バーサス情報不足
前話から続く場面です。
立ち上がって、まわりを見る。
――ここはどういう森なんだろうか?
「今は春か、夏の終わりっぽい気温。だけど、紅葉は見当たらない……」
森は間伐されていない。
管理する人がいない、ほったらかしの森、ってことになる。
木が過密になると日光が遮られる。そうなると、それぞれの木は、ひょろひょろと痩せ細ってしまう。『もやし状の森林』と林野庁は説明する状態のできあがり。そのため、間伐が必要なのである。
実際、ここも足下の草は少ない。土は見えているし、根っこがところどころ見えていた。
「痩せ細って、木にはこの太さがあるわけかよぉ~」
きっちり管理したらもっとよくなるぞ。
つまり、この森は、手つかずの宝の山だ。
金銀財宝の山よりも、金銀財宝の山してるじゃないか……。
いくらでも……建物に使える?
私はクマに激突された木を、ふたたび撫ではじめた。
「この状況……。管理する国に話をつければ、この森って所有できるのか……!?」
この私、ユスタ・ルゥ・ヴェルセレレイイスは、由緒正しいアイスランドのインゴールヴル・アルナルソン、つまりあのへんのガチ開拓者にして冒険者の子孫である。
古代とか大航海時代みたいに、ヒョロッと見知らぬ土地に流れ着いて「それじゃあ、今からここは私たちの土地です」は、やってはいけない。
(正式な手続を踏んだうえで、この土地ほしい)
なお、苗字の「セレレイイス」部分は日本でもよく「レイス」とか「レレイス」とかと間違えられる。
……アドネイイスとか言わない?
「こういう木で掘っ立て小屋作って、犬と一緒に暮らすのが夢だったんだあ~」
木へと、ほおずりほおずり。
「いや。もっと広く敷地をとれるかも……? せっかくなら、いい家を建ててえ~」
何がどうなって、日本から、こんな森に来たのかわからない。
でもひとつだけ言える――ここは日本人の信仰にある、死後に行くという場所。
(――天国)
そう、確かに考えてみれば、あの高所から転落して助かるわけがない。
私は死んだのだ。
そしていま、この天国にいる。
(まさかなあ。私が、日本人の宗教世界観に仲間入りできるとは)
木の幹を抱きしめ、くねくねしながら考えた。
この天国において、国家のありようと土地所有はどうなっているのだろうか?
電気とかガスはどう引くの?
電波はある?
建築材料の評価システムはどうなってる?
私は、建築の知識については、あまり自信はない。
そこそこオタクだとは思う。
建築家ではフランク・ロイド・ライトの家をあちこち訪ねた。丹下健三の著作を読んだ。もちろん都市構想のいろいろは調べたし、世界遺産をいくつか歩き、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場や沖縄の首里城の火事などについて調べた結果、心がしんなり萎びた。
そのくらい? ほかは覚えてない!
(わけわかんない世界だけどッ、インスピレーション沸いてくるううううううッ)
「ひえっ」
声が聞こえた。
……?
見ると、なんだかフシギな格好をした女性がこっちを見ていた。
きれいな鎧を着ている。馬に乗っていた。
――え?
うううう、馬!?
よ、よろい!?
まるで、ファンタジー作品の女騎士みたいだったのだ。
よく磨かれて錆一つない鎧である。兜のすきまから顔が見える。金色のまつげのあいだに、見開かれた青の瞳孔が見えている。
……まつげが金色……? つけま?
勇壮な格好の女騎士だが、ガタガタと震えていた。
ピュアな真っ黒い瞳の馬も、震えていた。
さらに、彼女の後ろにはヤリを携えた兵士らしき人が何人もいて、同じく震えていた。
女騎士が叫ぶ。
「ドラゴンが――き、木に発情してるっ!!」
「変態だあああああああ!!」
「変態ドラゴンだああああああああっっ!!」
「新生物生まれちゃうっっ!!」
……。
……はあ?
エロネタ苦手なんですけど……。
え。引くわ~……。
と思ったら、私よりも、向こうの方が腰が抜けている。
え、え、え? なんで?
みんな、一目散に逃げていった。
馬は駆けるのが早い。後ろの兵士たちにつっかえて、なかなか出ていけないみたいだったが、ひとたび後ろに抜け出るや、私の視界の外へびゅーん――なんだか私、視力もよくなっている気がする――どんどん小さくなっていき、木々の間に消えた。
兵士たちは木の根っこにひっかかってべしゃりと転んだり、互いに押しあいへしあい、悲鳴を上げ、ようやく出ていった。
……。
なんだったんですか……?
……あと、気になること言ってたな。
「ドラゴン?」
彼らのリアクションが不可解である。
そしてそもそも。
……木に発情するのは、普通のことではないのか……?
私は日本で暮らしていた。
休日、ヒマを見つけて山に行ったり、川で魚を釣ってみたりする中で、いろんな人々を見て不思議に思ったものだ。
なぜ、ここまで多くの人々が、自然のもとに出かけていくのだろう……? と。
そりゃ、平気でゴミを山に捨てていく人もいたけどさ。……自然と一緒に暮らしていくしかないのなら、ちゃんと愛さないといけないよ。
みんな都会住みの人々がふと「山に行ってみたいなあ」とか「定年後は田舎で暮らしたいなあ」とか漏らしてる。
それらの言葉は、自然を愛している、というように聞こえた。
だから。
……木に発情するのは、普通のことではないのか……?
