狩り
ユーリと屋敷へ戻ると、なぜか使用人たちが一斉に出迎えてくれた。
かなりの歓迎ムードにちょっと戸惑う。ここに使用人たちは皆、愛想のいいタイプではなく、こつこつと自分に割り振り当てられた職務を遂行している者達ばかりだったからだ。
ユーリとともにサンルームに押し込まれ、世話を焼かれ、じっと立っていられそうな勢いだったので「もういいわ、ありがとう」と言って追い出した。
なぜかとても、残念そうだったのはどうしてだろう。
「グレースに一目置いたんじゃないかな」
私の戸惑いを見透かしたユーリがくすくすと笑う。
「どうしてよ」
「ここの人たちはあれでしょ、訓練候補生。しかもかなり成績上位者」
「そのようね」
彼らがカリキュラムを終えれば、父のもとについて毎日鍛錬を繰り返し、そうして国外へと派遣されていく。うまく行けば、そこらへんの貴族と婚姻関係を結べて一族玉の輿も夢ではない。つまりここには強さへの自信と野心がある者しかいない、ということになる。
「きっと君たち夫婦の手合わせをこっそり見ていたんだよ」
「なんだか複雑ね」
フィナンシェを摘み、一口食べる。
料理人達だけは本物のようで、ありがたい。
「それにしても彼」
ユーリがカップを持つ。
所作が全て鍛えられた美しさが滲んでいて、妙に懐かしい。
「噂に聞く以上の獰猛さだね」
「そう思う?」
「普通だったら、女性に向けてあんな剣は振るわない。いくら先生に鍛え上げられているグレース相手だとしても、あそこまでリミッターを外すなんて、やろうとしてもできないよ。そもそも、グレースの剣の腕前を知らなかったんだろう、彼」
もしかして怒っているのだろうか。
私がくすくすと笑って顔をのぞき込むと、ユーリは憤慨した顔をして見せた。相変わらず可愛い。
「心配ありがとう」
「グレースが暗器をしまえって言うから手が出せなかったじゃないか」
「大丈夫。あれでいて、理性はある人なのよ」
「あれで?!」
「そう、あれで。私が一撃目にいなしたのをしっかり見極めて、手加減していたもの」
「あれが、手加減……」
「ね、憎らしいわよね」
「いや、恐ろしいよ」
そんなことを言ったって、暗器を使わせれば誰よりも強い人がなにを言っているんだろう。
正面からの手合わせは苦手だが、ユーリはその穏やかな顔で警戒心を解かせるのが異様にうまく、暗殺者向きなのだ。こんなに紳士然としているのに、もったいない。
「あーあ」
ユーリがテーブルの上で手を組む。
「グレースに相手にしてもらえるなんて羨ましい。僕も久しぶりに手合わせお願いしようかな」
「ごめんなさい、だめなの」
「だめ?」
「夫と約束をしてしまったわ。今後は彼とだけ手合わせをする、と」
「わあ」
手をぱっと広げたユーリは、目を丸くしていた。
「うまくいってるんだ?」
「うまく?」
私が聞き返すと、なぜかほんのりと頬を染めてもごもごと言う。
「いや、なんでもない」
「ふうん?」
「でもまあ、酷い扱いをされていないならよかった」
「それは大丈夫。私が勝ち続ける限り、手は一切出せないから」
少しだけせき込み、ユーリは「う、うん、そっか。そうらしいね」とだけ返事をする。
私は庭を見ながら、呟いた。
先ほどまで剣を振るっていた庭だ。
「……おじいさまとよく似ているわ」
「彼が?」
「ええ」
「同じように、外から来たからかな?」
「でしょうね。森で暮らしてきた獣の様よ。それにしてはずいぶん気位が高い。孤高で、妙に純真で、子供みたい。おじいさまもそうだったでしょう。なのにいつも何かに飢えていた」
私がぼんやり言うと、ユーリも懐かしそうに頷いた。
「いつもここにいるのに、いないような人だったよね。ふっと風が吹いて振り返るといなくなってるんじゃないかって、よく思ったのを思い出すよ。新しいものや勝負事には目がなくて、そんなときは本当に……僕らより子供のようだった。勝つまで続けるから疲れてさ。でも手抜きをすると」
「ものすごい静かに怒られたわ」
懐かしくて、二人で笑う。
「本当によく似てるの。まだ少し、無邪気だけど」
「グレースはさ、先生に好かれてたよね」
「孫娘一人だけだったからだわ」
「ううん、似たものを感じいてたんだと思うよ。グレースも先生にどこか似てた。きっとあの彼も、そうなんだと思う」
「どういうこと?」
「似たもの同士は惹かれ合うってこと」
ユーリが優しく微笑む。
「よかった。夫婦仲は悪くないようで安心した。グレースが泣いていたらどうしようかと」
「どうするの?」
「葬るよ」
「ふふ」
「きっと彼はグレースに夢中なんだろうね。よかった、愛のない結婚じゃなくて」
「なにを言ってるの」
思わずびっくりしてカップを落としそうになった。
ソーサーにそうっと置く。ユーリがじいっと私を見ている。どうしてそんな目で、と聞きたいが、今は否定をするのが先だ。
「愛のない結婚よ」
「……そうは見えなかったけど? グレース、楽しそうだったし」
「剣が好きなだけよ。知ってるでしょう」
「知ってるけど、なんだか甲斐甲斐しかったし」
「すごく子供のような人なの」
「ふーーーん?」
なぜ問いつめられているんだろう。
しかもどこか楽しそうだ。
つまり、からかわれている。
私が軽く睨むと、ユーリは「ごめんごめん」と謝る気のないふわりとした声で言った。私はため息を吐いてみせる。
「あの人が、私のことを気に入っているのはそうだろうけど、違うのよ」
違う。
私の言葉に、ユーリは首を傾げた。
「どう違うの」
「夫と妻ではないわ。簡単に例えると、空腹ではない猛獣と、その敷地内に放り込まれた小動物よ。しばらく観察して、時折遊んで反応を楽しんで、つまらなくなるまでは優しくしてみたりするの」
うん。的確だわ。
彼は私を見定めている。
喰い殺すのか、そのまま放っておくのか、いわば、狩りをしているのだ。