異形の王、恋の行方は予測不能、美少女は求婚をあきらめない。
矛盾は多々あると思いますが、雰囲気と勢いで読んでください。
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アルディア王国。
古き良き伝統に根ざした王家によって統治されています。王国の首都はエルミアと呼ばれ、美しい湖に囲まれた城壁に守られた王宮がそびえ立っています。国王ウィリアム・アルディア十世の優れた統治によって王国は繁栄を極めています。貴族たちは領地を治め、民たちはその恩恵を享受しています。
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<ここはアルディア王国、王宮の執務室>
謁見の間ではなく、執務室に限られた人数だけ集められ、異例の謁見が始まった。
金髪碧眼の少女エイプリル・ルーシュと玉顔金髪の国王ウィリアム・アルディア十世が向かい合い、国王は荘重な面持ちでエイプリルを見つつ、余計な前置きなく、直截に言った。
「エイプリル・ルーシュ、汝はこの国家における貴重な存在であり、故に急ぎ婚姻を結び、子をもうけるように命ずる」
エイプリルは小さくため息をついた。
「お断り、です。相手が、いません」
「その我儘を容認してきたが、もはや余地はない」
「なぜ?」
「汝はあまりにも美しく、また聡明である。その美しさは危険を孕んでいる」
エイプリルは生まれつき並外れた才覚と容姿を備えていた。幼い頃からの賢明な助言で、両親の家業を大富豪へと導いたその名は国内外に広く知れ渡っていた。
「もはや我が国には、汝やルーシュ侯爵家に逆らえる者などいない。故に、汝を手に入れることは、全てを手中に収めることと同義である」
「いえ、普通の、どこにでもいる、幼く弱い、美少女です」
「もはやその手は通じぬ。これ以上引き延ばせば、内憂外患を招きかねん。これは最後通告である」
「私に、ひどいこと、する?」
そう言いながら、そのセリフこそ、涙目の美少女が泣きそうな声で言っていそうだが、実際にはエイプリルの表情が獰猛なものになり、まるで牙をむいた猛獣のようだ。エイプリルの小さな体が数倍に大きくなったかのように錯覚するほど、魔力が膨れ上がっていくのに、王は慌てた。
「待て!そうではない!」
「私の敵?」
「違う!その物騒な魔力を鎮めてくれ!おい、お前たち!!逃げるな!」
王を守るべく訓練された親衛隊。国の中でも選ばれた屈強な者たちが、エイプリルから少しでも距離を置こうと部屋の隅に逃げていく。王が命じても目をそらすのみ。彼らは知っている、その恐ろしさを、骨の髄まで。訓練場で何度も挑んでも、枯れ枝を振り回すように、地面にたたきつけられた。さらには暴虐的魔力は、触れるだけで塵と化す、とまで言われている。
「説明を要求」
王が、王じゃないみたいに、丁寧な物腰に変わった。
「すでに国内外から無数の婚約申し込みがあるんです。ルーシュ侯爵は貴方を溺愛していて、婚約話は全て門前払いで話にならない。そのため、自然と王宮が窓口となっています!」
「パパ、だいすき」
執務室の外から「パパも大好きだぞー!」と叫び声が聞こえてくる。
「この場にいたら五月蝿いから同席を許してないんですよ、刺激しないで!……王宮としても、全ての申し出を断っていますが、抑えきれない状況になっています。婚約が遅れれば、国内の名門が争いを始める可能性があります。そのような状況になれば血で血を洗う内戦が起こります」
「わたし、こどもだから、わからない」
「急に幼く振る舞っている場合ではありません!他国からも自国の配偶者を要求されるほどの厳しい状況です。この事態が悩ましいのは、拒絶すれば侵略の危機が迫る可能性があるからです!」
「美しいって、罪」
国王の目から、徐々に涙が零れ落ちた。もはや威厳もなにもあった物じゃない。これを見せないために、この謁見には側近や親衛隊しか参加が許可されてない。
「内戦でも侵略でも戦争が勃発すれば、我が国は滅亡してしまいます。この通り伏して頼みます!エイプリル!この国を、この国の民を救うと思って!」
少女の振りをやめたエイプリルは、後頭部をさすりながら王をにらむ様は、壮年の男性のようだ。
「泣くなよ、王様だろが」
「辞めたい!」
「辞めんな」
国王は嗚咽し、用意していた候補者リストを差し出した。
「この中から一人を選んでください。たった一人で構いません。全てはこの国の平和のためです!」
溜息一つ。これまで嫌だ嫌だと引き延ばしてきたが、さすがにここいらが年貢の納め時らしい。どれ、リストだけでも見てみるかと、エイプリルはリストを受け取る。側近が恐る恐る近づいて来て王の顔を拭き始めたのを横目に見ながら、厳選したのだろうリストには国内外の御曹司や王子の名前が並ぶのを眺める。
そんな中で最後の一人の名に目が止まった。
「こいつにしよう」
「ありがとうございます!良かったです、選んでいただけるだけで、しばらく騒がしい連中を抑えられます。では、誰を選ばれましたか……え、待って、なぜこの名前がここに?おい、何が起こっている!あれほど厳選するようにと命じたぞ?!」
「お前、目を通してなかったのか?」
「いや、ちらっと目を通しただけで……え、なぜ、なぜ”不吉な肥満塊”を選ぶのですか?」
他にも"醜悪で小さな男"や”邪悪な脂肪王”などの、幅広い異名を持つ辺境小国の王、それがエイプリルが選んだ人物だった。
「丸投げするな。ふんぞり返っててもいいが、書類に目を通すのがお前の仕事だろうが」
「いや、説教はいい。なぜ、よりにもよって」
「さて、な。ま、ともかく会ってみてだ」
「……わかった。こちらで先触を出そう」
「いらん」
行ってくる、と言い残して、エイプリルは勝手に執務室を後にした。それを呼び止める者も咎める者も居なかった。側近や親衛隊は、嵐が去ったのをほっとした雰囲気で、それ隠そうともしていない。王は、頭を抱えていた。
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ヴェールの国。
深い森と荒涼とした山々に囲まれた小さな国です。古代の遺跡がその地にあり、恐ろしい力が封じられていると伝承されています。国の中心地はシャドウヘイブンと呼ばれ、古代遺跡を背負うように小規模なパレスが鎮座しています。国王はロビン・シャドウブレードであり、彼の一族は代々遺跡の守護者を務めてきました。ヴェールの国の人々は厳しい自然環境に耐え、遺跡を守るために共に戦っています。
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<ここはヴェールの国、パレス内の一室>
「陛下、婚約者だと名乗る方がいらしています」
「はい?いったい何を。いや、それより追い返しなさい。そんな者はいません」
「それが、その方は、噂の”傾国の美姫”エイプリル・ルーシュ様ではないかと」
その名は聞いたことがある。その美貌と才覚は他国にも広く知れ渡っていた。帝国からの指示で、婚約者候補として申し込んだことは把握していたが、命令に従うためだけに出しただけで、断りの返事すら来ないと思ってた。まさか、本人が断るために訪問したのか、とロビンは首を傾げるが、その首は脂肪で埋まり、どこからどこが首なのかは、他人からはわからない。
国王のロビン・シャドウブレードは、極端な肥満で皮膚はたるみ、歪んだ顔立ちは凶悪なまでに不快であり、その目は冷たく鋭く光り、笑顔は歪み、歯は錆びつき、頭頂部は禿げ上がり、皮膚は油っぽく輝き、その姿はまさに醜悪の極みであった。"醜悪で小さな男"の異名は伊達ではない。
