セレネローザ・ライルハイト その2 あるいはこねあげられた泥
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「一人、中に入れてくれと言う者が――」
「敵に決まってるでしょ!」
執事にメイドが叫んだ。
「ニャッ! そうですよねすいませ、」
「迷わなくていいよ。私が出て、確かめる」
私は防御力があるらしい。ロケランが無傷だった。……この世界のあれは威力がなかった、という可能性もありうるが。
どのみち、出ていく。
「外から来たのは――昨日のお客様の、ひとりです」
えっ!?
「ひどく取り乱している様子でして――」
「確かなの?」
「はい。昨日、風呂に入った者だ、と」
「……」
タイミングからして、今回の事件と無関係ではないと思う。
「セレネローザさんの他にも、窓や出入り口の警戒を。念のため。戦えるように用意を整えておいて」
「かしこまりました」
私は廊下に出た。
外へ出るための大扉には、いつのまにか大仰なかんぬきがかけられ、鉄で補強されている。
かんぬきを外した。
外の様子を窺おうとすると、びしょ濡れの彼が転がりこんできた。
「すいませんっ!!」
私は外を見た。敵の様子はない。
扉を閉め、きっちりとかんぬきをかけると雨の音も途切れる。
外からの攻撃はない。
「ダメ……だったんです……」
「昨日の……」
「私は、あの三人のリーダーです」
「他の二人は?」
「二人とも……ゼテア=ヌンの傭兵たちに」
それだけ言うと、彼は地面にくずおれて、泣きはじめた。
私は良心の呵責を感じた。
だが聞くしかない。
「なんで……! 俺だけがあの国の出身だったのに、なんであいつらのほうが? ……町の中で、俺たち、散り散りになったんです」
「落ち着いて」
正直、私が一番落ち着くべきだと思う。
敵は誰だ。
誰を殴りつけたらいいか。
私は知りたかった。……衝動が止められないでいる。
彼は話しつづけた。
「新しい仕事にありつきたくて。ちゃんと誰も傷つけずに、物を作りたいってみんなで思ってた……。ただ心地のいいものを作ってお金を稼げたらどんなにいいかって、三人で話しあった。でも起きたとき、二人とも、俺に話をしにきて。絶対に朝になんて起きられない奴らなのに」
「……」
「二人とも昼から酒を飲んでた。夜のうちは楽しそうだったのに、その時はなんでか暗い顔で……『俺たち、やっぱりいい人間になんて、なれないみたいだよ』って……」
「そう、なの……ですね」
今になって、主人と客ということを思い出した。
「ごめんなさい」
彼はくずおれて泣いた。
「ごべんっ、なさい……止められなかった」
「……」
「もっと早く……気づいて、いれば」
彼はそのまま頭を床に押しつけて、自殺でも図るみたいに頭を打った。
「俺がっ! 俺だけがっ! あの国に呪われているべきなんだっ! せめてあの二人っ! 一緒にいて楽しくって、戦った後の……後にも先にもっ!!」
「ねえ! やめて!」
「なんであっちに行っちまったんだよおおおおおっ!!」
「おいっ!!」
背後から、扉が開け放たれた。
「なんで起きたら、こんなにしみったれた空気なんだッ!! ふざけるなあッ!!」
セレネローザさんの声だった。
――え?
「私はッッ!! 人が死んだときの空気が一番に大っ嫌いなんだッッ!! この忌々しい沈痛さッ!! ヘドが出るねええええ!?」
頭上で、シャンデリアがひっこんだ。
代わりに、ミラーボールが出現する。
……?
え? なに?
なんっ……なんですか?
そんな機能あったの!?
隣では、涙でぐしょぐしょ雨でびしゃびしゃ心ぐちょぐちょの彼が、完全に固まっている。
「私は死なああああああんッ!!」
セレネローザさんは――踊りはじめた。
彼女は、手当てを受けた直後である。当然、包帯まみれなこと以外、裸である。
踊りは、指先に至るまで熟練の技であった。
「ハイッ!」
足の甲が流麗なアーチを描いて、反り返る。
腕を振り、しかし引くときはメリハリをつけて素早く――。
――いやあんた死んでたが――?
「私はッッ、キズが塞がっていてッッ!! 元気だぞおおおおおおおおお!!」
暗闇の中、ミラーボールの輝かしい光があたりを覆った。
扉からは、メイドや執事たちが、服や鎧、救急箱を手に、この世の終わりみたいな顔で飛び出してくる。
狭い扉につかえて、べしゃべしゃと倒れていく。
「私の母親は、貴族の家で舞踏の手ほどきをしていたッ!! 祭りは日々の苦しみを忘れ、明日に向かうためのものッ!! 私が作りだしてしまったこの雰囲気、私は払拭する責任があるッ!!」
廊下は、ダンスホールと化した。
彼女はキレのあるダンスを披露する。
片手に、私が手渡したあの柄を持ち、光り輝くペンライトのごとく振り回している。
ボインボインであった。もう荒れ狂っていた。
止まらない。
「宮廷舞踏会<サタデーナイトフィーバー>だッッ!! この野郎ッッ!!」
「ね――ねねね、ね――寝ててくださあああああああいっ!!」
私は叫んだ。
「頼むから安静にしてくれーーーッッッ!!」
「話は聞かせてもらった!! ゼテア=ヌンはサピア王国だけではないッ、お前の敵だっ!! 私はこの通りだから、ぶちのめしに行けッ!!」
な。な。な。
――なんて――。
――なんて、心強い応援なんだ――!?
……!
ち、違う!
「寝てくれえーーーッッ!!」
近づくにも近づけないでいた執事たちが、おもむろに、ひとり飛びだした。
包帯を持っていたが、彼女の迫力に気圧され――近づけず――
おそらくは、どうしたらいいのか分からなくなったのだろうか?
おずおずと踊りに加わった。
え!?
なにも踊らなくても……あ、さらに他のメイドも加わっていくぞ!
なんで!?
なんでよお!?
お、終わりだ。ここはもう終わりだ!
葬式のムードはなくなったけど――平穏もない!
(ここは大丈夫だ)
私は確信した。
メイドも執事も、さらに踊りに加わっていく。
輪が、広がる。
(どうしてこうなった?)
強いのは、私だけじゃない。
それだけのこと。
傍らの男性客も表情は動かなかったが、少しずつリズムに乗りはじめている。
頭を揺らし、ヘッドバンギングをはじめる。少しずつ、少しずつ。
じきに染まるだろう。
(ここは、死者のパーティ会場――! いやああああああああ!)
私は立ち上がり、そして――
外へと飛びだした。
メアリー・シェリーの書いた『フランケンシュタイン』という作品がある。
死者のつぎはぎで作った人造人間に、フランケンシュタイン博士が電気ショックを与えたら、命を得たという。
――そう、電気ショック。
私がこの状況を招いた。
私が。
……。
本当にそうかなあ……?
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