episode.01 目覚めと過去
こんにちは、ノウミです。
たくさんの小説や素晴らしい作品がある中で、私の作品を手に取っていただきありがとうございます。
これまでに多くの作品を発表してきましたが、皆様に楽しんでいただけるよう、これからも様々な物語をお届けしていきます。
皆様に「読んでよかった」と感じていただけるよう、
一層精進してまいります。
どうぞ、これからもご期待ください。
「あはははは……あーっははははははっ!!!」
生きる者を慈悲なく呑み込む闇夜の森、恐ろしげな静けさの中で私は高らかな産声を上げたこの瞬間に、世界が生まれ変わっていく音が聞こえる。体を撫でる風が心地良よく感じ、周囲が光り輝き始め、全身を激流の様に巡る血や煩いくらいに高鳴る鼓動でさえ〝はじめまして〟と言いたくなる。
空を見上げていた目線を落とし、ほんの少しの冷静さと辺りを漂う死臭が一気に現実へと引き戻してくる。そうして、私の状況を再び認識したその時に、抑えつける事の出来ない感情を解き放たれる。
「お継母様も、異母妹も、全員この世界から居なくなってしまえばいい!」
内から出る感情が刃のように喉を切り裂き飛び出していく、痛く焼けるようだが溜まっていたものを吐き出すのは気分が良い。
「あいつらを取り巻く人間は皆、死ねばいいっ‥‥苦しんで、追い込まれて、絶望するがいい!!」
私は今までずっと我慢してきた、抑えて潰して押し殺して、いい娘であろうと良き婚約者であろうと、全てを捨ててでも我慢して耐え続けてきた。もうこれから私を縛るものはない、私は自由だ。生まれて初めての自由を手に入れた。
「ふふっ、エレナじゃったか?余程の事があったようじゃのぉ」
その声に、私は重たくなった頭で振り返る。
この森の中には私以外にもう一人だけ生存者がいた、妖艶な声をかけてきた彼女の声が私の耳を撫でるようで、不思議な雰囲気を纏いながらもどこか懐かしさも覚えていた。
「ありがとう、【魔王オルタナ】。そうね……長いようで短いような、そんな日々だったわ」
あの日はもう戻らないと、喜びにも似た哀しみが頬を伝う涙として自然とこぼれ落ちる。感情とはこうも制御が効かないものなのかと、涙を拭いながらオルタナに顔を向ける。
「その、唯一抱きかかえておる人は…」
多数の死体が周囲に転がる中、私は動かなくなった一人の男性だけを抱きかかえていた。次第に失われていく温もりに確かな死を感じながら、抱きかかえる手に力が込められる。
そうして、絞り出すように声を出す。
「あり‥‥さようなら、お父様」
言葉を漏らした瞬間、胸の中から何かが零れ落ちたような感覚になる。最後の最期に父親と娘になれた気がしていた、言いたい事も沢山溢れてくるけどそれはもう届かない。
「それがお前の父親かの?」
「えぇ。でもね、父親らしい事は何一つしてくれなかったわ」
「まさか、父親じゃろうて?」
「えぇ、文句の一つでも言いたくなるほどだけど」
父親らしい事は生まれてこの方何もしてもらえなかった、怒りとは別に激しい悲壮感を覚えた事も多々あった。ずっと助けて欲しかったのに、本当に傍にいて欲しい時に傍にいてくれない、この瞬間だってそう。「大丈夫だ」ただその一言を言って、ただ抱きしめてくれたらいいのにそんな事もしてくれない。
そんな事を考えながら溢れる涙を抑えれずに、私は力の限り抱きしめながらその場に座り込む。暗い森の中に私の意識が溶け込んでいき沈みそうになった時、後ろからオルタナが優しく肩を叩いて声をかけてくれた。
「こんな時になんじゃが、夜はまだまだ長い故に妾と少し話さんか?」
「‥‥えぇ、そうね」
そう言われ、少し戸惑いながらも私はお父様の体を抱き上げながらさらに深く暗い森の中へと歩いていく。オルタナが落ち着ける場所に案内してくれると言うので道中は会話をすることも無く言われるがままについて行く。
しばらくすると足取りが止まり、案内されたのは森の中にぽっかりと穴が空いたように広がる空間だった。