宗主国であるヴァロニア帝国からのしつこいの通達から逃れるために、婚約相手は探している振りをしていたが、本人は結婚を望んでいない。婚約者候補としてやってきた他国の令嬢たちは、全てこの醜い体を見て逃げた。ひどいのでは一目見て嘔吐して吐瀉物の沼を這って逃げたお嬢さんもいたくらいだ。その醜さの出来は完璧だと自負していた。
「それが本当なら、追い返せません。謁見室に」
「すでに、待っていただいています」
「それを早く言いなさい!」
<ここはヴェールの国、パレス内の謁見室>
慌ただしく従者に指示を出し、謁見のために身なりを整え、謁見室の玉座に座った。相手は国も知名度も格上だが、王としての威厳を示さねばならない、そんな深い思考から自分を解放して、ようやく周りを見回すと、そこには仁王立ちした小さな美少女がいて、周囲にはなぜか倒れたままの守護騎士たちがいる。
「いったいなにが……」
「私は、エイプリル、婚約者、です」
「誰か、この状況の説明をしてください、なぜ騎士が倒れているのです?」
家臣がロビンに近づいて耳打ちした。目の前の少女を謁見室に通した途端、守護騎士たちをにらみつけ、目にも止まらぬ速さで叩きのめしてしまった。異常事態に、パレス内の兵をかき集めようとしたが、なぜかこの謁見室から締め出され、誰も入れない状態になっている。
少女の振りをやめたエイプリルは、腰に手をあて、見回しながら言った。
「なんかムカついたので」
「あなたはこの国に宣戦布告にきたのですか?」
その問いには答えず、ずかずかとエイプリルはロビンに歩み寄った。本来ならそれを止めるであろう騎士たちはすべて倒されているし、いつもは頼もしい家臣たちも呆然としていて、役に立たない。ただロビンは、不思議と畏怖や怒りは湧いてこず、好奇心が勝って、何をするつもりなんだろうと思い、玉座に座ったままそれを見ていた。その美しい顔が、息がかかるほど近づいて、にやりと笑って言った。
「あんた、女だな」
「……え」
とつぜんの発言に、思考が止まる。自分は見た目こそ重く鈍いが、思考の速さには自信があった。しかし、あまりにあまりな言葉に、反応できない。それは、この国にとって、ロビンにとって、最重要機密事項にして致命的秘密だ。
ロビンは生まれつき女体であり、男装して継承を守り続けている。その秘密はロビンが生まれた時から限られた数名しか知らない真実で、この世界を滅ぼさないために、命を賭して守り続けていかなければならない秘密だ。それを、エイプリルはたった一瞥で看破してしまった。
「安心しろ、外には聞こえないようにしてある。中にいるのは秘密を知るものだけにした」
「どう、して」
「事情が知りたい。話してくれないか?悪いようにはしないから」
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ヴァロニア帝国。
大陸を席巻する力を持つ強大な帝国です。その支配は絶対的であり、複数の属国を従え、皇帝の意志がすべての国家を動かします。帝国の中心都市はグランディアと呼ばれ、壮大な宮殿と巨大な市場が栄えています。皇帝レオニダス・ヴァロニウスの偉大なる指導の下、帝国は数多くの文化や民族を束ねてきました。
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<ここはヴェールの国、パレス内の執務室>
「つまり、早い話が帝国に国が乗っ取られるから男をしてる、と」
「まあ。そうです」
場所を執務室に移し、二人だけになって話し合いをしていた。ソファに座ってるエイプリルは、片足を組み、手にはティーカップを持ち、とても貴族のご令嬢とは思えない態度の悪さであったが、それを咎めるものはいなかった。
ロビンが話してくれた事情は、この国の成り立ちから始まった。
昔はここに国は無かった。周囲はすべて標高の高い山に囲まれていて、鬱蒼と生い茂った森で覆い隠され、谷筋を通ってしか入れないような場所だ。平地と言えるような土地も少なく、人が住めるような場所ではなかった。
しかし、一千年前、ここに古代遺跡が見つかった。同時に発見された古文書の読み解けた一節によれば、一万年前の遺跡であり、何か恐ろしいものが封じるために作られた、とあった。それを守り、監視する役目を担ったのが、ロビンの先祖であるらしい。
長い歴史の中で、周辺国の力関係や政治的な判断があって、誰の物でもない状態が続くのは危険だが誰かの物になってからでは遅いと、ヴェールの国が建国された。ただ辺境も辺境で、十分に農業できる耕作地も作れず、国として自営も自衛もままならなくなり、のちに、自ら望んで帝国の属国になり、その庇護を受けた。その関係は今も続いている。
問題なのは、建国時から定められた国の王法に『王位継承は男系に限る』とあり、さらに属国になったとき帝国と交わした約定に『王家に男系継承者がいなくなった場合は、帝国から新たな継承者を選出する』と定められていたことにある。
ロビンはヴェールの国の王家末子として生まれたが、『王家に男子がいない場合は、女子でも男子扱いとして仮の継承者とする』という秘密の通例に従い、「男子」と見なされて育てられた。これは万が一、男系継承者が途絶えた際の緊急措置であり、男子が生まれるまでの「つなぎ」が目的だった。しかし、その万が一の事態が起きてしまった。先代国王が病没し、ロビンが王位に就くこととなってしまった。
「女とばれないように、そんな姿になったんだな」
「ええ。この体形を維持するのも必死ですよ、帝国にばれたら、すぐにでも王位を追われます」
「事情はわかった。では、結婚するか」
「はい?」
「横やりが入らないとも限らないからな、最短で結婚しよう」
「ま、まってください、婚約飛び越して、結婚ですか?」
「出来ないのか?」
「出来ませんよ!貴族の伝統的な掟として、婚約期間が義務付けられているのですよ!」
「面倒なことはさっさと終わらせたい。誰を買収すれば可能だ?」
「買収!?その発想怖い、掟だって言ってるでしょう?」
「あ、うちの国は気にすんな、すでに掌握済みだ」
アルディア王国でエイプリルに逆らえる者は誰もいない。金でも武力でも、そしてその美貌でも。
「……我が国も反対する者はいないでしょう、継承は常に頭を悩ませてきた問題なので、最優先事項です。問題は教会でしょうね、彼らが承認しなくては、そもそも婚姻が結べません」
「よし、金で解決できそうだな……」
「よし、じゃないんです!」
興奮して、立ち上がるロビン。その頬肉がぷるぷると震えている。腹肉や胸肉がたぷんと大きく波打った。禿げ上がった頭には汗が噴き出している。立ち上がった拍子に紅茶を注いだティーカップが横倒しになって床を汚すが、それも眼中にない。
「何か問題はあるか?」
「問題だらけですよ!お互いの気持ちとか……」
「それもそうか、たしかに性急すぎたな。すまない」
エイプリルも立ち上がって、ロビンに近づく。
「オレはお前と結婚したい、お前はどうだ?」
「こんな太ってぶよぶよで醜い男と結婚するんですか?」
「女だろ」
「そうですけど!醜いのは一緒でしょう?」
「いうほど醜いか?かわいいと思うぞ」
「か、か、かわいい?」
身長差があるので、ちょいちょいと手招きして頭を下げろと要求。エイプリルは両手でロビンの両頬を挟むようにして、さらに顔を近づける。むにゅっとロビンの柔らかな頬肉をもてあそんだりしながら、じっとその目をのぞき込む。ロビンはもうこれ以上ないほどに顔を真っ赤にしている。
「うん、かわいい」
「あなたの両眼のそれは飾りですか?」
