勝負の行方
「お帰りなさいませ! グレース様!」
日が暮れる前に屋敷へ帰りついて早々、アンナから驚くほど熱烈な抱擁を受けた。
ふらりと後ろへよろけ、彼に背をトンと支えられる。思わず後ろを見ると、彼も目を丸くしてアンナを見ていた。
彼の家族にも見送られて森からララガへ戻り、残っていた三人と合流してミドへ。また違う宿で一泊した後、ドージアズに戻ってきた。
たった二日ほどの間に何かあったのかしら。
「アンナ?」
「待っていました! グレース様をずっと待っていました!!」
「……確実に何かあったのね」
「お嬢様、あれが原因では?」
屋敷まで送るのが仕事だと、馬車を出してくれたジェイが付き添ってくれていたのだが、呆れたように指さした先にはユーリがいて、優雅にこちらに歩いてきている。
「キリ、ここはお前の屋敷では?」
「そのはずなんですけどね」
ジェイと彼がぼそぼそと背後で呟く。
あの森を出てからと言うもの、二人の距離は急速に縮まっていた。彼はジェイからの信頼を勝ち取ったのだ。帰りの隊列の中では二人がよく喋っていて、それにリックがにぎやかに加わり、私やマイクやリースはそれを聞いて時折笑ったりと、帰りはなんだか遠足のような気軽さで楽しく帰ってきた。
リックに至っては別れ際に「また皆で遊びに行きましょうねー」と軽やかに言っていて、あらこれは本当に実現しそうだわ、と思えたほどに、和やかな「視察という名の新婚旅行」から「気心の知れた者との旅行」に変わっていた。
私のしがみついたままのアンナを、取り敢えず話を聞くために引き離そうとするが、全く剥がれそうにない。
ユーリの近づく足音がすると、ぎゅうっとさらに力が強まった。
確実に、二人に何かあったらしい。
「……ユーリ、あなたどうしてここにいるの?」
「今日君が帰ってくるから、と朝からアンナと戻ってきたんだよ。出迎えをしようと思ってね」
「私一人で帰るって言ったじゃない!」
これはめずらしい。
アンナは物心つく前から私たちには敬語であったのに、相当怒っているようだ
。
考えられるのは、アンナを久し振りに独占できたユーリが気持ちをセーブできずに限界まで甘やかした結果、アンナの許容量を大きく越えたというところだろうか。私たちに一線引かなければ、と幼い頃から思ってきた彼女がここまで取り乱しているのだから、相当に甘い言葉でも囁いたに違いない。
「ユーリ。やりすぎよ」
「なにもしてないよ?」
「追いつめては駄目じゃないの。加減をできないのならここに足を踏み入れることを禁止にするわ」
「賛成だ」
彼が即座に頷く。
反省の色が全くないユーリは、ジェイを見て怒られると表情を読んだのか、すぐさま両手をあげた。
「わかったよ。怒らないで。僕はこれで帰るから」
「……」
「それじゃあ、また。愛してるよ、アンナ」
「!」
ぎゅっとアンナがしがみつく。
呆れた私が睨むと、ユーリは気にすることもなくにこにこと笑って颯爽とその場を後にした。
「ユーリは……本当にもう」
「あの人はいい性格をしていますから、これから大変ですね」
ジェイがアンナに言う。
労っているのか労っていないのかわからない言葉だが、その通りなのがなんとも言えない。
「では、お嬢様、報告もあるのでこれで失礼します」
「ええ。ご苦労様。ありがとう」
「また、友人として遊びに来ても?」
「もちろんよ。ねえ、キリ様」
「是非どうぞ」
明らかに好意的でない「どうぞ」を聞いて楽しげに肩を揺らしたジェイは、彼に「お疲れ」とだけ言うと、夕暮れの中を帰って行った。行き先はユーリと同じ場所なのだろう。
私はアンナの背中を叩く。
「さ。帰ったわよ。大変だったわね」
「大変でした。ユーリ様がずっとあの調子で」
「あの調子?」
「……なにを話しても最後にあれを必ずつけてくるんです」
「まあ」
すべてにおいて「アンナ愛してるよ」をつけられた二日間だったらしく、それは確かにダメージが大きかったことだろう。よろよろと私から離れたアンナは顔を真っ赤にして「抱きついてすみません」と呟く。
ユーリがいないことを確認すれば、一度両手で顔を叩き、きりっとした顔に戻った。
「無理しなくてもいいのよ」
「いえ。あれがいないなら平気です。お帰りなさいませ、旦那様」
「ありがとう。無理しなくていいが」
「お気遣いありがとうございます。お二人ともお疲れでしょう、身体に優しい夕食を準備しておりますので、用意をなさって来て下さい。荷物は私が預かりますね!」
そう言うと、アンナは生き生きと使用人の仕事に勤しみ始めた。二人分のマントや荷物を持ち、さあっと消える。
「大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。考えずにいつもと同じことをしている方が気が紛れるのでしょう」
「少しわかる気がするな」
「身に覚えが?」
「もちろんある」
自虐気味に言う彼は、私を見て笑う。
笑い返すと、嬉しそうに目を細めてくれた。
これくらいでもとても満たされるのに、ユーリは振り切った瞬間に全力を出しすぎだわ。きっとアンナとの結婚への障害をすべてクリアにして、迎える準備が整ったのだろうけどーー
「愛の言葉も使いすぎては毒よね」
「そうなのか」
思わず声に出ていたらしい。
彼はびっくりしたように私に「毒なのか」ともう一度聞く。
「アンナには、ですよ。私には毒にはなりそうもありませんが」
「それはよかった」
「まあ。言う予定でもあるのですか。誰にかしら」
「もちろん君だ」
「ふふ」
帰ってきた。
私たちの家へ。
そう思った瞬間、ふと空と湖が輝くあの場所が頭に浮かんだ。
また、あの場所へ行きたい。
帰り際に親愛のハグをくれた義姉の優しさや、彼を思う人たちとたくさん話をしてみたい。
ふと、あの丘の上に立っている祖父の姿が見えたような気がした。
会えたか、と私に聞いているように笑っている。
私は答える。
会えたわ。
私が愛せる人に。
「キリ様、愛しています」
私が言うと、彼は盛大に眉をしかめた。
「ずるくないか。俺が先に言う流れだっただろう」
「あら、何事も勝負よ。ずるいもなにもありません」
「ほお」
「私はいつも負けません。ということで」
私は彼に手を差し出す。
「今夜の勝負はなににしますか?」
「任せるよ」
「では、私が勝ったら、今夜、初夜を迎えましょう」
「……なあ、卑怯だぞ」
「手加減は許しません」
「ずるい」
「楽しいでしょう?」
手を握り返してきた彼は、ふと柔らかく笑った。
そっと屈み、耳元で囁く。
私を喜ばせ、幸せにする優しい言葉を、惜しげもなく。
あまりにも嬉しくて、近かったその頬に唇を寄せれば、再び彼は険しい表情を作って、それから甘く笑って私を許した。
本当はずっと負け続けている気がしないでもないが、私は懲りずに勝負を仕掛け続けるだろう。
勝っても負けても、一生幸せでいられるような気がした。
もちろん、本気で勝ちを取りに行くけれど。
完
読んでくださり、ありがとうございます。
途中更新できない日が続いたにも関わらず、こうして最後まで書けたのは、読んでくださる方や、ブックマーク、いいねや評価をありがたいことに頂けたおかげでした。
本当に感謝してもしきれません。
一話目を勢いで書いたので、さてどうしよう、だらだらしてないかな、と右往左往していたのですがPVひとつがとても励みになりました。ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。
藤谷




