その椅子を寄越せ、商業作家
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そこは、図書館だった。
ハマシマ・ヨシキは、人間の姿のまま、机の椅子に座っている。
静かな場所だった。……紙がどこかで擦れる音が、遠くから聞こえるくらいのものである。
「……?」
彼は、動かなかった。
「ここは、なんだ?」
いつ、ここに来たのか、わからない。
彼は、キョロキョロと周りを見回した。
本棚が、たくさんある。どこまでも続くかのように並んでいて、奥は見えない。
彼は椅子から立ち上がった。
「なんだこれは? どうして、こんな……」
「ここは――図書館でございます」
ヨシキは振り向いた。
メイド服姿の、ピンクドラゴン――ユスタがいた。
「!? お前ッ!! おまっ!! ……!?」
ヨシキは自分の身体の違和感に気がついた。
またしても、回復している。傷がないのだ。
いや、それどころか――疲労もなく、遙かに若返ったような感覚があり、20時間でも40時間でも戦えそうな気分だった。
――だが――。
そうした気分『だけ』で、いま、自分は存在しているかのような感覚がある――。
「図書館は図書館でも――ここは、私、ユスタ・ルゥ・ヴェルセレレイイスの記憶のうち、ある特定の記憶をのみ、並べた図書館です」
「お前――話を、聞け!」
彼は掴みかかろうとしたが、その手は彼女を通り抜けた。
「――!?」
「といっても、私は彼女ではありません。その一部と言うべきでしょうか――」
「……」
「私は、彼女の深層心理。この世界はスキル『神秘の材料』により、あなたの脳内に作られました。情報の山を、適切に処理するための『手続き』として理解してください。これら全ての記憶は、本の形を取っております。彼女からあなたの中に直接、生成転送<ダウンロード>されました――」
「その記憶、とは、一体」
「一冊、手にとってみては?」
ヨシキは、あたりの本棚を見た。
どの棚にも、ぎっちりと本が詰まっている。
しかし――図書館にしては、奇妙だった。
文庫本と、四六版サイズ――その二種類のサイズのもので、ほとんどが構成されているようだ。
ヨシキが一冊、手に取ってみると、それはライトノベルだった。
「……これが?」
「すべて――クソラノベでございます」
「クソ……ラノベ」
しばらく彼は呆けていて……。
ふと、ヨシキは、ぺらぺらとそれをめくってみた。
「……」
開幕から、クソだった。
主人公はチート能力を手に入れるが、すぐにテンプレ展開に入っていく……。
性格の悪い剣術学校のエリートは、なぜだか主人公を最初から見下しており、語彙の少ない罵倒を主人公に対して浴びせかける。
主人公もそれに怒って、彼を見返そうと、決闘の申し出をする。
しかし冷静になってから自分は落ちこぼれなんだ、Fランク冒険者なんだ、やめておけば、と言いだす。
「……。貴族の生まれって説明だけで性格の悪いキャラが……こんなペラペラさで……? 話を進めるためだけ? 性格が悪くても、人間の重みってのはあるはず、だろ……」
ヨシキは、すぐに読むのをやめた。
次の本を、手に取る。
主人公が最強の能力を手に入れる。
それを行使して森をなぎ倒す。「えっ、すごい能力だ!」くらいの感想を言っている。
「自然破壊の意識はないのか……? 価値観が幼すぎる……」
また読むのをやめた。
次の本。
主人公と、凶悪で恐ろしいオークの首魁が、向かい合って戦う場面。
ジェネラル・オークというらしい敵は、デザート系の食品にたとえた、かわいらしい罵倒を放っている。――「いちごシェイクにしてやるよおおおおお!」――場面にそぐわないのでギャグとして笑ったらいいのか、すぐには了解できない。
「……せめて……潰れたトマトとか……言葉への鋭敏さをなくしたら終わりだろ……」
ヨシキにも、嫌な予感がしてきた。
ここは。
まさか。
――クソラノベしか、ないのか?
「さようでございます」
「ッ……!」
「キャラクターは過度の記号化をなされ、何度も見たテンプレートをなぞります」
「……」
「世界は話のために都合のいいように作られ、宗教や帝国はだいたいトップ層が腐敗しているなど『ありきたり』への忌避はありません。革命がある場合は、それは民主主義に対する無垢な崇拝のみからなります。……主人公は困難に自ら立ち向かうこともないけれど、偶然の力によって勝手に問題は解決して主人公は利益を得ます――視点はブレにブレて、エロとグロの安易だけが悪目立ちします」
「う……わ……」
「戦闘シーンは『てやっ、はあっ』で具体的なアクションを書きません。エロ展開はそこに至るまでの風情もなく突発的に起こるものであり、そのキャラクターにしてもいったい誰の胸なのか尻なのかも分からない脂肪部分をいきなり拝むこととなります。主人公はそもそも利己的な性欲野郎であり、それをいかに満たすかしか考えておらず、異性に対する敬意もないのにモテてハーレムを築こうとしています」
「うわあああああっ……!!」
「そしてこれらを、ユスタ様は、心から愛しており――いややっぱクソラノベはクソです」
彼女は、静かに手を上げた。
本棚から、それらのライトノベルがいっせいに飛びだし、浮遊する。
彼女はヨシキのほうを、肉球のある手で指し示した。
「喰らいなさい。私たちの『故郷』を」
「うわああああああああああ!!」
クソラノベたちが、ヨシキをめがけてなだれこんでいった。
彼は逃れようとした。
しかし、全ての方向からそれらは飛来し、彼の口へ、鼻へ、目へ、いやありとあらゆる穴、肌――全身を通して――
入りこんでいった。
「うわあああああああああああああ!! 俺の、中にいいいいいいいいいいッッ!!」
「『読まない』権利はありません――もう『読んでいる』のですから」
「うわあああああ!! 最悪の主人公が、キャラが、ダサい台詞がッッ!!」
「――クソラノベ電光剣によって、あなたは壊れる」
どうでもいい情報たちが、荒ぶる海のように注がれていく。
それは精神を壊すのに充分な破壊力を持つ、武器だった。
最後に、一風変わった本が現れる。
複数ある、文庫本でも四六版サイズでもないコピー用紙のホチキス留めだった。
それがヨシキの中に取りこまれると、彼はひときわ激しく悶え苦しんだ。
「ギャアアアアアアアアアアアアッッ!!!?!?」
「ユスタ様が――趣味で書いた自筆原稿でございます」
「がぐわああああああああああああッッ!?! ぎゃびいいいいいいいっっ!?」
銭湯の帰りや、眠れない夜に書きためたスプレッドシートの『アイデア帳』に書きためたネタから膨らませた、ライトノベル新人賞の一次落ちや二次落ちの群れ。友人にはみな酷評された。
――それは、クソラノベの王だった。
「おぬわあああああああああああああああああああッッ!!!!」
――ひとたび斬られた者は。
情報の強制生成によって、脳が星の数ほどあるクソラノベで満たされる、恐怖の剣。
それが、クソラノベ電光剣。
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