「オレもたまに鏡を見ながら、宝石みたいに綺麗な瞳だなぁと思うことがある」
「自画自賛!」
「お前も綺麗だ。とても透き通ってる。苦労が絶えないだろうに、濁らずにいる」
「……」
「一人で大変だったな。あとは、オレに任せろ、幸せにしてやる」
ロビンは柔らかくエイプリルの手を持ち、手を放すように促す。されるがままに、手を下すエイプリル。
「……女同士では子供が出来ません。それが問題なんです」
「わかってる、なんとかしよう」
「どうにもできません、実はあなたは男だったりしますか?」
「いや、女だ。脱がして確かめるか?」
「結構です。じゃあ、無理じゃないですか」
「こっそり孤児を貰ってきて産んだということには?」
「だめです、帝国には親子関係を調べる魔法道具があるんです」
「じゃあ、種だけどうにかするから、お前が産んで、オレが産んだことにする」
「種とか言わないでください。貴方との血縁も調べられます」
「まじか。性別を入れ替える魔法道具とかないのか」
「あれば、私が真っ先に使ってます」
「それもそうか」
「短い時間だけ幻で体を覆って男だと誤認させる程度の物はありますが」
「それで誤魔化してきたのか」
「はい」
腕組みして悩み始めるエイプリル。見た目は可愛いのでどのお洋服を着ようかなと悩むお子様のようで、なんだかほほえましいが、言ってることは似つかわしくない。
「発想の転換だ、そもそもの王法を変えちまったらいいんじゃないのか?」
「国制の根幹にかかわる王法を、軽々に改変するべきではありません。我らが国の王権は、この長年の王法に則り堅持されてきたものです。もしそれを簡単に変えてしまえば、王家の権威と正統性も揺らぎ、ついには失墜してしまうでしょう。王権の基盤となる王法は、慎重に守り継がれるべきなのです」
「そうか。それはともかくとして」
「はい」
「お前の気持ちをまだ聞いてない。オレと結婚したいと思うか?」
「今のままでは、したいと思えません」
「問題が解決しなければ、か?」
「はい、私は王です。国のために結婚します、国を亡ぼす結婚はできません」
「わかった。婚約はどうだ?」
「それは……」
「時間稼ぎさ、婚約なら破棄できる、帝国への言い訳もできる、オレの国も戦争を回避できる」
「戦争!?」
「ああ、どうやらオレの取り合いで戦争するらしい」
「私じゃなくて、もっとふさわしい人と結婚すればいいのではないですか?」
「男と結婚したくない」
「え、なぜです?」
「気持ち悪い」
「私は?!私こそ気持ち悪いでしょ!?」
「いや、かわいい」
なぜか、ロビンが絶望したかのような表情で、崩れ落ちた。
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エイプリル・ルーシュ。
才色兼備の麗人。金髪碧眼の絶世の美しさに、天性の知性と徳操を兼ね備える。その気高き容姿に国中の男女を虜にし、ルーシュ家の富を導いた逸話は世に広く知れ渡る。またその膨大で強力な魔力で、未知で凶悪な魔法を自在に操る。さらに、魔法で強化された身体能力は、国の英雄たちさえも赤子のように扱う。
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<引き続きヴェールの国、パレス内の執務室>
「お前はどうするつもりだったんだ?」
床にうずくまるロビンをよそに、ソファに座り直すエイプリル。そう問われて言葉に詰まるロビン。自分が女だとばれない限り、現状維持することばかり考えて、実はなにも考えてなかった。でも、いつまでも先延ばしには出来ないこともわかってた。帝国から「早く結婚するか、王位を退け」と強く警告されているから、やむを得ずにカタチだけ婚約者を探してる体裁をとってるだけに過ぎない。
「それは……」
「いっそ、王位を退いて帝国に任せたらどうだ?」
「だめです!」
「こんな不便な土地を欲しがるとは思えないから、カタチだけの王が来るだけじゃないのか?」
「そうじゃないんです」
「まだ、何か事情があるんだな?」
「はい」
言うべきかどうかを躊躇うロビン。しかしすでに最重要機密はばれてる上に、この美少女、非常に押しが強い。話さないと決して身を引いてくれないようだ。
「この地に眠るものが問題なんです。代々と伝えられているのです。決して封印を解いてはならない、封印が解かれるとき、世界が滅びる、と」
「世界が滅びるか」
「ええ。帝国は、それを神がまだこの世界に在られた時代の、強力な秘密兵器だと考えてます。それこそ世界を滅ぼすほどに強大な。それを手に入れ、大陸の覇権を狙ってるのです」
「今すぐ奪えば良いじゃないか、帝国にしたら属国なんだろ、命じたら良いじゃないか?」
「建国の際に周辺国で結んだ約定があります。何人も私の一族の許しを得ずに古代遺跡の封印を解いてはならないと。それは神に誓った約定です。帝国と言えどおいそれと破れません。私とて、どれほど恐ろしいことがあっても、それだけは決して許しません」
「お前は、枝に残った最後の果実だな。それが落ちないようにお前は必死だが、帝国は指を咥えて落ちるの見てるしかない。たまに扇いでみて、風で落ちはしないかと期待してる」
「何だか馬鹿にされてる気がします」
「古文書にはなんと書いてあるんだ?」
「ちょっと待ってください」
ロビンが部屋の外に控えている側近に何かを持って来させた。たいそうな装飾の大きな箱だ。それをテーブルに置き、何かしらの操作をして、箱を開封した。中には複数の紙束やら紙片などが入ってる。
「これが古文書か?」
「はい。ただ、ほとんどは読めません。メモ書きのように書かれた部分しかわかりませんでした」
古文書を取り出し、読み始めるエイプリル。ロビンは期待していた、この少女は非常に博識だと評判だから、もしかしら古文書も読み解いてしまうのではないかと。じっとその様子をうかがっていたが、読み終えた様子のエイプリルは、なんだか「まじか、そうくるか、えー」と呟くように何か言っている。
「何かわかりましたか?」
「端的に言えば、毒だ」
「え」
「目に見えず、臭いもなく、解毒もできない、そんな毒だ。それが山の坑道跡を利用してたくさん隔離貯蓄されている」
「詳しく聞かせてください、なんという名の毒ですか?古文書に書いてあるんですか?」
「書いてある。だが、取り扱えるものじゃないんだ、取り扱いに困ったから封じてある」
「そ、そんな危険なものが。民を避難させなきゃ!」
「落ち着け、今も封は機能してる。そっとしておけば問題はない」
「でも!」
「いいか、中を見ようとして封を破れば、皆が死ぬ。世界が滅びるという警告は脅し文句じゃ無い、本当の事だ。しかし、封を破って中を見ても、それは毒や兵器だとは思えないだろう。円柱形の器に入ってるが、その中にも何重にも被覆してある。中を開いて直接見たって、それが何かなんて、誰にも分らない」
「でも、人が死ぬんですね?」
「ああ。死ぬ」
「それを兵器として利用すれば……」
「世界が滅んで誰が得するんだ?」
「え、でも、例えば敵国に運び込めば、敵を殺せるのでは?」
「そうじゃないんだ。まず運んでいる奴は死ぬ、運ぶ道すがらすれ違っても死ぬ、運よく運び込めても、その土地も死んでしまう。誰も住めなくなる。そんな土地を支配してどうするんだ?」
「そんな恐ろしいものが、この世に存在するのですか……?」
「あったんだ、古い昔の話だ」
「そうですか。でも、きっとその話をきいたら、レオニダス皇帝はなおさら欲しがると思います」
「だろうな、だからオレが処分しておくよ」
(処分?今、自分の口で「取り扱いに困ったから封じてある」って言ったのに?)
