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能力行使

前話から続く場面です。

「話に戻りますが。……人族は転移陣を無力化しようと試みてきたの?」

『そう。だが、まず発見ができていない」

「ふむ」

「未だに危ない土地のまんまなんだよ』

「じゃあ」

『そう』

 カモにまとわりつかれるハンマーは言った。

『戦争が、またはじまる可能性を潰しきれないんだ』

 ――そうか。

 じゃあ、あの材木向きの木々がほったらかしなのは、そのせいか。

 人族にしてみれば、危険で手を入れられないのだ。

 ……。

 見たところ、平和な土地に見えるけれどなあ……。

 エサとでも勘違いされたのか、カモたちはハンマーをついばみはじめた。

『くすぐったいくすぐったいくすぐったい』

 私はカモたちからハンマーを助けだした。

 カモたちは恐怖の目で私を見て、一目散に湖へと逃げていった。

 ごめんね。

「で」

『ありがとうたすかる』

 ……そろそろ目の前の疑問じゃなくて。

 根本的なところにツッコむべきだ。

 そう、たとえば。

「……私は、死んだ、ってことでいいわけだ」

『いかにも』

 時間は夕方だった。

 日の光は、血の赤のようにも思える。……いったん死んだ私の血かなあ……。

 山々の稜線は、光の前に、赤く燃え溶けていた。

 雨雲は分厚く迫ってきていて、その光も、ほぼかき消しつつある。

 私はしばらくの間、風のにおいを嗅いでいた。

 湖面に、木の枝が飛ばされてきて、しばらく浮いていたのち、沈んでいった。

 いつの間にか湖にも、雲の陰がかかっている。

「薄々分かってはいたんだけど、なかなか受け入れられないもんだね」

 いくつもの現実が、これから、ただの思い出に変わっていくだろう。

 ついこの間までは、コンビニに行けば、おいしいアイスを食べることができた。

 でも、もう、ない。

 現場のみんなも、もう、会えない。

「私は死んで、違う世界に来た」

『そういうものさ』

「やっぱり、寂しいよ。急に切り離されたら」

『だが、受け入れるしかない』

「なろう、か……」

『なろ?』

「ほら……。あるじゃないですか?」

『何が?』

 ハンマーが聞いた。

 私は答えた。

「そういうライトノベルのジャンルがあるんですよ。ヒット作品では『転生したらスライムだった件』とか『失格紋の最強賢者』とか『オーバーロード』『盾の勇者の成り上がり』。そして悪役令嬢もの、追放ざまあもの、などなどという、あの百花繚乱、エログロなんでもござれの世界がさあ……『陰の実力者になりたくて!』は勘違いの面白さが最高!『とんでもスキルで異世界放浪メシ』はフェルきゅんが激かわかっこよくて、私もつい早口になっちゃ」

『うわああああ急に知らない単語を浴びせるな!」

 あっ、いかん。それもそう。

 つい。

「イカダを組んでいたら縄がほどけて、丸太がボドボドボドボド崩れ落ちてくる事故を思いだす!! ああいうふうに言葉が襲ってくる!!』

「くっ……ごめん」

 なんかこのハンマーさんもつらい経験してるなあ。

 建築王、という人の道具だったという。その経験か?

 また一方、私のほうにも、元の世界の経験ってものがある。

 ――ここは、異世界――。

「iPadとネカフェで読んだ、あの想像の世界、なんですねえ……」

『……相変わらずよく分からないが……』

「神小説だけじゃないんですよ。クソ小説もたくさんあってっ、でも尖ったアイデアがいっぱいあるのは無視できなッ、あっあっあ黙ります」

 私自身、大切な思い出ってのはある。

 でも、この世界に来た直後から、すぐに振り返って悲しくなってたらダメだ。

 そういうのは夜、寝付けない夜にでもやるモンだ。

 あらかじめ「鬱の時間」を決めておくのが、私のそういう考えの切り替えってやつである。動けるうちは無理にでも、明るくしていないとダメだよ。

 昼に動けなくなったら中々きついぜ。きっと。

 クソな現実に、ちゃんと適応する。

 そうやって生きていくの。

『そっちの世界では、お前が今いる状況についての理解を助ける、なにか……物語があったのか?』

「そう。です」

 理解が早い。

 頭いい。

『じゃあ、なればいいじゃないか、そういう物語の存在に』

「??」

『アレだろう。そうした物語なら、こちらでも、吟遊詩人たちがあちこちで楽器をかき鳴らして歌ってる――外に出られない冬の日などに、酒場の暖炉の前で歌うのだ。物語を。古来より紡がれてきた英雄譚とか伝説を』

「……」

 なんだか……。

 私には、一瞬だけ、ちくちくする違和感みたいなものがあった。

 なにかはわからない。

『俺は、女神サマに力を込められたアーティファクトだ。すごい力を持っている――おそらくは、建築関係の能力だ』

「……能力」

『一緒にデカイことをしよう』

「私は……」

 少しだけ迷った。

「する」

『おう!』

「する、けど」

『……?』

「ひとつ、言っておきたいんだけど――あくまで私は、誰かを助けるための建物を作りたい」

 言った。

 私は建築物のオタクなのだ。そこそこに。

「自分が活躍することには、かけらも興味はないの。そうじゃなくて――他人を最強にするものを作りたい。他人が活躍するものを作る。それが、建物ってものだから」

『……』

「建物がデカいんじゃあなくて――私がデカいのでもなくて――そう、人をデカくすることをしたい!」

『なるほど。悪くないんじゃないか』

 これが、私の希望だ。

「とはいえまずは、自分の家を用意しないといけないけど」

 夜の森で過ごすわけにはいかない。

 広い草っぱらが遠くにある。

 私はそこに歩いていく。

「アーティファクト……って言ったよね。どうやって、使えばいい?」

『俺を振りあげろ。振りおろして地を打て』

 雲が頭上に渦を巻いていた。雨が降りだしそうだった。

 これだけの森が育つなら、降雨量はかなりあるのだろう。

 天気も移ろいやすいのかもしれない。

 私は、ハンマーをかかげた。

 空では雷がごろごろとうなった。

 あの雨雲の内に孕んだ力は解き放たれるべく、なんらかの、目には見えざる表面張力を破ろうとしている。

『夢をかかげて、振りおろせ』

 私は――

 ――思いっきり、地面をハンマーで打った。

(まああれこれ言ったけれど――)

 大地が震えた。

(思いっきり、快適な家を欲しがってもいいですか、この世界の神様)

 私が振るうハンマーにこめた力よりも大きな力が、打った大地から湧きあがってくる――不思議なことに、わかるのだ。

 ハンマーを通して伝わってくる。

 叩いた地面が盛りあがり、亀裂が広がり、はぜ割れた。

 ――ッッ!!

『あぶないっ! カミナリが――いや』

 私は浮き上がるような感覚を感じた。

『――そのまま地に押しつけろ!』

 雷が、私めがけて落ちた。

 身体のすべてに熱がこもり、かけめぐり――しかし私は焼かれることはなく、その偉大な力は私の力になった。

「ううううっ……おおおおおおッッ!!」

 白い視界の中で、目の前になにか――巨大なかたまりが形作られていく。

 光が、消えていく。

 目の前に、なにかができあがっていた。

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