境界 その1
私は城を出た。
雨は止んでいたがまだ曇り空だ。雲の合間から、光芒が差している。
(きれいだ)
私は光の中に虹を見た。
(……ありのままに報告しよう。この城のことを。……それにしても)
もらった箱を取りだす。
(ライトニングドラゴンの角から削りだした柄、か)
……。
ん。
よくよく考えたら。
これって、けっこうな品なのでは?
値打ちに換算して考えるならば、高値がつくだろう。
ひょっとして……目も飛び出る額に、なるのでは?
ドラゴンの彼女は自信がなさげだったのでこっちも引きずられた。が、ひょっとして、この品の価値が分からなかったのだろうか。私のほうが冷静になるべきだったのだ。
ここでたとえば「家が買える額」だとか、そういう陳腐なたとえはすまい。
ある昔、スィタ帝国では、皇帝の位が競売にかけられたという。
もちろん、前代未聞のことだった――先代が暗殺された、止むに止まれぬ事情だったそうである。
(その額くらいには、なるよな?)
私は、出てきた扉を振り返った。
「……」
まわりをちらちら見回した。
「……触ってみてもいいかな?」
私も一応は、剣に関わる者だ。
いい品には興味がある。
これを王国に持ち帰ったら、一生、触れる機会がないだろう……。
(だってライトニングドラゴンだぞ)
私は箱を見つめる。
ごくり……と、生唾を吞みこんだ。
歩き回って、その場で向きを変えてはぐるぐると回って、また戻る。
(さわってみたいさわってみたい……いいかなあ? いいか?)
そうしていたのち、私は――
(……。……っ)
丁寧に、箱を開ける。
汚れがつかないよう、静かに、そうっと。
(見る、だけ。う……ううむ)
カミナリで動くというシャンデリアの元で見るのと、改めて自然光のもとで見てみるのとでは、少しだけ印象が違ってくる。
柄は白い。しかしどこか温かな白である。
丁寧な削りがなされている。職人の技というほどではないものの……素朴に美しい。
私はそれに触れようとして、
「……いや。いかんいかん」
私は手をひっこめた。
ふと冷静になったのである。
「……陛下への品」
だがやはり、欲を、振り払えない。
どんなものだろう。
ここなら、誰もいない。
……ちょっとだけ。ちょっとだけなら。
……触ってもいいよね?
私は――
――結局。
――それを、握ってしまった。
触れた感触は石のようだが、格段に軽い。
まるで自分が罪人になったような気分があって、しかし、すぐに高揚感にとってかわる。
「おおっ?」
なんだか、その柄は手に馴染んだ。
立ち上がる。
そして、刃があるものと想像して、ふるってみる。
「おお、おお。……おお」
風を切る音も、思い描くことができた。
ああ。このような柄で素振りができたら、どれほど誇らしい気分になるか……。
「おほおおおおおおお」
ぶんぶんぶんぶん。
見習いの時の鍛錬では、せめていい剣を使いたいと思ったものだ。まだ若かった。未熟な私には、木剣の軽さがむなしかったのを覚えている。
今は、鉄の剣をはくことを許されている。
しかしどうしてかな、時折、あの軽さが懐かしくなることはある。
これはあの木剣よりも、なお軽い。思い出を通り越して、さらに埋もれた記憶が蘇ってくる。少女時代のおもちゃの剣さえ思いだす……。
(どんな刃が似合うだろう)
なんだか高揚してきた。
「靴と一式、買いそろえたあの時の喜びっ……」
私は思いっきり剣を振るった。
「せいっ!! ははははっ……! これに重みが加わったなら、さぞ……」
その時、その柄は――光った。
――バリバリッ!!
雷光がひらめき、輝く刃が出現した。
「ん!?」
……なんだこれ。
って、カミナリ!?
「はっっ!? びょおわあああああああ!?」
私はつい、それを取り落とした。
「か、カミナリのっっ刃っっ!? へあ!?」
柄は草むらに転がっていく。
ぽてっ。
「ああああ゛っああああ! つい!! やってしまったあああああああ! 地面にっいいいいい!!」
私は慌てて近づいた。
それは、何事もなくそこにある。
が、あの雷の刃は消えていた。
「……ん!? はをっン……!?」
私は、我に返った。
ヒョウのごとき素早さでそれを拾い上げた。
「……。……!? ……」
布でふきふき。
箱に収める。
「そ。そそそそ、そんな道具だなんてっ。聞かされてないぞ?」
……特別なしかけを柄に対してしたはずだ。
いや……待て。私を騙すような理由は、彼女にないだろう――それも王への献上品で、わざわざ。
……彼女は、気づかずに渡したのか?
じゃあ、彼女はいったい、この柄に何をしたんだ?
まさか、本当に、削りだしただけ? ……つまり何も彼女はしていない?
戻れば、直接、問う事はできる。
が、これに触れたということは当然話さなきゃいけなくなるし、そうなれば、本当に格好がつかない。
……。
柄が、刃を補った?
わからん。
荷物の中へしまいこむ。
(いや、転生者であり自分の身体にも不慣れというのなら、ありうる現象……か?)
たぶん、いまこの時。
私しかこの刃のことは知らない――?
……。
……それにしても、美しい刃だった。
冷静になってそう思えてくる。
しかし。
私は同時に、あの美しさの中にはどこか危ないものを感じた。――それもまた、冷静になって、はじめて気がつくという類のものだ。
言葉では、表しにくい。そもそも本当に「美しかった」が正確な表現なのか?
言いきれぬものがある。
夜の闇の中を見るとき、人は誰しも恐怖を持つものだ。
しかし――まばゆい光の中を見るときにも、それは同じ。
(光のほうが、なお昏い、みたいな)
王宮に出入りすると、たまにある。
笑いの裏に感じる、人の暗さ。華美の裏にある、精神の貧困。
特に、そうだな――
「よう」
目の前に、意外な人物がいた。