そんなロビンの困惑をよそに、行ってくるよ、部屋を出ていこうとするので、あわてて後を追う。そうして、あたかも自分の住まいかと錯覚するほど軽快に堂々と歩いていくエイプリルを、道に迷った客が案内されてるかのようについていくロビン。
◇ ◇ ◇
<ここはヴェールの国、古代遺跡の正面>
二人と、遠巻きに護衛が付き添い、パレスのすぐ裏にある古代遺跡へとやってきた。元々はこの遺跡を守るように建てられた建物であるから、目が届くところにパレスは建てられた。
古代遺跡は、切り立った自然の岩壁に嵌め込まれたかのような、いったい何で出来ているのかわからない人工物が、隙間なく積み上げられた建造物で、入り口には朽ちた大きなトビラがある。警備の兵も常駐させているが、建国以来、他国の侵略を受けておらず、帝国も査察と称してたまに来るだけなので、厳重な警備ではない。
「中に入るんですか?」
「オレは入らない。入ればオレも死ぬ」
「それを聞いて安心しました……、オレは?兵を行かせますか?」
それを聞いていた兵士たちがぎょっとした表情をする。あまりに平和に慣れすぎたのか、兵士の練度が落ちているのかもしれない。せめて表情には出すなとロビンは思う。
「ゴーレムで中を探査して、マーカーを付ける」
言うが早いか、エイプリルの周りから、黒い大きな蜘蛛が湧き出る様に現れては、朽ちたドアの隙間から中に入っていく。何匹も何匹も沸いて来るのだが、非常に気持ち悪い。忌避感がすごい。思わず、エイプリルから距離をとる。
「なんですかあれ!?」
「ゴーレム。走破性を優先するとあの形状が一番なんだよ」
「は?」
「どこでも入っていけるってこと」
「そ、それで、入っていったら、封を破ってしまうんじゃ?」
「短距離転移で壁抜けする」
「なんですその無駄に高性能なゴーレム、しかも呪文を詠唱もせずに召喚……」
そう言いながらも、未だに蜘蛛は沸き続け、中に入っていく。
「どれだけ生み出してるんですか?魔力がつきてしまいますよ?」
「貯蓄されてるパッケージと同数だけ送り込むつもりだ。一万くらいか。魔力は無限だから心配ない」
「魔力が無限!なんで?!」
「なんでと言われてもな、そういうもんだ」
「いや、意味が分からない!」
「お、今までで一番びっくりしてるな、そんなに大げさなことか?」
「あたりまえでしょう!そんなの人じゃなくて化け物じゃないですか!」
「そうだ」
「そう、だ、ってそんな簡単に」
「だからうちの国じゃ、誰も逆らわなくなったのさ」
「……あなたの国の王に同情します」
「しなくていい。おし、ひとまず第一弾だな」
「え、なにを」
急に、地面が横ずれした。布の上に立っていたらそれを急に横に引っ張られたかのように。思わず転びそうになるが、それも一瞬のことで、あとは何事もなく立っていられた。少し遅れて、森の木々から一斉に鳥たちが飛び立ち、動物たちが慌てて叫ぶ喧騒が聞こえる。
「まだ残ってるな」
さらに黒い蜘蛛が湧き出て入っていく、それを何度か繰り返したのち。
「処分は終わったぞ」
「わかるように言ってください」
「この地に封じられた毒は、すべてオレの魔法で処分した」
「は?」
「坑道跡は埋めておいた。別の空間を作ってそれっぽいものを置こう」
「何を言ってるんです?」
「偽物を置いて、それがこの地に封じられたものだったと、そういうことにしよう」
「……理解が追いつきません、そうしたらどうなるんです?」
「つまり、もうここに帝国に渡して危険なものは無い」
「はい」
「二人の結婚の障害がひとつ無くなったということだ」
エイプリルは誰もが見惚れる笑顔でそう宣言した。ロビンは、そうかそれは良かった、と思考停止した。
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ロビン・シャドウブレード。
千年近い歴史を持つヴェールの国の18代王位継承者。古代遺跡の守護者にして、現在は唯一の継承権を守っているが、その実は女性だ。人を遠ざけるために、意図的に異形となった。王宮内でも限られた家臣としか会わず、会議にも参加せず、報告を受け取るのみと、秘密を守るために徹底している。
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<ここは再びヴェールの国、パレス内の執務室>
「やっぱ恋は障害が大きいほど燃えるな!」
「いや、その理屈はおかしい!」
遺跡を後にして、再び執務室に戻ってきた。ドカッとソファに座りながら、「とりなま」と通じないことを言うエイプリル。従者が聞き返すと、なにか飲み物を用意してくれ、ということらしい。
「あとは何が問題だ?」
「もう問題ってなんだろうって混乱してるんです」
「なら、結婚しよう」
「結婚して、どうなるんです?」
「お前は絶世の美少女が手に入る。愛でて良し、役にも立つ、金もあるぞ」
「また自分で言う」
「問題はオレが解決する、金と武力と美貌があれば、解決できないことはない」
「言葉の意味は分からないけどすごい自信」
「お前の気持ちをまだきいてないな、どうなんだ?」
「……」
「好みじゃないか?」
「貴方にそう言える人はこの世にいません」
「お前は?」
「……好みです」
「よし」
「もう一度聞きますけど、こんな醜い私と結婚するんですか?」
「もう一度言うが、かわいい」
「それが一番問題です、かわいいわけないじゃないですか」
「その姿は女だとばれないための偽装だろ?」
「そう、ですけど」
「オレと結婚するならそれが偽装になる。言い寄ってくる奴が居たらオレが追い返す。だから自分が醜いから結婚を躊躇うというのなら、偽装を解け」
「本当に結婚するんですか?」
「おう」
ロビン困惑していた。突然に知らされた情報を処理できないでいた。秘密兵器だと思って怯えていたものは聞いたこともない毒だといい、それもたちどころに処分されたと言う。目の前には口を閉じていたら絶世の美少女で、しかしやる事や言う事がなにもかもめちゃくちゃだ。
過剰な入力に混乱した頭のまま、ロビンは目の前の要求に応じなくてはと思った。こんなにも強く求婚されたことはもちろんない、必要とされた経験もない。それが心地よくて、流されても良いかな、と思えた。ふんっと鼻息荒く気合いを入れて、ロビンは頷いた。
「わかりました、結婚しましょう」
ロビンは決意したわけではないが、今は目の前の少女に従う他にないと思った。ロビンの返事を聞くや否や、エイプリルは、突然に床に身を伏せた。
「あなたと人生をともにしたいです。喜びも悲しみも、全てを分かち合い、お互いを思いやりながら歩んでいきたいです。祖国では厄介者扱いを受けてる私ですが、高め合える存在でいてくれますか?不束者ではありますが、心からあなたを愛しています。どうか私に、あなたと新しい人生を歩む機会を与えてください」
それは結婚の口上らしいと悟り、エイプリルに倣って、ロビンは男として振る舞い、床に片膝を立てて座る。
