょうは、その担当に合わせて、老木から削りだしたものである。

「あわわあ、わあわあ……」

 年若く顔は美しいのだが、いま、その顔面は蒼白であった。

「いつものアレ、呼んでもよろしいでしょうか」

「おう、アウナス、お前はいつも真っ先だな。今回はまあ仕方ない」

「胃痛がもう、してきたので」

 アウナスは、そばの執事になにごとかを合図した。

 執事は頷くと、退出する。

「またか」

「まただな……」

 大臣たちが言い交わす。

 アウナスが緊張してきたおりに、『彼』を呼ぶのはいつものことだ。

 数秒ののち、執事に何者かが連れられてきた――それは筋骨隆々の、白いタンクトップ姿の男だった。

 はだしである。

 黒いサングラスは「2017」という数字の形を模していた。

「ええええええっ、え?」

 とくに新参の海洋管理大臣である、エルフのマルク・ルッツ・オーウェン――ちっちゃい麦わら帽をしている――が、声をあげた。

 あまりに場違いな彼の出現――その困惑がこもった声である。

 王がひとこと付け加えた。

「マルク、我慢してくれ。アウナスは胃痛持ちだ。宮廷道化として雇った彼がいないと、とても落ち着かぬ」

「だだだだ、だってあれは、その。こういう会議の場にいていい者なのですか? 転生者?」

「そう、日本人転生者だ。名をハマシマ・ヨシキ」

 そう呼ばれた男のタンクトップには、この場にいるみなが、見慣れない文字があった。

 カンジ、と呼ばれる種類のものだ。

 それも二文字。

 ――『豚肉』。

 書かれている文字はなんなのか、誰にもわからない。

 しかし、おそらくは彼の精神において、大きな部分をしめる言葉だろう。何か大切な言葉なのか。

 ……ということで、誰も、何も言わないのだった。

 気圧されているのである。

 沈黙は重い。

 彼は、そのままなにかを待っていた。

 おそらくは、彼を呼んだアウナスからの追加の命令だろう。

 王は続けた。

「ライトニングドラゴンへの対応について、なにかいい意見はあるか」

 すでに蒼白のアウナスと、落ちつかなげなマルクの二人はなにも言い出すことができない。

 二人とも、なにか口をぱくぱくと動かし、しかしそれだけだった。

「冒険者を募り、討伐の依頼を出しましょう」

 軍事大臣の、ロドリゴ・ルッツ・ハルヴェインが言う。

 おひげがチャーミング。彼だけは大臣としての役目を示す王賜杖のかわりに、儀礼用の剣を持つ事を許されている。もっとも、とても実戦では使う気になれないものだ。せいぜい護身と装飾の用途である。

「彼らに高額の依頼を出せば、おそらくは、ライトニングドラゴンといえども、ひとたまりもありますまい……」

「いかん! 民間に大量の人死にが出るぞ!」

 魔法大臣、老いたエスペリーノ・ディンシィが言った。

 すでに御年164歳。あくまで人間種族である。

 頭にはなんらかの効果があるのであろう、宝石の飾りをいくつか巻いている。

 王賜杖は、まいどいつも忘れてくる。

 が、年若い王には彼女を咎める気が起きず、いつもいつもタイミングを逸しているのであった。

 王は彼女を『エスペリーノ婆』『おばあ』と呼ぶのだから、力関係は察するべきである。

「剣でも槍でも攻撃したら逆に感電してやられるような魔物――ぞ。民間に任せたら、被害が広がる。その想像もつかんのか。……これはな、炎とか氷とかで攻撃のできる、王軍魔法兵の仕事である」

「むむむ」

「この前のあんたの魔法兵、あたり一面に火事を引き起こして大変だったじゃないか」

「なっぐっごおおっ!?」

「あそこの森林、面積は小さいけど、風であちこちに火を広げかねないんだぞ。北方の森林地帯のほうは、とくに我が国の生命線でしょう。北からの吹雪を防ぐ防御壁の役割だし、あっちに火が広がったら……」

「あっアウナス!」

 アウナスが、椅子から転げ落ちた。水色デカ帽子がごろんと床に落ちる。

 ぴくぴく震えていた。

「おひょひょひょ……ひょひょ……終わりだあ……私の森林……おわりだあ」

「いかん! すぐやれ! ハマシマ・ヨシキ!」

「了解した」

 執事がアウナスをかかえあげ、座り直させる。

 そのうちに――ハマシマ・ヨシキが大臣らの囲むテーブルに、はだしで乗りあげた。

「――むんっ」

 頭をテーブルにつけると、ぐるぐる回転しはじめる。

 ブレイクダンスであった。

 頭を軸にして回転を続け、足をふりまわす。

 厳粛な面持ちの大臣たち、その目の前で、回り続ける……。

 アウナスはそれを見る間に、顔色をよくしていった。

「あはあ~、すごお~い、神ワザだあ~」

「うむ、では話の続きだが」

 ハマシマ・ヨシキのブレイクダンスが続く。

 その卓にて、王や大臣たちの会議は続く。

 重々しい会話がかわされ、ヨシキは回り続ける。

 しかし――会議に結論はでない――。

 ヨシキは回り続ける――。

 ――と。

 扉が開け放たれた。

「陛下ッ!」

 セレネローザ・ライルハイト。

 ライトニングドラゴンについての報告を届けた、見回り隊長の女騎士である。

 王にはセレネと呼ばれている。

「大変です! 東の、旧・人魔境界にッ!!」

 叫んだ内容はまさに、今の議題の中心である。

 大臣たちは息を呑んだ。

「――突然ッッ!! クソでかい城が建ちましたああああああっ!!」

「なっ……にいいい……!?」

 場は騒然となった。

「先ほど報告したときは、影も形もありませんでしたっ! ライトニングドラゴン出現の報を届けたのは私です。が、しかし、我が国の管理下にない城など、その時には存在しませんでした!! 誓って断言いたします!!」