その中心には、一軒の小屋が建てられておりその傍にあったベンチに案内され二人で腰掛ける。先程までの喧騒が嘘みたいに感じる穏やかな場所だ、本来ならば恐怖すら覚えてしまいそうな暗い森の中だというのにこの場所だけは安らぎを感じさせてくれた、外界と断絶している様なな雰囲気がそう感じさせてくれるのでしょうか。
「ここなら落ち着くじゃろうし、誰も来んよ」
「そう、失礼するわね」
ベンチのそばにお父様を寝かし、オルタナに今までの事を話す。あの日、この国の王太子殿下から婚約を言い渡されてから今日を迎える日までの最低最悪な話を。
ーー この国の王太子殿下から、婚約の申し出を受ける少し前から思い返していく。物語の始まりとしてはつまらなく、暗い私の〝オーエンス家〟での日々を。
「おはようございます、お継母様」
私の一日はお継母様への挨拶で始まっていた。でもいつも無視をされているのは当たり前、それでも挨拶をしなかった時の仕打ちをこの身に刻み込まれればそんな考えは無くなる。
そんな始まりが私にとっての日常、哀しいとも辛いとも感じなくなっているほどに、私はこの環境を受け入れることしか出来ないでいた。
「お母様っ!おはようございます」
そう言いながら勢いよく扉から入ってきたのは異母妹の【ソフィア・オーエンス】。といってもこの中で血が繋がっていないのは私だけだ、その証拠に二人は黄金色に輝く髪をなびかせ、ガラス玉のような美しいサファイア色の瞳を輝かせる。
対する私は似ても似つかない灰色の髪色と、どす黒い血のようで不気味だと言われたルビー色の瞳。そのせいか、私はこの容姿も相まって周囲からは"灰かぶり姫"などと揶揄されている。
「あら、お異母姉様もいらっしゃったのね」
「おはようございます、ソフィア」
「ふんっ、朝からやめてよ気分が滅入るわ」
「も、申し訳ございません」
「こっちまで灰がかぶりそうで本当に嫌な気分」
そう言いながら口元を扇子で隠している、その奥は私の事を嘲笑っているのだろう。隣にいたお継母様も私を擁護する事はない、それどころか同じように口元を隠しこちらを睨みつけてくる。
その視線は怨嗟にも似たもので、あの目で見られるたびに全身が強張ってくる。私は目線を合わせないようにして出された朝食の方へと目を向ける、ありがたい事に食事などは同じものを出されている。これは、お父様の影響のおかげだろう。二人もそれを分かった上で嫌味を言ったり軽く暴力を加えてくるだけに留めているように感じる。
だとしても、この家に私の味方はいない。唯一血の繋がっているお父様はこの国で重要な要を任せられている役職のため、遠方に行ったっきりになる事が多くこの家に帰って来る事はほとんど無い。それでもこの頃はまだ幸せな日々だったと思う、十分なほどに衣食住を与えてられて周囲の人間も過干渉する事もなく自分の時間も沢山もてていたのだから。
そうして私にとっての何気ない日々を送っていたある日、良くも悪くも転機が訪れる。
この日、数カ月ぶりにお父様がご帰宅なされると知らせが入ったので私は溢れ出る嬉しい気持ちを抑えながらも、到着時刻前にお出迎えする為屋敷の外でお父様をお待ちする事にした。そうしていつも通りに一人で身支度を整え、外に出たところで今は聞きたくない声に後ろから声を掛けられた。
「あらぁお異母姉様、こんなところで何を?」
「ソフィア‥‥お父様のお出迎えです」
「ふーん、一生懸命ね。そんなに我が身が可愛いのかしら?」
「どういう意味でしょうか?」
いつものような嘲笑ったその顔へと振り返る、私が機嫌よく舞い上がっていることが気に障るのだろう。
「あら、言わないと分からないのかしら?お姉様がこの家で暮らせているのもお父様のおかけでしょう、その為の点数稼ぎに必死になっているのかと」
「娘がお父様をお迎えするのに理由などいりまして?」
その煽りに苛つく感情を抑えながらも、お父様が戻られる安心感からか少し気が緩み、意図せずに少しだけ表情に漏れてしまったらしい。その証拠に私を見るソフィアの目元が少しだけつり上がり、続く言葉に感情がこめられていた。