「……あなたの気持ちは嬉しく思いますが、正直なところ、私自身の気持ちはまだ整理がついていないのが現状です。まだあなたのことを知って一日も経ってません。でも、その短い中で、あなたのぶっきらぼうな優しさには触れた気がします。それが愛情なのか、単なる感謝なのか、自分でもよくわかりません。突然の申し出に戸惑いを隠せません。ですが、あなたと歩む人生はきっと楽しそうです。だから、思い切って、貴方を愛し、愛されるように、全力で挑みます」
二人は結婚を誓い合った。
そして、世界に激震が走った。
まずはエイプリルにこの縁談を持ち込んだはずのアルディア王国の王家は、まさか他国に嫁ぐことになるとは思っておらず、今回の責任を負わすべくリストにヴェールの国を載せた者は誰だと犯人探しをしたが、誰なのかわからない。
ウィリアム・アルディア十世国王は頭を抱えていた。彼女は扱いこそ難しいが、最終兵器のような存在で、国防において非常に当てにしていた。それが他国に渡る。万が一、その強大な力がアルディア王国に向けられたらと考えるとゾッとする。彼女のこれまでの態度から両親を大切にしているのは間違いなく、両親を悲しませることはしない。だから今のところは心配ないが、それは絶対ではない。
他国には行かず、自国内でそこそこの地位の若者と一緒になってくれることを企んでいて、その当て馬として、醜かったり評判の悪い婚約者候補をリストに入れた。ただ誰も知らないうちにそのリストにロビンが含まれたが、まさかそれを選ぶとも思っていなかった。どうにかして、この結婚を阻止して自国に留めようと動き始める。
次にヴァロニア帝国だ。ロビンの推測通り、古代遺跡に封じられている神代の超兵器を手に入れて、この大陸の覇権を狙っていた。しかしヴェールの国は属国だが、それを自由にできるわけではない。周辺国でかわした古い約定をやぶることは出来ない。それは同時に大陸中の国だけでは無く、神をも敵に回すことを意味している。
合法的に手に入れる。そのためには継承者不在が望ましいが、若い女性と結婚したとなると、じきに子供が出来るだろう。それも他国に響き渡る才能豊かなエイプリルの子供だ、末恐ろしい。大陸の覇権どころか、属国からの侵略すら恐れなくてはいけなくなる。何としても、結婚を阻止しようとすることは必然だった。
さらには、これまでエイプリルに魅了された大陸中の貴族たちについても、様々な意味で絶望を味わっていた。彼女を手に入れればすべてが手に入るとまで称された美姫だ。なんとしても自分のものにしたいと息巻いていたのだ。それが、よりにもよって、醜い獣と言われる男の物になる。あの美貌を、醜い男の汚らわしい手が這い廻り、思う存分に味わうのかと想像したら……。そんなことは到底許されない。
渦巻く欲望が一つの大きな流れとなって、小さな国を押し流そうとしていた。
◇ ◇ ◇
<ここはまだまだヴェールの国、パレス内の執務室>
「喧嘩上等」
「意味はよくわかりませんけど、嬉しそう」
「悪人に人権は無い、遠慮無しに広域極大魔法とか致死殲滅魔法とか使っていいよな?」
「だめに決まってるでしょう」
「え、なんで」
「恨みを買うからです」
「喧嘩を買うだけだ」
「……とにかく、ちょっと落ち着いてください」
エイプリルとロビンの結婚を、アルディア王国、ヴェールの国、ヴァロニア帝国に通達して一か月あまり、すでに結婚式は10日後に控えていた。エイプリルは莫大な資産を活用し、教皇を呼び出して結婚を承認させる手はずを整えた。ただし、教皇が到着するのに時間がかかる。エイプリルは自ら迎えに行けば明日にでも可能と主張したが、ロビンが準備期間を求めた。
その間、ヴァロニア帝国が大軍を率いて異例の速度で進軍していることがわかった。他国も多国籍軍を編成し、協力的に動いていた。皇帝の勅命は「結婚式までに間に合うように、着いていけない部隊は捨てろ」というものだった。唯一アルディア王国は反対したが、この大きな流れを止められないと判断し、エイプリルの奪還を名目に従軍することにした。
「戦争になるっていうから結婚相手を探したのに、戦争になったな」
「恐ろしい人ですよ、あなたは」
「いやあ、それほどでも」
「褒めてませんからね?」
「しかし血生臭い結婚式なんか、オレも望むところではないな」
「もちろんですよ、どうするんです?」
「もう自分で考えるのをあきらめてないか?」
「考えるだけ無駄です。小国の王が何かできることじゃないんですよ」
「まあ、いいが。さて、魔法の選択なんだが、どれがいい?」
「魔法でなんとかするんですね。出来れば殺さずに追い返すのでお願いしますよ」
「無限の魂砕き」
「ぜったいころすじゃないですか!魂くだいちゃうの?!」
「薙ぎ払う審判の光」
「敵も味方も何もかも薙ぎ払いそう!」
「宇宙を喰らう混沌の渦」
「何一つわからない言葉!え、なんか食べてる、なんか食べてるよ!?」
「全てを抉る終焉の一撃」
「えぐっちゃ、いや!」
「生命代価を払う切札」
「別の意味で恐ろしい言葉きた、命を対価にしないで!あなた死んじゃうの!?」
「だめか」
「だめとか、だめじゃないではなくて、こわい」
「なんか幼くなってるぞ」
「お願いしますお願いします、もっと現実的なのでお願いします」
「十日間だけ時間稼ぎするか」
「教会が結婚を承認したら、もう覆すことは誰にも出来ないので、諦めてくれたらいいんですが。でも、それが一番現実的です。どうするんです?」
「いくつか思いつくけど、面倒だから、自立行動型の蜘蛛ゴーレムを放って、民に被害を出しそうな馬鹿を見つけたら糸で拘束して放置、ってことにする」
「意外にまともだった!でも、それだと村を襲わない軍はここまできますよね?」
「別にいいだろ。古代遺跡の偽物を渡せば、喜んでもって帰るだろ」
「え、あれですか?あなたが作った意味深な杖」
「いい出来だろ?」
エイプリルが作ったのは「終焉の紋章が輝く杖」。紋章が解き放たれると世界が終わりを迎える、という設定で、この杖の全長は約2mほどあり、しっかりとした手に馴染む太さと重量感がある。杖の軸部分には、太古の守護竜の鱗が用いられており、漆黒に磨き上げられた竜鱗が螺旋状に絡み合っている。杖の先端部分は、黒曜石でできた球体となっている。この球体の中心核には、暗赤色の終焉の紋章が輝きを放っており、7つの扇状の炎紋が渦を巻くように描かれている。この紋章こそが、世界の終わりをもたらす力の源泉となる。
でも、ただの飾りである。
「魔力感度の低い私ですら、膨大な魔力が秘められてるのを感じますからね。あれをみたら、そりゃすごそうだって喜びそうではありますが」
「民には「黒い蜘蛛は味方」と通達してくれ。目印は「赤いリボン」だ。気持ち悪いだろうが、結婚式までの我慢だ」
「民かどうかって、区別できるんですか?」
「すでに歩き回ってマーカーはつけてある」
「マーカー?」
「いいから、そういうもんだと思え」
「……通達しておきます、こういうとき小国で助かりますよ、小回りが利きますから」
そもそもこの国は成り立ちからして、周囲を取り巻く山脈は小さな領土しか残さなかった場所だ。切り立った高い山に囲まれていて、山越えは全く考えなくて良い。唯一の道筋は、谷筋を通ってでしか入れない。他国からの侵略はこの谷筋に沿って侵攻するしかないが、昼でも日が差さないような暗い森の中を、川の源流に近いこともあって巨岩がゴロゴロとした川沿いを、まともに進軍できるわけがない。
