これは布石なのですが。
お風呂を上がった。
結局、あのお湯ボンバー、なんだったんだろ。
ラウンジにさしかかった時、私は、セレネローザさんに対して、
(お土産があったらどうか)
と考えた。
彼女にそれを伝えたところ、
「うむ。献上品か。陛下も喜ぶかもしれない。恭順の意を示したものとするなら、そちらの利益にもなるだろう。しかし、何がある?」
「えっと……正直なところ喜ぶ品かどうかに自信はないのですが。こういうものが」
「構わない」
執事が、それを持ってきた。
赤い布を被せた、紙の箱である。布も箱も、ホテル内のどこか、建築でついてきた物品から見つけたのだろう。
私はその布を取り払うと、中を見せた。
「これは……なんだ?」
「……」
それは正直、私としてもわからないものである。
ネコたちが用意したものだからだ。
それは、清潔な布の上にのっかっていて、見た目には綺麗めの骨董品である。細長く白い、いびつな形をした……棒? みたいなものだ。
でも、セレネローザさんはある程度の推測をつけたらしい。
「……剣の柄、なのかな?」
「はいですニャ」
足下にまるっこい黒猫が寄ってきて、説明した。
あの、執事たちのリーダー格である。
そろそろ名前を付けてあげないとなー。
「こちらは主人が昨日銭湯に入っておりました折、ポロッと取れた角のひとつから、削りだしたものでございます。かつおぶしかと思い、かじろうかと近寄ったものでした」
「かつ……お……」
「食品です。セレネローザさん」
「はあ」
……なんか私、代謝とか、そういうのがよくなっていたんだろうか。
現に、私の今のツノも、もうすでに伸びはじめている。
「なんか電気を蓄えているツノみたいだったので『なにかに使えるんじゃ?』と思い、彼らに任せたんです」
「ほう。これがカミナリを? 内に秘めているのか。珍しい」
「喜びますかねえ……?」
「いいと思うぞ」
……正直な話、柄だけで持て余してはいた。
うう、恥ずかしい。
柄だけじゃ、使いようもないのである。
うちはいま、いいお土産を作るような技術も建物も持っていないからなあ……。
用意できるものが他にないし、苦渋の選択と言っていい。
「王国に帰れば、刃のほうはこちらで用意できるだろうさ。ああ。鍔もだな」
「国王陛下の気に入るものかは、分かりかねます」
「だいじょうぶだいじょうぶ。誠意だけ示せれば、とりあえずいいだろう。転生者だということを伝えれば、資源がないのも仕方ないという扱いにだってなるかもしれないが……それは構わないか?」
……あー。
考えてなかったな。
「転生者であることを、伝えないように頼む――って選択肢もある、と」
「そうだ」
私はこの世界に来たばかりであり、したがってモノ不足だ、と伝えたならば、同情をもらえる。
王様へのこの献上品が役不足であろうと、許してくれるだろう。
が、それは「攻めこみやすい城」「無知なヤツ」という噂を広げることになりかねない。
それはきっと、将来的な交渉の機会があるとすれば、私の立場を弱くする。
――最悪の可能性だってある。
――たとえば王国によって、私はあちこちの地に防壁とか家をブッ建て続ける、そんなブラック労働デスマーチに取りこまれるかもしれない。
ホテルとして経営をするなら隠し続けられるもんじゃないが、それでも、転生者であることを伝えないだけで、いましばらくの時間を稼ぐことはできる。ちょっぴりかもしれないけれど。
反響はこわーいのだ。
セレネローザさん、暗にそう言っている。
「すいませんが。伝えないようにお願いしたいです」
「わかった」
「能力って……怖いんですね」
「怖いぞ。私の父も……」
彼女は言葉を切った。
「とりあえず、この柄は、ありがたくいただいておく」
「はい。よろしくお願いします」
「まあ、陛下は信用のおける方だ。あまり心配はするな――さて。私はそろそろ帰らねばならない」
彼女はフロントを見た。
スーツを着たネコのメイドが一名、ちゃっかり構えている。
「食事もいただいたし、お風呂にも入ったし、珍しい品ももらった。……こんなにいいところだとは思わなかった」
「お褒めにあずかり光栄です」
「正直、最初は疑心暗鬼でこの城に入ってきたのさ。王国に仇為す者たちだろう、と。……すまなかった」
彼女はフロントに歩いていき、会計をはじめた。
私は嬉しさでじーんと打ち震えて、それを見守っていた……。
やっぱ、人をもてなすのって。……すごく、いいな……。
私が満たされるのだ。
と。
……私のそばに黒猫が寄ってくる。
「主人。柄を作ったのと同じ角がもう一つ、森の調査にて見つかりました」
「えっ本当?」
「おそらく転生直後に、抜け落ちたのかと」
「……それも加工しておいてくれる? どうせ他に使い道もないし……」
「かしこまりました」
「あの角の強度のほどがわからないから、鍔は、つけないままでいいかな。攻撃を受け止める役割があるから」
しばらくは来客準備期間だけど、また急なお客さんが来るかもしれない。
そうなった場合の、次のおみやげにできたりしないだろうか……。
うむむ。……しかしこれ、結局、喜ばれる品なんだろうか。
「ふわあああ……」
私は風呂の直後なせいか、ついあくびをしてしまう。
ドラゴンにも風呂って効くんだ。
「平和だ」
こういう時にはあれだね。……あれだ。
風呂の直後といえば……。
そう!
「クソラノベ読みたいなあ……」