「生意気なお異母姉様、どうせお継父様はすぐに遠くに行ってしまいますわ、いい加減この家の在り方と言うものを教えて差し上げないとですね」
「あら、ソフィアが教えてくださるのですか?それは楽しみにしております」
昔からそう、ソフィアは守りたくなるような小動物的可愛らしい言動を繰り返し、その見た目と相まって自身の武器というものを理解している。その武器を上手く使い、周囲に味方を作りながら自身の望む結果に事を運ぶのが上手い。そのせいか、私の周囲からは味方もいなくなり孤立している。余程、私の事が邪魔で嫌いなんだと伺える。
その異母姉が率先してお父様のお出迎えをしようとしているのだから、ソフィアからすれば面白くないのだろう。
「名前気な口を利きますね、お継父様が帰って来るとなれば強気にもなるのですか」
「いえ、ただ…勉学や舞踊、魔学などをあれだけサボり続けているソフィアから教わる事などあるのかと」
お父様をお出迎えする事があたかも計算で、打算的に動いていると言われた事に対して自分で思っているより苛ついていたのだろうか、抑えが効かなくなっていき自然と言葉に棘が出来ていた。
「そんな…私はお異母姉様の為にって…」
突然ソフィアが泣き崩れるような動きを始めた、いつも悲劇を演じれば何でも解決すると思っている節がある、それを私に見せられたところで何も感じないと分かっているはずなのに。
と、そんな事を考えながら呆然としていたら屋敷の門が開かれた音がする、振り返った先には待ち望んだお父様が帰ってこられていた。私はソフィアを置いてお父様の元へと駆け寄り声をかける。
「お父様、お帰りなさいませ」
本当はこのまま飛びついて抱きしめたい、昨日こんな事があったよって、お父様がいない間にこんな事ができるようになったよって少女のように話しかけたい。でも、今までそんな事をしたところで関心を寄せられることは無かった、あるのは業務的なやり取りだけ。本当に自分の父親なのかと疑ってしまうほどに。
それでも私にとっては唯一、血の繋がったお父様。
「ただいま戻った……が、何をしている?」
冷たい声と冷たい視線が突き刺さる、私がその言葉の意味を理解するのに時間はかからなかった。
「お父様、お帰りなさい!」
ソフィアが勢いよくお父様の元へと駆け寄り抱きついた、その瞳からは涙を流し震える声で被害者を演じ、先程までうずくまっていたのが嘘のように。そうしていつも、私が我慢していることを躊躇いもなく。
「聞いてお父様、お姉様が私の事をいじめるのよ?」
「本当か?エレナ」
「いえ、そのような事は」
本当の事を言っているのにいつも私が嘘をついているように思われる、お父様だって何を言われるか。
「そうか、ならいい」
「えっ、お父様っ!?」
そう言い残しお父様は足早に屋敷の奥へと歩いていく、甲高い声を出しながら不満たらたらなソフィアを連れながら。思いがけない言葉ではあったが、残された私は大きなため息を吐き安堵する、こうして無事にお父様が戻ってきたくれたことが何よりだから。
「エレナお嬢様、只今戻りました」
「あらセブンス、お帰りなさい」
後ろから声をかけてきたのはお父様の秘書であり執事でもあもある【セブンス・レーン】。先代、私からすればお祖父様から長年仕えている最も信頼のおける人物らしく、私にとっても分け隔てなく接してくれる数少ない人物でもある。
「この後、旦那様より大事な話があるかと思いますので大部屋にお集まり頂ければと」
「分かったわ、ありがとう」
セブンスから知らされてなければ気づかないで部屋にこもっていたでしょう、と悲しくも思いながら大部屋に向う。お父様は去り際にそんな事一言も言わなかったし、この家にいる人間は私に益のある話を持ってくることはないのだから。
ご完読、誠にありがとうございます。
久しぶりの連載作品の投稿となります、こちらもまた長く続けていく予定となりますので最後の日までお付き合いくださいませ。
今回の作品が皆様の心に残るものとなったなら幸いです。これからも応援よろしくお願いいたします。
また次話でお会いしましょう(*´∇`*)