地元の人間が他国の町に買い出しに行く時だけ通るような獣道を、帝国軍は侵攻していた。
兵士の士気は最悪である。大義もなく、道中に集落もないので襲撃して略奪もできず、ただただ命令されたままに悪路を重い鎧を着こんだまま、休む間も許されないほどに特急での従軍。昼も夜もなく少しの休止以外は立ち止まることは許されない。遅れれば、捨て置かれる、そう命じられている。
そうまでして辿り着いた先に、その国は小国で軍と呼べるほどの兵士はおらず、そもそも戦いになりはしない。何のためにこんな苦しい行軍をしているのか、そう考えないわけがない。
これほどの大軍が派遣されたのは、複数の勢力が互いに独り占めにすることを許さないとけん制しあい、「傾国の美姫」「神代の秘密兵器」を手に入れるべく、我こそは!と挙って従軍した結果だった。
エイプリル曰く「無駄足だよな、虹の根元に埋まってる宝を探してるみたいだ」と。
結婚式直前の忙しい時にやってきた軍は、全体の一割にも満たず、よせば良いのに行き掛けの駄賃か、苦しい行軍の憂さ晴らしと言わんばかりに、目についた村を襲撃して、蜘蛛のゴーレムの吐き出した粘着性の糸で絡み取られていった。つまり、勝手に自滅したということだ。
これは、エイプリルも意図していなかったのだが、勝手に連鎖が発生した。
途切れなく長く続いている軍の列を、自立型ゴーレムがすべて同一の敵と認識したのだ。端から順に蹂躙していく。軍にしてみれば、先の見通せない遠方から悲鳴と怒号が響き渡り、何事かと思えば、あっという間に黒い何かが無数に迫り、瞬く間に身動きが取れなくなった。まったく指揮系統が機能しておらず、止める声もあらば、聞く耳はあらずのお粗末な結果になった。
そんな中でも教皇は無事に到着して、エイプリルが招いた来賓や少ないながらにも活気のある民に見守られながら、二人は神の前で永遠の愛を誓った。
◇ ◇ ◇
<ここはヴェールの国、パレス内の謁見室>
「古代遺跡に封じられた物を献上せよ、とのお達しだ。渡さなけれーーー」
「お渡ししますよ」
「この国に大軍が押し寄せ、全て滅ぼすと仰せだ」
大軍の中で、ひときわ足が遅くて、蜘蛛のゴーレムから運よく除外されて、無事にここまでたどり着いた帝国の使者は偉そうで愚かだった。蜘蛛のゴーレムが捕らえた兵士は、結婚式のあとでエイプリルが「掃除してくる、邪魔だ」とすべて雑に魔法で送り返した。帝国のどこかにうず高く兵士が積み重ねられた山が出来ていただろう。
王妃となったエイプリルが勤労だったので、帝国の使者は死屍累々の行軍であったことを認識できないまま辿り着いてしまった。こいつ、どこかでサボってたんじゃないかとエイプリルは呟いたが、ロビンにしか聞こえてない。
「お渡ししますよ、勝手に持って行って下さい」
「なんだその物言いは!属国の王如きが!」
「属国やめます」
「は?何を馬鹿なことを!?」
「まあ、貴方じゃ話にならないでしょうから、行きましょうか」
「何を言ってーーー」
<ここはヴァロニア帝国、帝城内の豪華絢爛な謁見の間>
周囲が急に入れ替わり、帝国の使者は周りを見回したが、何が起こったのか理解できてない。エイプリルの魔法で一瞬のうちに転移してきたなど、理解できない。
ヴェールの国の執務室とは比較にもならないほど広大な空間に、多くの人々が壁際にずらりと並んでいて、そこでは今回の大敗の責任追及がなされており、高い位置から見下ろしこちらを睨みつける皇帝レオニダス・ヴァロニウスを見て、ロビンが言った。
「エイプリル、あれも可愛いとか言いませんよね?」
「馬鹿にすんな、あれは燃えるゴミだ」
「さすがに燃やすのは後にして下さい」
周囲の人々は、二人がまるで何事もなかったかのように楽しそうに話し始める様子に、驚きと戸惑いを覚えていた。誰もがその状況を理解できず、不安を感じながらも誰かが説明してくれることを待っていた。突然に人が現れたのだ、帝城でも最も緊張感が漂う場所で、こんな異例の振る舞いが許されることは考えられない。このような異常に対処する準備はできていない、周囲の混乱はますます高まっていった。
「陛下、お久しぶりでございます。私の戴冠式以来のご尊顔を拝見できて喜びでいっぱいでございます。また、突然の訪問をお許し下さいませ。使者殿では不十分でございまして、直接陛下にお願いがございます。恐れ入りますが、我が最愛の王妃が魔法による来訪を急ぎ、その結果として今般の出来事となりました。この失礼な行為により、陛下に深くお詫び申し上げます」
皇帝は黙ってこちらを睨むのみ。傍から宰相が出て来て何やら騒ぎ始めた。
「無礼者が!許可なくも突然現れ....」
「つきましては、まずはご希望の古代遺跡に封じられし秘宝、終焉の紋章が輝く杖をお持ちしましたので、お納めください」
ロビンの合図で、エイプリルが手にしている杖を無造作に投げた。しかし、その杖は謁見の間の床に転がるのではなく、ふわりと宙に浮かび、直立し、神秘的な紫色の火の粉を散らしている。魔力を感じる者は、全てを焼き尽くすような業火を前にしているかのような錯覚を覚えるだろう。
「な、なんてことを!兵器が!起動させたのか?」
宰相は三歩ほど後退り、背後に皇帝がいることを思い出して、その場で転びそうになる。
「いえ、まだ封印状態です。起動方法はこの古文書に書かれているはずです」
ロビンはそう言って、巻かれた紙束を差し出した。宰相の指示に従い、控えていた者がロビンに歩み寄り、それを受け取った。内容はエイプリルが手際よく作ったもので、実際のところは中身はばかげたものだが、古文書と同じ言葉で書かれているようだ。
「そんなことより」
「そんなこと!?まずは何よりも無礼を詫びろ!偉大なる皇帝の御前だぞ」
「属国を辞めます」
「おい!何をしている!無礼者どもを捕らえよ!」
宰相は唾液を飛ばすように立ち並んでいる騎士たちに命じたが、その謁見の間の壁際に並んだ騎士たちは、身動きできないでいた。その背後には、正面からはわからないが、黒く小さな蜘蛛たちがわさわさと動き回り、彼らの体を糸で拘束していた。耳元で蜘蛛が動く音を感じながら、彼らは恐怖に支配されて脂汗を流していた。
「……静まれ」
ずっと黙っていた皇帝が手をかざして制止を促す。宰相は即座に傍に下がっていく。
「醜きロビンよ、属国を止める、と申すか?」
「はい」
「国の体裁さえ維持できないほど脆弱だからこそ、我が庇護を受けていた。それを要らぬと申すのか」
「はい」
「ふん、それを手に入れて、気が大きくなったか?」
皇帝が言うそれとは、エイプリルのことだ。視線を集めたエイプリルは、未だに美少女のフリをして、照れてモジモジとしている偽装をしてる。そんな様子も見る者は魅了され、その隣の醜い太った男に嫉妬の視線を向ける。
「そうですね、私には勿体無いほどの出来た王妃です。彼女を狙っていた人たちには申し訳なく思いますが、すでに私の物ですから」
