セレネローザ・ライルハイト、おつかれの様子
(ん? ……靴音だ!?)
私は扉の横に身を隠した。
音だけで、多くの情報がわかる。
(靴の音がするなら人型の敵で間違いない。しかし鎧のがしゃがしゃ音がないのに表に出てくるとは、無防備がすぎないか? 魔法持ちの敵か?)
鎧は高級品だ。
が、それもサピア王国の基準である。
敵は戦いに長ける魔王軍。
表に出てくるなら十中八九見張りの兵だろうが、それなのに靴音以外に武器や鎧の音が無いのは変だ。斥候によって矢を射かけられたら死ぬのだぞ。その対策がない、ということがどういう事か、考える必要があった。
(奇襲を防ぐ手段が、鎧以外にある敵なわけだ……!)
私は剣を確かめる。
息を殺す。
(なにが出る?)
声が、聞こえてきた。
……?
ん?
声だって?
それは三人の声だった。
談笑している。
「風呂……最高だったな」
――え!?
さっきの奴ら、三人だった。
「んだんだ、あんなメイドたち、王にもついてねえ」
「馬鹿! ワーキャットに鼻の下伸ばす奴があるか」
「なんで俺たち、歓待を受けたんだ……?」
私は声が出そうになり、口をふさいだ。
(っ!? ……!? はぁ!?)
出てきた彼らは、見た事のない服を着ている。
真っ白で清潔そうな――えらくフワフワした布でできている、まるで貴族の室内着のようだ。
「認めたくないが」
「さいっっっっっっっこうの……宿……」
「泊まりたい……」
「おい、今のうちに逃げるんだぞ。浸るな。忘れんな!」
三人の肌は、ツルツルピカピカモチモチに輝いている。
こ、この短期間に……どうやって、そこまでの変化を遂げた……!?
えっ、なんだこれ?
なんですかこの展開?
どういうこと?
「いい事を思いついたんだが。どうだろう? この布のこと、バスローブって呼んでたが。作れないか」
「ばば、バス?」
「そしてこれはタオル。不足してるみたいだったし、これを作って売る手はずを整えれば。……稼げるぞ」
「足を……洗えるのか……?」
「洗ったが」
「違う、そういう意味じゃない」
「どうやって作る?」
「『卑剣』に見つかる前に、職人を探そう。……牢に入ってたら誰かに先を越される。早歩きで帰るぞ!」
「織り方がキモになるよな。わかるもんだろうか」
「布地を見せれば、手がかりはある」
「……いける」
「俺たち。夢見てもいいのかよお……!」
私は腰から崩れ落ちそうになるのを何度も踏みとどまった。
えっ……。
お前たち……。
人生を変えようと、頑張るのか……? 頑張れるのか……?
「姉が……モラトンの田舎で花屋をしてる」
「おう、酔ってたときに聞いたぞ」
「都にさ、息巻いて出てきたのは俺のほうだったからさ。俺。ちゃんと……いや、黙る」
「わかるぞ」
「わかる」
三人は、のしのし歩いて都のほうへ行ってしまった。
(し、幸せそうな顔だった……!)
私は震えた。
(いったい、この中で何があった!?)
私は彼らが消えるのを見送った。
……見送ってしまった、とも言う。
……。
(なんか、もう、憲兵に突き出すのは、いいかなあ……?)
って違う違う!
職務怠慢は断じて許されない!
ええい。賊の身柄なんてどのみち些事!
私には王命がある!
(きっかいな城め――)
私は入り口の暗闇の前に、再び立った。
(――暴いてやる!)
目の前、暗闇だった空間が……。
いつの間にか、明るくなっていた。
(……光に姿を晒してしまった……。敵はいないままか?)
シャンデリアが頭上、天井近くで輝いている。
ここは廊下であるらしい。
彼らが灯りをつけたのか?
(……。シャンデリアがあるのは王城や、貴族邸だ。国境に新しく築かれた城に、なぜある?)
そういえば普通に、扉も入ることができたな……。
たとえば「後ろで閉まって閉じ込められ、毒が廊下じゅうに満ちてくる」……なんてことも、ないようだ。
(シャンデリアの位置は、だいぶ高い)
天井に近い高さにある。
シャンデリアは、ロウソクを立てるもしくは油を注ぐ作業、そして着火の作業が必要だ。もちろん誰かがやらないといけない。
人間では上がれない高さのシャンデリアだって……?
じゃあ、どうやって作業をするんだ?
飛行能力持ちがいるのか。
コウモリが真っ先に浮かぶが、やつらは、暗闇を好むだろ。
ハッ……まさか!
さては、嫌がるコウモリにわざわざ灯り役をやらせるのか!?
味方にすら非道ってこと!?
