愛華には好きな人がいるってさ。
数日後の金曜日、練習試合前だという理由で部活は早引けになった。
風呂を浴びて夕食を食べて自分の部屋でまったりする予定のところを、玄関を出て愛華の帰宅を待つ。
今日も塾で勉強して暗い中帰ってくるはずだから。
「おい、あんまり他人様にヘンなクイズ出すなよ」
街灯に照らし出された愛華のポニーテールの動きを認めて、オレは声をかける。
「いいじゃない、解けやしないんだから」
何とも生意気な女になったもんだ。
「お前、重大なミスに気付いてないのか?」
「ミス?」
「あの謎の解けたヤツと付き合うんだろ? お前の好きなヤツが解くとは限らんだろが」
愛華は自分の家の門灯を浴びながら首を傾げた。
「あれが解けるのはうちのお母さんと航大のおじさんくらいなものよ」
「うちの親父と付き合うなよ?」
「バカ、当たり前でしょ」
オレは軽口を言いながらも心に寂しさが広がって呟いてしまう。
「ハイタッチの仲間外れねぇ……。お前、告られるたびにクイズでごまかしてるのか?」
「違うわよ」
「可能性ないならはっきり振ってやれよ」
「はっきり言ったわよ、『好きな人がいる』って。なのに徳田君ったら、僕となら受験勉強の邪魔にならないとか一緒に頑張れるとかバカなこと言うんだもん」
玄関の淡い灯は愛華を一層綺麗に見せている。
「好きな人、か」
オレは「誰なんだよ、吐けよ」と子どもの頃の調子で言うこともできずに突っ立っていた。
「あれはね、私の好きな人へのメッセージなの。私の気持ちに気付いてくださいって」
「本人に言わなきゃ意味ないし、そいつが解けなかったらもっと間抜けだ」
「解けるわよ」
イラっとしたものが心に燻る。
愛華には「好きな人」がいる。
オレにはよくわからない。
互いの両親が仲良すぎて二卵性双生児みたく育てられたのが悪い。
オレが好きなのは愛華しかいない。でもそれが世間一般の「好きな人」「付き合いたい人」「恋人になりたい相手」なのかどうかがはっきりしない。
何週間話をしなくてもふと顔を合わせばいつも通り、遠慮会釈ない。
悪口も言えばからかいもする。
今のままの仲でいい気がしてしまう。
でもオレが愛華に付きまとったら、その愛華の「好きな人」ってヤツが誤解するんじゃないか?
オレは所詮野球ばかりしてる冴えない男だし、釣り合うとも思えない。
「航大も考えてみたら? おやすみ」
愛華はそう言うと玄関に入っていった。
オレは夜風に当たりながら、
「ハ・イ・タ・ッ・チ、ッだけが小さくて仲間外れ。小さいッのつく名前とかあんのか? 堀田さんとか八田さんとかか? 無理があるよなあ。ハ・イ・タ・ッ・チ、イだけが母音で仲間外れ。伊藤さんとか井上さんとか? 塾の講師にいたりして」
などと思い巡らした。
でも、もしそうだとしたら愛華のクイズにしては単純すぎる。もっとひねりが効いているハズ。
うちの親父には解けても母ちゃんには解けないらしい。親父と愛華のおばさんの共通点、何かあるか?
闇の中で考えてもしょうがない、肩をすくめてオレは自分ちのドアを開いた。




