ハイタッチはハイファイブなんだって。
7月に入ってすぐ、夏の高校野球地区大会が始まった。
地区代表になって愛華を甲子園に連れていく、それが何となくオレの目標になっているから、謎は横に置いて気を引き締めた。
トーナメントの序盤は平日、授業のある時間帯だったりするから愛華も見に来れない。
うまく週末に当たった四回戦、オレたちの母親ふたりと愛華が応援席にいた。オレが誘ったわけじゃない、母親同士が勝手に決めたんだろうが、オレの身体に気合が入る。
果たしてオレはホームランをかっ飛ばし、ベースを廻るとチームメイトの列の熱狂に迎えられた。もちろん試合は大勝利。
オレの個別応援団の女3人も浮かれてた。
頭下げに行っただけなのに、母親は「息子、サイコー!」とか叫ぶし、愛華の目は潤んでるし、愛華のおばさんと来たらハイタッチ待ちの姿勢で、わけのわからん英語を話した。
「Give me five, mate!」
とりあえずハイタッチだけはしておいて、「ファイブ? 五円も五ドルももっちゃいねぇよ」と言ったら、
「あら、航大くん、ハイタッチってメジャーリーグ、ドジャースの誰かが始めたって話もあるんだよ? ハイタッチは和製英語、向こうではHigh fiveって言うの」
とおばさんはにこにこ。
愛華は隣で熱中症みたいに赤くて、うちの母ちゃんは能天気に、
「いぇーい、準決勝進出、めでた~い!」
とか叫んだからそそくさとその場を離れた。
準決勝は水曜日で、決勝が日曜日。愛華にオレを見てもらうには次絶対勝たないといけない。
ー◇ー
クラスメイトは野球部の準決勝進出を祝ってくれたが、徳田にはあまり関係のないようだった。
いつものなまっちろい顔で、
「金曜日に谷崎さんからこれもらった」
とまた紙切れを持ってきた。
『愛華さん』と呼ばなかったから相手をしてやろうかという気にはなった。
徳田が塾で知っている『谷崎さん』とオレが知ってる『愛華』は全く別人のような気がしてくる。
オレは「野球の応援をしてくれる愛華」は知っていても、「塾で真面目に勉強する谷崎さん」は知らない。
紙切れには「大文字、妙法、船形、左大文字、鳥居」とある。
また5つ。
前回は寺で今回もまた宗教クサい。
だが母音で始まる単語はない。頭文字が同じ単語もない。となると、IQテストのようなパターン把握問題じゃないってわけだ。
「京都の、大文字の送り火のことだよね、これ」
徳田が自信なさげに話す。
「ああ、山に火をつけて字やら絵やらにする。お盆だったかな」
実は母親の実家が京都山科で、子どもの頃連れていかれた。
「妙と法はふたつでひとつだって聞いた。これが仲間外れ?」
「そうかもな。今までもふたつ目がいつも母音で始まって、仲間外れと言えないわけでもない。ハイタッチのイ、円覚寺のえ」
徳田は野球バカの鋭い指摘に驚いたとオレを眺めてから、優等生っぽい黒髪を掻きむしった。
「僕には全くわからない。谷崎さんが好きな人を教えたくないって意味だよね」
「アイツが惚れてる男には解けるんだってさ。解けないところで不合格だな」
「そうだよね」
徳田も肩を落としたが、自分で言って自分の心も抉った。
親たちが出すクイズやなぞなぞ、算数問題、パズル、そんなものを愛華とふたりで解いてきたっていうのに、もうこんなに差がついてる。
はるか後方に置いて行かれちまったわけだ。
愛華の謎をどこかの誰かが颯爽と解いて、恋人になるんだろうな。