いや、よそう。
(ドラゴン? えっ、あのファンタジーの?)
私はだんだんその言葉が怖くなってきた。
「……なになになに……なんなの」
水を探してみた。
歩き回っているうち、狼に出会った。
ひえ! 怖い!
と思ったら。
「ガウウウッ……アアアアアアッッアアアアア!?」
私を見ると悲鳴を上げ、一目散に逃げていった。
群れとして私の包囲をしていたようで、周囲からガサガサッと音がした。しかしその全部の音が、遠ざかっていく。
えええっ、えっ。やめてよ。
そういう反応傷つくんだけど!
……私、いま、どういう状況?
一発芸をしてドン引きされた時の親方みたいになってたりする!?
それは嫌!
それとも幼少期の行いをうっかり面接で言って『あのユスタですか? ……『連鎖感電むしりとり』の!? えっと、あ、はい。面接はこれにて以上となります』されたときの呪いがここでも!?
社会科見学きっかけでラグジュアリーなマンションに行って、図面実測で欠陥を調べたのち、周辺住民や区や都マスコミそれに議員にたれ込みリーク、それぞれ11億2200万円、6億円、35億4800万円を潰し、ヤクザ三つ潰したあたりの! 「猫かぶりお嬢様期」の瓦解となったあの!
その後、やたらと遭遇するようになったボクサー体型のチンピラを杭打ちパイルドライバーで調理して『フルチン犬神家』を作らざるを得なかった――なんかもういいや。
くっ。
水はどこだ!
湖でも、川でもなんでもいい。
自分の顔が映るなら、なんでも!
そして、それはあった。
澄んだ川が、あったのだ。
飲んでいいのかはわからない。けれど、さっき、たくさんの兵士たちが通ったってことは、手軽に飲める水が近くにあり、それがこれである可能性も高い。 私は、おそるおそる顔を湖面に近づけてみた。
「わっ……!?」
――ドラゴンだったのである。
ぱっちりとした目をしている。
ピンク色をしていた。肌はウロコみたいだけど、質感はなめらか。
ツノが、額のちいさいのと、頭の側面それぞれの長いの、ぜんぶで三つある!
そして右手にきらきら光るハンマーを握っている!
「うわああああああっ……!」
いや、最後はなんでだよ。
ドラゴンになってるだけで頭がいっぱいなのに。
私は右手のハンマーを見た。
いつ手に入れたか、わからない。
あまりに軽かったので、握っていることに気づかなかった。
ハンマーの見た目なのに、羽でも持っているみたいだ。
「なんじゃああああこりゃあああああああ」
おおおおお落ち着け。
冷静になれ。
私は、急に心が落ち着いてきて……。
……。
「いや、解釈違いです。このハンマー」
私の、正直な感想はそれだった。
『!?』
……ん、あれ?
なんか頭の中に誰かの声が響いたような気がした。
『えっ、解釈違いってなに? なんすか?』
「???」
『この俺――「建築王のハンマー」が……解釈違い……?』
私はあたりをきょろきょろ見回した。
自分以外、なにもない。
誰が言っているのかわからないので、とりあえず真上に叫んでみた。
「解釈違いだッ!!」
『~~~~!?』
「ハンマーはしっかりした重みがないとならんのだあ! 信用に足る強度ってもんがある! 軽いハンマーなんて羽みたいにどっか行っちまいそうで邪道も邪道、命を預けられねえッッ!!」
って。
生前の親方の口調になっちゃった。
気難しいおじさんだったがお世話になったなー。
彼の言葉が今でも自分の中で生きていることは少し誇らしいような気はする……あれ?
右手の、羽みたいに軽いハンマーが、急に重くなった。
『そ、それもそうすね』
「え? あれ? どうなってんのこのハンマー」
『すいませんでした……』
私は急に、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。
なんでかわからないが……どこかの誰かに、謝られている。
正直、なにについて謝られているのかは、わからない。
なにか、私は悪いことをしたのだ。
こういう時は――これもまた親方の教えなのだが――まず、形だけでも謝罪しろ――頭が回らなくても、とりあえずは、だ。
実際の『申し訳ない』という気持ちは、後からついてくるもんさ――。
そういう処世術であるらしい。
「いえ、こちらこそ、すいませんでした」
私は深々と頭を下げようとした。
しかし、疑問に思い至る。
――どこに向かって?
(ここは、ファンタジーの世界――とすると、声の主は)
私は目の前に広大な湖が広がっているのを見た。
そうか。
湖の精霊とか、そういうのがいるのかもしれない。それがハンマーを軽くしたのかな。
私は湖に向かって、深々と頭を下げた。
「申し訳ございませんでした……」
『えっあれっこっちに対してじゃないの?』
「深くお詫び申し上げます……滅相次第もございません……」
『誰に向かって話しかけてる?』
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ここだけの話ですがタイトルの最有力案は「雷雲モリモリ蝙蝠ヒョイヒョイ吸血鬼オッホッホの古城 (ホテル) ~恐怖!クソラノベ電光剣~」でした。が、書きためている分では吸血鬼の要素が入るか怪しくなったこと、また、アイスランドではなくアイルランド発祥のハロウィンのイメージに寄りそうだったため、やめました。
「主人公がアイスランド人なら姓はないんじゃないの?」については少し後でセルフツッコミのモノローグがあります