また皇帝を前にしても仲睦まじい様子を見せつけようとする二人から目をそらし、宙に浮かんだままの杖を見つめて皇帝は言った。
「古代遺跡の秘宝がこの杖だけだと?」
「すでに遺跡の封印は解き、トビラは開け放ってありますから、ご随にお調べになって下さい」
「陛下!すでに持ち出しているやも知れませんぞ!」
宰相が脇から叫んでいる。許可なく口を挟んだことに皇帝は咎めようとしたが、ロビンが追い打ちをかける様に宰相に告げる。
「もしそうだとして、貴方たちは確かめようもないでしょう?ここにいる可憐な王妃の機嫌を損ねたらどうなるか、その身で味わいたいのですか?」
突然、兵士たちが一斉に震え出した。その様子は、彼らの意志ではなく、まるで幼い子供が癇癪を起こして人形を揺さぶるかのようだった。鎧や剣がガチガチと打ち合わされる音が喧しく響き、謁見の間にいた全員が怯え始めた。
「エイプリル」
そうロビンが名を呼ぶと、ピタリと音が鳴り止んだ。
「わかった。貴国と約定は破棄しよう。手続きはこちらが済ませよう。あとで通達だけ送る」
「承知しました、それでは」
二人はまるで幻のようにスッと消え去り、同時に騎士たちが吊るされた糸が切られた操り人形のように崩れ落ち、官僚たちも次々に気を失って床に崩れ落ちた。堰を切ったように、謁見の間から締め出されていた騎士たちが流れ込んできたが、この状況を説明したり指示を出せる者は誰もおらず、何が起こったのかを問うばかりだった。
「あれ程か……」
皇帝は滝のように流れる汗を拭うでもなく、力無く玉座に身を委ねた。
◇ ◇ ◇
<ここはヴェールの国、パレス内の執務室>
「かっこ、よかった、ですわ。まいだーりん」
「どうして美少女のフリをする時は片言ですか?」
「はずかしい、から?」
首を傾げる様はとても可愛らしく、その本性を知るロビンですら、愛たい、抱きしめたい、という衝動にかられる。
「しかし、最後に残った問題は、やはり……」
「女同士では子が産めない、か?」
「ええ、もう帝国の顔色を窺う必要もなく、あるいは守るべき兵器もありませんが、それでも王家存続のためには後継者は必要です」
「なら、簡単なことだ」
「嫌な予感しかしませんが、何か良い案がありましたら教えていただきたい」
「辞めよう」
「は?」
「王を辞めよう」
「へ?」
「王家が国をおさめるのを辞めよう」
「……誰が国をおさめるのですか?貴方が?」
「いや、皆で」
「皆って誰のことを言ってるのです?」
「この国に住む、みんな」
呆れた様子でエイプリルを見るロビン。この王妃が突飛もないことを言い出すのは、短い付き合いではあるが嫌ほど身にしみている。でも、今回のは全く理解できないし、馬鹿げてるとしか思えない。
「しようがねぇな、順に行くか?」
「ええ、是非に」
「まずこの国の成り立ちは、古代遺跡に封じられた物を守る一族が王になった。神に選ばれたわけでもなく、戦争で奪い取ったわけでもない。英雄でもなければ優秀な貴族だったわけでもない。ただの役職に王冠を被せた」
「……はい」
「さて、その役目は終わった。封じた物は処分した。古代遺跡も開け放った。帝国の後ろ盾もない」
エイプリルはロビンをじっと見つめ、理解が追いつくのを待つ。徐々にその瞳には理解の色が見えてきた。
「わかったか?この国には、もう王は必要ない。ただの遺跡の警備係だったが、それもクビになった」
「け、けい……」
「勘違いするな、オレが言ってるのは王が無能だって話じゃないのさ。王国が存続するために、王族の威光が重要だ。それは象徴であり、歴史的な価値を持ち、民に統一感や安定を提供するに足る力が必要だ」
ロビンは「力が必要」という部分だけどうにか理解して納得した。エイプリルほどの力があれば、の話だ。確かに今の状況は彼女の力なしには成し得なかったし、この後も国を守るのはエイプリルという今や誰もが知る"抑止力"のおかげだ。
「わかっています、もうあなた無しでは……」
「そうじゃない。王の威光、つまりおまえの身の振り方の話をしてる」
「私の威光など、すでに失墜しています」
「失墜というと情け無いが、転換をしよう、と言ってるんだ」
「てんかん?」
「オレが最初に言っただろ、発想の転換。王法を変えたらどうだと言ったら、お前はなんと言った?」
「簡単に変えてしまえば、王家の権威と正統性も揺らぎ、ついには失墜して……」
「王家の権威はすでに失墜した。だから王法も変え時だ」
「……」
「すぐに納得できないのもわかる。ともかく話し合ってみたらどうだ?」
「はい」
ロビンは王宮内の幹部を集めて、話し合いの場を持つことにした。エイプリルは「ちょっと工事してくる」と言い残して出かけた。
◇ ◇ ◇
<ここはヴェールの国、パレス内の会議室>
ロビンは誰よりも先に会議室に入り、最も上座に座り、皆が集まるのを待つ。次々に会議室に集まってくる幹部たちが、一様に驚きながらも席につく様子を眺めながら、全く別のことを考えていた。
エイプリルから言われた「遺跡の警備係」という言葉に、ロビンは強いショックを受けていた。女に生まれたが男のなりをして、女性を遠ざけるために太り、髪を引き抜き、歯を食いしばって必死に守ってきた「王族としての矜持」が、ロビンの中で音を立てて瓦解した。あの可愛らしい"傾国の美姫"が全て壊した。
でも。
「しかし、気が楽になりましたな」
そう言うのは国の重鎮だ。ロビンの出生からずっと秘密を守ってくれていた一人。思考を中断して、どういう意味だ?と思い、ロビンは見つめた。
「もう世界が滅びることはなく、我が国は建国以来の枷から解放されて自由になった」
「確かに。その上で侵略までされたと言うのに、何も失ってない」
「民は自由に街に移動できるようになったので、生活が楽になったと喜んでましたぞ」
口々に発言する幹部たちの話を、ロビンは聞き流していたが、ひとつ聞き捨てできないことがあった。
「自由に街に?」
「はい、王妃が作った移動門です、王が民に解放しろとの仰せだと王妃が……」
「聞いてません!」
「アルディア王国の王都エルミアにある、ルーシュ侯爵家邸宅のお庭と魔法でつないだ、と王妃は申しておりました。まあ、不思議なものですよ、その門を潜るとアルディア王国に着くのです」
「え、いつから?」
「結婚式の準備をしてる時ですな、その門を通ってご訪問されたルーシュ侯爵と夫人を出迎えました」
(いつの間に!そう言えば、ルーシュ侯爵に御挨拶したとき、遠方からの御訪問を感謝したら、愛しの娘が魔法でなんとかしたって!それか!)
「王妃様は素晴らしい方です。民に寄り添い、何か困ってないかと聞いて回っておられる。病気の子がいたらすぐに駆けつけて治してくださり、食べるに困っているというと食料をご用意頂いて、さらには農作の指導までしていただいているとのこと」
(いつの間に!そう言えば、工事に行って来るって、今思えば、何!?)
「誰か、今日の王妃の予定を知っていますか?」
「はい、お聞きしております。育ててみたい作物があるとの仰せで、その作物のための田には常に水を満たす必要があるので、水路を作って来ると」
(何やってんの!?水で満たした田で育てる作物って何?!)