「ま……魔王軍のしわざか!?」

 城の建築や管理は、国を巻き込んだ一大事である。

 誰も知らない城が、急に、問題の地、しかも転移陣のある実質の国境地帯に現れていいはずがない。

「敵の兵力は!?」

「確認できておりません……!」

「うごおおおお」

 軍事大臣はロドリゴである。

 やや厳粛な顔つきをした彼も胃痛を覚え、ヨシキの大回転にしばし見とれた。

「おなかいたい」

 現実に追いついていけないのだ。

「人のしわざではない。敵、魔王軍の行ったことだ! しかも大規模な軍事行動!」

「我が国の人々は、あの地の危険をよく知っており、城をブッ建てるようなことはせぬ……」

「石材だっていきなりあの森林には運びこめない。いったいどこから材料を」

「転移か!? あれが再び動きだしたのか!?」

「連帯も技術も金もいる事業だぞ」

「転生者か?」

 突飛なことを起こすのはたいてい転生者と、相場が決まっていた。

「城。……戦の意図としか……」

 この世界において、城といえば、戦である。

 絶対に、個人が、勝手に作るようなものではない。

 仮に――本来は国のものである領土(あくまで貴族や民に貸し出しているにすぎない)の中に、勝手に城を建てたなら、どうなるか。

 それは即座に王権への反逆とみなされ――指示を出した者や関わった技術者ともども死罪になる。

 看過できない脅威だ。

「セレネは、魔法局からの技術供与を受けていたな」

「はい」

「私の『学校』だよ」

 エスペリーノ・ディンシィ、御年164歳の魔法大臣が言った。

「そう、学校。かかか」

 高らかに笑う。

 ……彼女以外の誰も、なにが面白いのかわからない。

「いままで見つけた転移陣の、分析をしている。その成果は、そこの見回りのセレネちゃんに与えているよ」

「お世話になっております」

「彼女一人なら、ある程度、短いワープなら可能だ。……じゃあ、セレネちゃんに聞くよ」

 エスペリーノ婆がセレネを見る。

「――ドラゴンを見かけてから、次にあの地に向かって城を見かけた、そのあいだの経過時間は?」

「時間を転生人基準に直すと、2時間45分です!」

 場は一瞬だけ緊張がゆるんだ。

 ある種の冗談、と思われたのだ。

 会議、というものは――「冗談なら笑い飛ばさないといけない」。それが常識だ。

 面白くても、面白くなくても、関係ない。

 たとえ場を凍り付かせるようなギャグであっても、上司の言った事なら笑わねばならない。部下からすれば嫌なルールのあれである。

 ――その類の、冗談だよね――?

 場の気の緩みは、いつの間にか、そんな沈黙に変わった。

 ――2時間45分。

 そのあいだに、城が建ったことになる。

 この報告をもたらしたセレネローザは見回り衛兵の隊長なため、あくまで、軍事を司るロドリゴ大臣の配下である。

 だから、報告の正確さは、間違いなかろう。

 内戦の鎮圧などで名を馳せたロドリゴは、厳格さでも知られていた。

 時間計測に関しては、とくに。

 地方や人種で異なる時間システムを、転生者のシステムにまるまる変えて統一したのも彼である。とくに暦や星を司る教会占星室の反対を抑えこんだのだった。当然、あちこちに恨みを買っており『神に弓を引く男』だの『山鬼大臣』扱いをされてきた。

 そのロドリゴが、今は冷や汗をかいている。

「おほ~、神ワザだあ~」

「ヨシキ、すごお~い」

「アウナスが二人になった!!」

「真面目にやれ二人とも」

「ロドリゴ大臣の長いおヒゲが大回転に巻きこまれ、バタバタバタバタと、そよいでおりまする」

「いつか巻きこまれるぞ」

「うむ。セレネローザに王命を下そう」

「はっ!」

 セレネローザは姿勢を正した。

「わかるな? 今回は見回りの結果としての、異変の報告をしてくれた。速報性が必要だったと判断したのだろうし、それは正しい……だが」

 王は机から羽ペンを取る。

 インクに浸すと、そっと、自分の指を汚した。

「命令する。いいな?」

 セレネローザは知っている。

 彼が、インクで指を汚すのは――非情な命令を下すときだ。

 彼はインクが消えるまでは、自分の指を見るたび、その命令を部下に下した事実を噛みしめることとなる。

「――城や例のドラゴンについて。すぐさま、詳しい実地調査を単独で行い、報告せよ」

 簡易の転移能力を持つ、セレネローザへの命令。

 兵士を引き連れることなどもない、より詳しい調査。

 不注意と未熟がもたらすものは、当然、死であろう。

「食糧の輸送状況、見張り兵の様子なども確認できたら、報告すること」

「はっ!」

 セレネローザは扉を出た。

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部屋のモデルはヴェネツィアの十人委員会の間だった……はず

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