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剣と駆け引き


 めちゃくちゃな力の振るいかただった。

 切るというよりは、打つ、打つ、打ち込んでくる。

 真剣でこんな勢いでやられたときには、相手は恐れをなして、またはその力の強い打撃に手が痺れて動けなくなるだろう。人を殺すことにためらいのない相手では、常識を持った人間はもうそれだけで敗者だ。


 全ての打撃を左右の剣でいなしながら、ふらふらと下がってはターンをし、避け続ける。


「勘違いって、なにかしら」


 思わず呟くと、切り込んでくる彼がふと目を正気に戻した。

 それでも手は緩めてこないので、右わき腹に打ち込まれそうになった剣を、左の剣ですくい上げてかわす。ぐいん、と彼の腕が上に弧を描いて飛んでいく。

 彼は私を見下ろして剣を振りながら返事をしてきた。


「……おしゃべりをする余裕が?」

「ええ、まあ、気になって。私、何か勘違いをしています?」


 くるりと右の剣で跳ね、次の打撃も左の剣でくるりと巻き込んで無効化させ、それでもなおしつこく繰り出される剣筋を見極めながらいなしていく。


「ああ、勘違いをしている。俺はいつも手抜きをしていると思っているんだろう?」


 呼吸の乱れはない。

 十分自分の身体を律した上で、凶暴な力の振るい方をしているのだとしたらタチが悪い。


「思っています。本当はその気はないのだと。違うの?」

「それが勘違いだ。いつも勝つ気でいる」

「……それは」


 初夜を望んでいる、ということだろうか。


「困ります」

「だろうな」

「理由を伺っても?」


 早く私を追い出したいのだろうか。それとも子供でも作ってしまえば立場が安泰だと思っているのだろうか。まあ、そうだけど。


「理由を? 聞くのか?」


 暢気な声にしては足下に容赦なく剣が伸びてくる。

 ひらりと飛んでかわして、さらに上からの追撃を身を低くして避けて腹部を切るように剣を伸ばす。

 さっと無駄なく最小限の力で避けられた。


「ええ。是非。ああ、もしかして負けるのはお嫌いですか」

「嫌いだが、そうじゃない。君は嫌なのか」

「負けることですか? 別に嫌ではありませんよ。勝負とは勝者と敗者が明確に決まるものですもの。嫌がっていては、そもそも勝負などできませんっ、と」


 大きく振りかぶった瞬間、素早くターンして回転力で一気に近づき、左の剣でガードしながら打ち込む。

 再び剣先1ミリだけ避けられる。

 やはり、その避け方に既視感があった。


「いや、勝ち負けが嫌かどうかではなく」

「?」

「初夜の相手が俺では嫌なのか、と聞いてるんだが」

「まあ、そうでしたか」


 見物人の一人に聞こえたのか、一瞬せき込んだ声が聞こえた気がする。

 お互い剣の勢いは緩めないまま、彼が聞いてきた。


「で、どうなんだ」

「そうですねえ」

「正直に」

「正直に申しますと、考えたことがありません」

「追い出したりしない、と言ってもか」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ。君を追い出したりしない」

「そうですか……」


 なにやら甘い声で言ってくるが、それでも的確にレプリカの剣で重みのある攻撃を繰り出してくるので、ゆらゆらと避け、いなしながら考える。

 彼は不思議そうに聞いてきた。


「好いた相手とじゃなければ、とかではないのか?」

「うーん、考えたことがないですね。私はいつか政略結婚を迫られることは覚悟していましたので、好きだのなんだのは不必要でしたから。ただ、私より弱い男には捧げられない。それだけかしら」


 本当はそんなことも考えたことはなかったが、この男に押し倒されたとき、その思いが口をついて出た。きっと心の奥底では政略結婚など不条理だと憤っていたのかもしれない。

 だからといって、恋などしたことはなかったのだけど。


「なるほど。では俺は単純に君に勝たなければならないってことか」

「そうなりますね。でも、本当に手を抜いてなかったのですか?」


 怪しい。

 そうやって睨み上げて切っ先を避けると、彼は私を見下ろしてにやりと笑うと追撃を繰り出してきた。

 もちろん横にいなす。

 なんだか腹が立ってきた。


「わかりました。今夜の勝負はこれにしましょう」

「ほう。それは勝つという宣言か?」


 当たり前でしょう。

 足に力を込める。

 先ほどよりも気合いを入れて避け、いなし、無効化させていく。

 黙々と打ち込み始めた私に、夫はさらに剣筋に磨きをかけて繰り出してくる。


 容赦がない。と言っても、本番ではない上に女相手なので「手加減」はしているだろう。

 ただ、妻相手にしては容赦がないのだ。顔に当てないように、とか、痣を作らないように、骨を折らないように、という遠慮は全くない。当然のように勢いよく振りかざされるし、確実にしとめようとしてくる。打撃のような攻撃も重い。これでは、まだ実践練習などさせてもらえなくて当然だ。

 殺さないようにしているだけで、その手前までは問題ない、と思っている相手と、誰が手合わせなど請け負ってくれるだろう。


 これを、ドージアズが派遣する「ボディーガード」に仕上げるには相当の時間が必要かもしれない。今は表だって戦争もないし、この国に必要とされているのは人を殺す為の剣ではなく、人を守るための剣だ。


 まあ、強ければなんでもいいのだけど、節度は必要だわ。


 祖父からひたすらに「避ける」「いなす」「無効化させる」ことを叩き込まれたことを感謝したくなった。

 そして、相手の隙をつく、私にふさわしい一撃を教えてくれたことを。



 剣を弾いた後、ふとがくんと膝が折れる。

 ヒールで左足をひねった。

 その瞬間を見逃さなかった彼は、ぎらりとした目で振りかぶってきた。


 すぐさま左の剣で頭上をガードし、視線を外している間に、膝が折れた低い体制のまま右足に軸に集中させ、右の剣を横に倒したまま芝の上を滑らせる。

 そのまま、彼の足下へ。

 両足の間まできた瞬間に剣を縦に起こし、上へ素早く打ち上げる。



 彼がびしりと硬直した。



 頭上で左の剣に彼の剣が当たる直前に止められる。

 左の剣でそれを優しく払って、彼を見上げてにっこりと笑いかけた。


「私の勝ちで、よろしいかしら」

「……身体が真っ二つにされそうだ。すぐに退けてくれると助かる」

「つまり?」

「君の勝ちだ」


 彼の足の間で、いわゆる「大事なところ」を切り裂く寸前で止まっている剣をゆっくりと引き抜く。


 ふとユーリの視線に気づけば、なぜか顔面蒼白で震えて「そこはだめだよ……」と呟く声が聞こえたのだった。



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