エピローグ2 がんばるぞ
セレネローザさんはヨシキをかついで転移し、かき消えた。
2日ほど、私たちは縛ったゼテア=ヌンの兵士たちに食事や水を与えて離れるのを繰り返したところ、それも急にいなくなった。
サピア王国の人たちが、連れて行ったのだろう。
いったい向こうでどう処理されたのか、私にはわからない。
今度、王国へは、時期を見ておじゃましてみようかと思う。
私は、ヘティーと名付けたメイドに、今回の戦いのことを記録してまとめてもらうように頼んだ。
1週間ののち、セレネローザさんは再び城に現れ、詳細を報告してくれた。
城の大広間にて。
「風呂に入りたいッ!!」
久しぶりにセレネローザさんが現れるなり、そう叫んだ。
え、待って。
「ま。まだ開店準備は終わってないんですよ……この前のは特例なだけで……!」
戦いが落ち着いたあとは、私もネコたちもサボり癖がひどかった。
疲れたのである。
その時も、湖で釣った魚を焼いて、パーティ会場の部屋にて、モリモリかっくらっていたところだった。
しっぽで釣りをしたら、なんかいっぱい釣れるのである。
「いつ、ホテルは開店するっ!」
私はあせりあせりだった。
「ま、まあ。休憩をもう少し満喫したら? ですかね?」
私は後ろに控えるみんなをちらりと見た。
みんな、こっちと目を合わせようとしない。
異世界に来ていきなり働く事って、ふつうはできないんですよ。
仕事には最初の研修とか説明とか、そういう「慣れ」の時間が必要なのであってえ……。
えへ……えへへ……! ……。はい、すいません。
「とりあえず風呂は入れるだろっ! 捕縛で大騒ぎだ。へとへとである」
「風呂の用意だけなら……まあ」
「ニャニャア゛ー……」
「にゃあ゛……」
ネコたちが不満な声をあげる。
がんばってくれ。お願いだ。
「む?」
セレネローザさんは、まわりを見回した。
ラウンジからすぐ横に、半階層ほど低い円形のホールができている。
「数日前に来た時とは違っている。だだっ広い空間があるな」
「ちょっと改築をして……」
模様替え中であった。
「あれは、何かに使う場所なのか?」
「社交ダンスの場にいいかと思って」
「! 踊り!」
「ホテルですから、イベントを用意したいんですよね……あ、サタデーナイトナントカはだめですよ」
「いやいや! 他の踊りにも覚えはある。遊牧の異民族の、艶やかな踊りなどもあって……」
セレネローザさんは言葉を切った。
「見せた方が、早いか」
「踊るんですか?」
「いや……魔法がある。芋臭い私が踊っても、参考にはなるまい」
「ぜ、全然美人ですよ!?」
「最高の踊り手がいたのだ。その姿を見せたい」
彼女は何事か、数秒ほどつぶやいていた。
そして手で印を結んで、ホールへと向ける。
「美しい踊りはどんなものか? 私なりに、想像したことがある……」
霧のようなものがホールにたちこめた。
花の匂いが薫った。
そしてそこには、いつのまにか、何名かの観客が座っていた。
「……!」
「魔法をかけるが、よろしいか。……幻術だ」
黒い布に身を包んだ男たちが、異国の楽器をつまびく。
その前で、長身の、青いドレスを着た女性がいた。こうべを垂れ、鳥がはばたくように腕をふりあげる。
私は、あたりの窓の外に雪が降っていることに気がついた。……先ほどまではなかった……。
踊り子を遠巻きに眺める男たちがひそひそと声を交わしているが、私に、その声は聞こえない。
「両親が処刑されて、いなくなってから、私はこれを……」
観客の男たちは踊り子に指を指しては、仲間うちで冗談でも交わしているのだろう。酒を手に手に、ぶしつけな視線を向けるものも珍しくはなかった。ただ、彼らはそうして眺めているだけなのだろう。
そうした男の中に一人だけ、気の弱そうな、やぼったい顔の青年がいる。彼だけがその群れの中で、じっと踊りを見ていた。
踊り子はうるわしく物憂げで、表情は冷たい氷のようであった。
ふと、その長いまつげが開いた。
かと思うと、その男と一瞬だけ、目が合った。
観客たちが拍手をする。音は相変わらずない。
踊り子はドレスのすそをつまみあげ、音楽家たちは立ち上がると共に礼をする。
少しずつ観客は去っていき、踊り子も去って行く。
しかしあの青年は立ちつくしていて、微動だにしなかった。その目はうるんでいた。
初めて美に触れたときの顔だった。
それを見るセレネローザさんの目からも、一筋の涙が、いつのまにか垂れおちている。
「……父さん。母さん」
私は再びその青年を見た。
なにかに打たれたように――彼は突然に叫んだ。
踊り子に手を伸ばして、よたよたと走った。音楽家の最後のひとりが退場していく後に、部外者であるはずの彼も続く。
そうして私たちの前から消えた。
「あなたたちの踊りを、もっと、見てみたかった」
セレネローザさんが目をつぶった。
彼女がまぶたを開けたとき、幻も消えた。
青年の恋はかなったのだろう。その二人の娘がここにいる。
私は何も言わなかった。
セレネローザさんは涙をぬぐうと、いつもの彼女の顔に戻っている。
(――みんなが戻っていく、現実)
私は幻の消えたホールを見つめていた。
(現実に立ち向かうための場所を作ろう。この力で――この地に)
幻は消えたが、生きてはいる。
残された者たちの中で。
私はこの地でこれからを積み上げていかねばならない。
快適を。
平和を。
歴史を。
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あとがきが続きます