「まあ、あのお方にお任せしておけば、安心ですぞ。民もあのお方をお慕いしておりまして、今やあの方が原動力となり、国は一つにまとまったと思えますな」
任せれば安心……、民が一つに……、それはエイプリルが言った王に求められることだとロビンは思い至った。民に統一感や安定を提供するに足る力が必要だと。
「私より王様してるじゃないですか……」
「陛下、王妃様はなんとおっしゃったのですか?」
「え?」
「陛下は王妃様の仰ったことで気落ちされておいでだ、私たちにもその責の一端はあるのではないかと」
ロビンはエイプリルの言ったことを皆に話した。
「……そして、遺跡の警備係もクビになったのだからと」
それを聞いて一斉に笑い始める一同。キョトンとするロビン。
「なるほど!遺跡の警備係は良い表現ですな!」
「さすがは王妃様だ、見事に言い当てておいでだ」
「それもクビになった、これで安心ですな」
「あの、皆はいったい何を言ってるですか?下手したら王族を侮蔑したと咎められる発言では……」
ロビンだけがオロオロと周りを見回した。すると一斉に皆が笑いを止めて真剣な顔になり、皆がロビンを見つめた。
「陛下、では無礼を承知で申し上げたい」
「言ってください。何を言われても、咎めません」
「陛下は、何をされましたか?」
「へ?」
「陛下がお生まれになってこれまでずっとお世話してきました。だから私は知っています。陛下がなされていたことを、全て存じ上げていると自負しております」
「ええ、そうでしょう」
「その私が断言します。陛下は何もされていない」
「は?」
「陛下は女性であることが明るみに出るのを恐れて、誰にもお会いになってません。お会いになるのは、帝国からの使者か、婚約者候補となる令嬢だけ」
「国政の報告も書類でとのお達しでしたからな、こうして会議に出られたのは初めてですね。恥ずかしながら、私は初めてお目通が叶い、感動していますぞ」
「その報告もすでに決定したことをご報告するだけですからな」
「ま、待って、私は何もしてなかった、の?」
「はい」
頭が真っ白になった。今まで頑張ってきたつもりが、何の役にも立ってなかった。それどころか……。
「もしかして、私の秘密を皆は……」
「存じ上げております。昨日今日の話ではなく、この国では知らぬものはおりませんな」
「ああ、いや、おりましたな、帝国から派遣されてきた兵士たちにはもちろん知らせてはいませんぞ、それも王妃様が全て叩き出しましたからな!」
「王妃様が謁見の間で見事にこの国の者以外を叩き伏せた時は、正直言って胸の空く思いでしたな!」
「思えばあの時からこうなることを王妃様は見通していらしたのかもしれん」
ロビンは出来ればこのまま気を失い、目が覚めたら何もかも無かったことにならないかと、本気で考え始めた。
「私は不要なのですね、女に生まれた時から……」
「それは違いますな」
「いらないでしょう!男に生まれてれば良かった!王としては役立たず!女同士で結婚したから子供も作れない!挙句に女だってことを必死で隠すためこんな醜い姿にまでなったのにそれも無駄!いいわ!あなたたちも影で笑っていたんでしょ!ええ!安心して!それを咎めたりしない!私だったそうするわ!馬鹿だもの!滑稽だわ!もう私は王を辞める!それでいいんでしょう!好きにすればいい!」
そう言い残して、ロビンは会議室を飛び出して行った。
◇ ◇ ◇
<ここはヴェールの国、古代遺跡内の新設された空間>
「話し合いをしてたんじゃないのか?」
王宮を飛び出したは良いが、行くも当てもないロビンは、古代遺跡へとやってきた。すでに警備は解除しているので、誰もいない。そこにはエイプリルが作った空間だけがある。非常に不思議な空間で、山を真四角にくり抜いてあり、壁も床も天井も透き通るような白色でうっすらと光っている。
その中央にうずくまっていたロビンに、エイプリルが近づき、床に座って何かをことりと置いたのを感じ、ロビンは身を起こした。良い香りのする液体がティーカップを満たしていた。
「ハーブティーだ、飲むと落ち着くぞ」
そう言って、エイプリルもティーカップを持ち、ずずずっと音を立てて飲み始める。急に喉乾きを感じ、ロビンもそっとティーカップを持ち、口を近づけると、ふわっと良い香りで鼻腔が満たされた。そのまましばし、香りを楽しみ、そして口をつけた。冷えた体の中を暖かな物が満たしていく。
「美味しい」
「ああ」
しばし、ハーブティーを飲む音だけが、不思議空間に響く。そして、ロビンが小さな声で言った。
「私はどうすればいいの?」
「出来ることをする」
「何もできないよ。何か出来てるつもりだったけど、空回りしてたみたい」
「昨日までの事じゃない、明日からの事だ」
「同じだよ、何も出来ない、貴方が全部してくれた。これからもきっと貴方に頼りっきりだよ」
「オレはそう言ったぞ」
「……全て任せろ、幸せしてやる、だっけ」
「そうだ」
「あはは、ほんとだ、ほんとに何もかもお見通し」
「おまえは何と答えた?」
「なんて言ったかな」
「覚えてないのか?よし、じゃ、再現しよう」
ティーカップを床に置き、エイプリルが頭を下げて身を伏せた。
「あなたと人生をともにしたいです。喜びも悲しみも、全てを分かち合い、お互いを思いやりながら歩んでいきたいです。不束者ではありますが、心からあなたを愛しています。どうか私に、あなたと新しい人生を歩む機会を与えてください」
それを聞いて、ロビンもエイプリルに倣って、床に片膝を立てて座る。
「……私の気持ちはまだ整理がつかない、それどころがぐちゃぐちゃですね。でも、あなたのことを知って、あなたが本当にすごい人だとわかりました。あなたと歩む人生は間違いなく楽しい。だから、貴方を愛し、愛されるように、全力でーー」
エイプリルがガバッと起き上がると、ロビンに飛びつくように抱きしめた。いや、その体格差から、ロビンの大きな体に少女がしがみついた、が正しいか。びっくりしたロビンだが、エイプリルの背中に手を回して抱き寄せる。
「お前を悩ませる問題はオレが解決してやる」
「そう言ってましたね」
「だからオレを愛してくれ」
「……はい」
「それから、この国を愛し、民を愛せ。出来るか?」
「もちろんです、私はこの国が大好きです」
「そして愛されるようになれ」
「あなたにも、民にもですね」
「そうだ。それで十分だ」
「それで、良いんですか?」
「ああ、それが一番大切な事。他の細かいことは皆で考えよう。皆でしよう」
「……皆に酷いことを言ってしまいました」
「大丈夫さ、いままで支えてくれた連中だぞ。少々のことなんか気にしちゃいない」
「やっぱり、私よりあなたの方が王様みたい」
「この国に王は必要ない、必要なのは共に生きる仲間だ」
「そんな国、聞いたことないです」
「でも、うまくいきそうだろ?」
「貴方となら何でも出来そうです」
「任せろ。とりま、飯でも食うか。久しぶりにカレーライスが食いたくなったから、作ろう」
「何ですか、カレーライスって。いやそもそも作るって料理出来るんですか?」
「食べればわかる、皆で飯食いながら話し合おう」
「もう何でも良いです、びっくりするのも慣れてきました」
「まだまだこんなものじゃないさ、覚悟しとけ」
「お手柔らかにお願いします」
二人は見つめ合い、そして口付けを交わした。
◇ ◇ ◇
二人は答え合わせをしました。
「あなたは何者ですか?」
「ただの美少女だ」
「まるで壮年の男性のように感じることがあります」
「当たらずとも遠からずだな」
「どういうことですか?」
「オレには前世の記憶がある、異世界に来たと思ってたら、遠い未来だったらしい」
「前世って、生まれ変わり、ということですか?異世界?」
「転生とも言う。前は男だった」
「なるほど、それでわかりました。だからあんなに色んなことを知ってるんですね」
「いや、ほとんどはこの世で勉強したことだぞ。前世の記憶があると言っても、それは夢の内容みたいなもので、目が覚めたらほとんど覚えてないんだ」
「やはりあなたはすごいですね」
「古代遺跡の中にあった毒は、結局は詳しく教えてもらえてません」
「ああ、あれは核廃棄物だ」
「かく?」
「わかりやすく毒に喩えたが、毒というより矢に近い。目に見えない何もかも貫通する矢を無数に打ち出し続けている石だ」
「石?」
「そうだ、その矢を人が受けたら目に見えず気が付かないような小さな怪我を無数に負う。たくさん受けるほど酷くなる。そして死んでしまう。その怪我は治すことが出来ない。たいていのものは貫通してしまうから特別な器に入れて、分厚い岩盤をくり抜いた坑道を利用して、その中に封じた」
「どうしてそんなものを作ったんですか?」
「さて、どうして何だろうな」
「結婚披露宴をしよう」
「なんですそれは、いや、意味はなんとなくわかりますけど」
「結婚式はドタバタで、儀式をしただけでおわったからな。宴会をしなきゃ!」
「二人を披露するパーティってことですね?」
「そうともいう」
「この格好で人前に出るのはまだちょっと……」
「だったらさっさと痩せろ。たるんだ皮膚は魔法で治すから」
「魔法で簡単に痩せられないんですか?」
「おすすめはしない。内臓や細胞組織にストレスをかけて損傷しやすくなるし、脳がばぐる」
「ばぐる?」
「体だけ勝手に変化させたら、頭が混乱して、たいてい元に戻そうとして、また太る」
「また魔法で戻したらいいじゃないですか」
「それを繰り返すと、内臓が持たない」
「それも魔法で治せば」
「諦めて痩せろ!魔法じゃだめだ!」
「こんなに大変だと思わなかったんですよ!」
<ここはヴェールの国、元王と元王妃が、仲睦まじく住まう国>
核廃棄物貯蔵庫であることを示す永続的な表示は難しい、って話を聞いて書き始めました。