バーサス自然
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建設現場での高所作業中に、私は死んだ。
転落したのだ。
もちろん、命綱はつけていた。現場の規定だし、忘れた日なんて一日もない。
ただ、ね。
――ここは日本。地震大国なのだ。
あの時、ふと下を見たら、ボコッと穴があらわれたのは覚えてる。誰も気づいていなかった。
穴は広がり、クレーン車が落ちていくのを私は見た。
「こりゃやばい」
と思ったけれども、建物ごと足場も崩れた。
下からなにか切羽詰まった声が聞こえた。私たちはみんな、下に投げだされた。
マグニチュード10.3、って放送を聞く。遠いどこかで、たくさんのスマートフォンが悲鳴をあげた。
音まみれでいっぱいの中で、私は弱くなり、小さくなり、なくなっていった。
痛かった。
けれど、すぐにそれも終わった。
――スキル『建築王』を習得しました――。
ん?
頭の中で響いたこの声はなんだ?
……。
気がつくと、私は森の中にいた。
まぶたを開いたり閉じたり、繰り返す。
「えっ、森?」
頭上には、緑の葉っぱがたくさん、日の光を透かして輝いてる。
きれいだなあー。
自然の美とはこれである。
起きあがると、あたりは太い幹の木がいっぱい。
知らない木である。
ん? あれ?
えええええ?
ここは日本じゃ……ない。
だって、この木は、日本の植生にない。
見れば分かるよ。
こんなに太くて強そうな木、日本だったら誰も放っておかないもの。
ていうか……ひょっとして。
建材に、向いていたりしませんか……?
「……見定める」
私は手近な幹に近づき――抱きついた。
そして、頬ずりをはじめた。
(おおおおおお。がっしりしてる)
芯が詰まっている感じ。
(ひょっとして、高品質?)
私は木を品定めするため見上げた。
って……。
上のほうがやや尖って見える。
「!? ってことは」
成長がある程度進んだ木なら、これよりも丸い形になっていく。こんもりと。
上に伸びるスピードが落ちるから、その分、横に広がるからである。
ってことは――
「――これでまだ、成長途中ってこと!?」
育つと立派な建物になる?
将来有望……!?
ん?
私の後ろから、影がかかっていた。
なんだろう?
近隣住民のかたでしょうか。
振り返ると、それはクマだった。
私より、だいぶデカイ。
爪は黒々とした黒曜石のよう。なにかを殺した後らしく、血がついている。
「え? 人間じゃない」
「グルルオオオオッッ!!」
「森だからそりゃそうか」
……げえっ、やばい!!
クマは突撃をしかけてきた。
「ご安全にィィィーーーッ!!」
私はすんでのところで腕を回避する。目の前でその爪が虚空を裂いていた。
そして。
その勢いのまま、クマは目の前の木に激突した。
枝がゆさゆさ揺れて、いくつも枝葉が落ちる。
「木いいいいいイイイ!!」
「ウガアアアアア!」
「てめえ許さんッ!! 引導渡してくれるッッ!!」
二度目の突撃をしかけてくるクマに、私は正面から立ち向かった――というか、私のほうから跳躍し、おどりかかっていた。
クマが迫る。
私はその突撃をかわし――
潜りこむと、低姿勢から抱きかかえた。
全身の筋肉がギチギチに苛まれる。
血潮が爆発的に頭に回る。
「パイル――ドライバアアアアアアアアアアアッッ!!」
ともえ投げをしていた。言葉の勢いというものである。
クマの巨体が宙を舞った。
「ギッッギャアアアアッッ……ガアアアアアア!?」
「オラアアアアアアアアアアッッ!!」
クマは地面に叩きつけられた。そしてごろごろ転がっていく。
湖に落ちて、爆発じみた音とともに水柱が立った。
ゴッパアアアアアアアアンッ!!
鳥があたりで鳴き、いっせいに飛びたった。
「やってしまった」
私は座りこんで、しばらくそこに佇んでいた。
「いらぬ殺生だっただろうか」
クマは、湖面から上がってはこなかった。
ていうか今のクマ――冷静になってみれば、なんだか凶悪そうな面構えだったぞ?
なんかツノ生えてたような。
日本にはいなかったし、動物園で見た世界のクマの中にもいなかった気がする。
こわ。
あと、別件なのだが――。
投げ飛ばしたとき、私は自身の身体に違和感があった。
前にクマを投げた時は、もっと自分の体幹に安定があったはずだ。
本来、人間は直立歩行であるはずで、それ特有のバランスってものがある。
しかし――ほらあれ。あるじゃん。――心拍数計のガグンと上がっては下がるあの波形。あれを、縦にして、そのまま自分の脚×2にしてみました、みたいな――まるで自分が人間じゃない下半身をしてるみたいな――。
おっと。
クマが少しだけ遠い、湖面から上がっていくのが見えた。
あたりをきょろきょろと見回して、私と目が合う。
「……」
「ギャッ……ゲ……!?」
彼は、ほうぼうの体で逃げ去っていった。
ふむ。
まあ追わないでもいいか。
「人の味を覚えたクマとも、限らないしな……」
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