投手は大変だよな。
準決勝は剛腕投手相手だっただけに辛勝だった。
九回表のスクイズで何とかもぎとった得点が勝利に繋がっただけ。
オレたちの打線は何もできずに捻じ伏せられる寸前だった。
その夜、家の前の路地で涼んでいたら愛華が塾から帰ってきた。
いつもの調子で会話が始まる。
「決勝進出おめでとう」
「いや、危なかった、かろうじて、だな」
「でも勝ちは勝ちだわ」
「ああ」
試合結果を知っていてくれたのは嬉しかったが、母ちゃんがはしゃいで拡散しただけだろうし。
「なんか元気ないのね? 故障した、とかじゃないよね?」
女って大人になるほど男の気持ちが見えなくなるらしい。
痛いのは身体じゃない。
「……徳田は、もう諦めたのか?」
「あ、そうなのかな? もうヒントくれって言って来ないね」
「あんまりいじめてやるなよ」
「じゃ、付き合ったほうがいい?」
「バカ。好きでもないヤツと付き合うのだけはやめろ」
愛華はフッと笑って「当然だわ」と言った。
徳田が次のヒントも見せに来たぞとも言わずに、送り火を話題にしてみた。
「日曜勝てたら来月甲子園行って、大文字焼き見れるかもな」
「五山の送り火? うん、私行ってみたい」
「行けたらいいな」
「何よ、元気出してよ、オレが連れてく、くらい言ったらどう?」
「好きな男と行ったらいいだろっ!」
オレは声を荒らげてしまって、背中を向けた。
愛華は傷ついた様子もなく話を続ける。
「航大、決勝勝ったら今度はお母さんとじゃなくて私とHigh fiveしてね?」
ハイファイブ、ハイタッチのこと、それくらいいつでもしてやると一瞬思ったが、愛華の手に触れると思ったら急に恥ずかしくなった。
「勝てたらな」
何とかそう言って家に入った。
決勝戦、愛華の手のひらに触れる機会は訪れなかった。
控え投手がもう一人いたら違ったかもしれない。
うちのエース3年の高田先輩は敵に研究され尽くしていて、リリーフに入った2年の斎藤も打たれた。富樫が後は抑えたが、得点のほうが追いつかず、5-2で惜敗だ。
高田先輩抜きでは春の選抜には出られないだろう。
来年の夏がオレの甲子園、最後の挑戦になる。
学校は既に夏休み、部活には行ったがチーム全体集中力を欠いていた。
オレはいつものメニューをこなしながらも急に暇になった気がして、投手に必要な筋肉でも鍛えてみようかと思いついた。
来年、斎藤がエース番号を継ぐだろうが、新人で即戦力になるピッチャーが入ってくる可能性は低い。
投手が斎藤と富樫2人だけではもしもの時に困るんじゃないか?
野球は投手の負荷が大きいスポーツだ、うちの投手陣に何かあったときにマウンドに立てる自信をつけておきたい。
幸い肩は強い方で、守備位置のショートからホーム、一塁、何ならライトからのバックホームでも楽に送球できる。
打者に対しての、直球、変化球、緩急の違いなど、細かいコントロールを習ってみる気になったということ。
コーチに話す前に肩を慣らしておくために、夕食前にすぐ近所の狭い公園に行ってトイレの壁に向けて、軟球で投球練習みたいなものをするというメニューをしばらく続けることにした。
淡々と投球動作を繰り返し跳ね返る球をキャッチしていたら、頭が昨夜の母親の言葉を再生した。
「お盆、京都のおばあちゃんちに行かない? 愛華ちゃん誘って五山の送り火みようよ」
だってさ。
オレが連れていくはずだったのに、とちょっと悔しい。