(やはり魔族の城だ!)
……。
でもやっぱり、ここにいたのは、彼ら三人だけのようだ。どこにもコウモリは見えない。
……なぜ灯りは急に点いた?
私は剣をあちこち向けてみるが、なにもない。
(……ロウソクじゃない。……天井から油を供給されているのか……? しかし油くさくないぞ)
と。
シャンデリアがぷつぷつっ、と消えたりまた明るくなったりを、瞬きの間の高速で、何回も繰り返した。
「ぬうおおおおっ……!?」
私は頭上に剣を構え直す。
やはりなにもない。
(コウモリが通ったんじゃないのか?)
灯りが、それ単体のみで、消えたりついたりを繰り返した……?
魔法でも、ああはならんぞ。
(くそ)
私は進んだ。シャンデリアだけで意味がわからない。
辺境の城に籠城した経験はないが、それでも……。
(建物の、意図がわからん)
私は身構えて、扉を開いた。
まばゆい光が広がった。
光量に、目が眩む。
「なっ……!?」
――警戒していたつもりが――!
そこは大広間だった。
ネコ耳をした少女や、男性執事、猫の獣人、そして黒猫がいた。
わ、ワーキャットたち――?
「「「ご来館、ありがとうございます!」」」
――!?
私はその敵意のなさに、わけがわからなくなった。
「な……」
「現在、当ホテルは準備期間中でございます。充分なサービスとはまいりませんが、ごゆっくりとおくつろぎください」
「え!? え!? えっ!?」
サービス!?
な、なんで!?
――そういえばさっきの盗賊たち、歓待がどうとか……
「ご来店ありがとうございムァ……噛んだ」
む?
一名だけワーキャットじゃない者がいる。
それは、服装こそまわりのメイド服姿のネコ耳たちと同じだった。
問題の――あのピンク色をした――ライトニングドラゴンだった。
――繰り返すがメイドである。
フリフリのフリルに、頭にはホワイトブリムをしている。きっちり周りと同じだ。
「!? ギャーーーッッ!!?!?」
「お客様、どうされましたか」
「どうなってるどうなってる!? え!? 敵……あれ!? ライトニンッ」
「あ、人と魔とのうんぬんってやつですね」
「そうっっそれだ!! ……え!? 喋れる!?」
「先ほどのお客様がたも同じことをおっしゃっておりました……あ、敬語くずれていたらごめんなさい……」
「お荷物を、お持ちいたししましょうか」
執事が割って入ってきた。
「えっ!? あ、いや、いらない! 自分で持つ!」
敵地の、はずである。
荷物を渡すわけがないだろう……。
……。
……敵……だよな?
問題のライトニングドラゴンが、直に出てくるのも、なんで?
一概には言えないが、魔物には上下関係がある。
格から言えば、確実に親玉だろう。
例えばこう……奥でどっしりと構えているタイプのボス格なはず……!
「客室まで、ご案内いたします。当館は現在清掃中ですが、一部屋なら」
話が勝手に進んでいく!
た……。
助けてくれ!
誰か!
「あ、あの!」
ひとまず声を上げた。
主導権を握らねば!
……ま、まず冷静に……。
「まさか……この城って……」
「宿でございます」
「こんな物騒な地に……!?」
「温泉も先ほど建てました」
「建てたァ!?」
「食事については原材料にやや制限がございますが、ごゆっくりお泊まりいただくには、問題ないかと」
「……!!」
私はふと、ここまでの疲労を思いかえした。
――今日はこの森まで出かけてきて、このドラゴンを発見、王城に早馬を飛ばして帰り報告。
――さらにここに来て城を発見また報告。
――そしてさらに来て、盗賊をいなしてここまで歩いてきた。
あ、いかん。
疲労が……。
「おふとんも、ベッドも、ご用意いたしております」
「おふ……?」
「おふとん」
見れば、猫メイドたちがカーテンを付け替えている。窓を掃除しているものもいる。
目の前で、ドラゴンはにこにこ笑っている。
「おふとん・アンド・もうふ」
本当に、戦いになる気配がない。
私の方は、ずっと緊張しっぱなしなのに。
(なにこの状況?)
私は、最後の切り札――転移のことを考えた。
もう、私の手には余る。
あまりにも。
(て、撤退! 撤退だッッ……!)
私は印を結んだ。
胸元に手を当て、
「転移、第七改良式――」
頭が、みしりと痛んだ。
(ぐお)
今日、転移は2回使っている。
――限界、だと?
私は、後ろにぐらりと倒れようとしていた。
(ついていけない)
誰かに抱えられる感触を感じて――からあああん、と剣を取り落とした音を聞き――
(すいません、陛下)
意識を失った。
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