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恋は複雑



 広がり始めた朝日とともに目覚めるのは、決まって彼の起床の気配を感じるからだ。


 彼が身体を起こしたときに意識は浮上するのだが、私はその気配を感じながら目を瞑ってそれに耳をそばだてる。ベッドのきしむ音の後に、一度深く呼吸をして、窓の外を眺めている微かな空気が広がっていく。

 彼がいなかった一ヶ月半には感じられなかったちょっとした幸福のなかで、いつも五分ほど息を潜めてから起きていた。


 以前は私は夜中だと言い、彼は朝だと言い切った時間よりも遅いのは、彼の気遣いなのだろう。

 ふと、ぎしりとベッドか軋んだ。


 ……なにかしら。


 違和感を覚えたのは、私のすぐ隣が沈んだ感覚がしたからだった。

 いつもはしばらくするとベッドを降りるのに、どうしてか私に近づいている気がする。 



 そして、頬にそうっと何かが触れた。

 かたい指の腹が、本当にそっと。

 躊躇っているのか、一度手を引き、もう一度、今度は手の甲で。

 


 時間にして、きっと十秒ほどなのだろう。

 けれど、もっと長く感じた。その触れ方が、心のもろい場所を締め付けて、揺さぶっていた。

 

 彼が離れ、ベッドから降りて支度を始める。

 ばくばくと跳ね上がる心臓を何とか抑えながら、私はしらじらしくも起きあがるのだった。





   ○





「それで、ものすごく優しい顔で、おはよう、なんて言うのよ」

「……」

「昨夜は、それは嫉妬ではないのかしら、と言った私に驚いていて、そのまま考え込んでいたから先に寝てしまったわ」

「……」

「ユーリ様、反応して下さい」


 サンルームで三人でテーブルを囲む。

 朝一番で、フルーツの盛り合わせを片手にやってきたユーリを捕まえたアンナは、すぐにサンルームに押し込んだ。紅茶やフルーツの準備に行っている間にとりあえず現状報告をしていたのだが、ユーリからの反応は薄い。戻ってきたアンナが、催促をするほどに。


「え。どう反応しろと? これって僕に対する嫌がらせじゃないか。幼なじみの惚気を聞かされてるんだよ」

「よくわかってるわね」

「グレース様、嫌がらせなら私がしとうございました。まさか、ユーリ様が旦那様を匿っていたなんて」


 じろりと睨まれたユーリは、アンナの入れた紅茶を口にして誤魔化した。

 二人に喧嘩をして欲しいわけではないので、言い訳をしない潔さに免じて助け船を出す。


「仕方ないわ、アンナ。彼はこの国で行く場所なんてない中で、ユーリやお父様を頼ったの。受け入れてやりたいと思うのがきっと男同士の情なのよ」

「! ありがとう、グレース」

「たとえ、おじいさまの話で盛り上がって毎晩酒盛りをしていたとしてもね」

「グレース……」

「あら、ごめんなさい。見てもいないのに勝手なことを言ったわね」

「ごめん。なんかもう、ごめん」

「冗談よ」


 マスカットを一つつまむ。

 蜜のように甘い、芳醇な香りが口いっぱいに広がる。

 私のご機嫌取りにフルーツをたくさん持ってくるあたりが憎めないのでこの辺で嫌がらせとやらは終わることにした。

 長年の勘か、すぐにそれを察知した幼なじみ二人は一気にくつろいだ姿でブドウやイチゴに手を伸ばす。

 アンナだって、私が助け船を出さずともユーリの立場や優しさをわかっているのだが、私の味方でいたくれたのだ。


「それにしても、旦那様はどういうつもりだったんですか?」


 アンナがユーリを見て言う。

 ユーリは困ったように穏やかな眉を下げ、答えた。


「僕からはなんとも。家にいる間、ぼうっとしているというか、心ここにあらずというか、庭で寝ころんでたかと思うと、鍛錬を一人でこつこつ始めたりして、どう見てもなにか悩んでる様子が隠し切れていなくてさ。つい、休ませてやりたくなったんだよね」

「それはさぞ、お母様が喜んで眺めていたことでしょうね」

「奥様ならその姿をそっと愛でていそうです」


 私がしみじみ言うと、アンナも大きく頷き、ユーリは口元を隠して笑った。


「まあ、そういうわけで、僕らは彼が悩んでいる姿を眺めつつ、きっと君に会いたいんだろうなあとこそこそ話していただけだよ。君たちがうまく行くように、手出しはしないって決めていたんだ。なのに、まさかあんな方法で彼を動かすなんてね」

「伝言をきちんと伝えてくれたようで助かったわ」

「あんな恐ろしい文言を伝えた僕を褒めて欲しいくらいだよ。帰宅して、明日、グレースと真剣で手合わせをすることになった、って伝えた瞬間、そりゃあもう」

「そりゃあもう、なんですか?」


 アンナが首を傾げると、ユーリは身震いをするフリをした。


「殺気立って、それなのにものすごく上品に笑って、俺が代わりに行こうって有無を言わせない感じでさ。本当、彼は普段は色々抑えてるんだなあ、と」

「じゃあ、それでも翌朝まで動かなかったのなら、我慢強いんですかねえ」

「アンバランスな人だよ。彼は」

「そういうところまでグレース様は可愛いって言うんですから、どちらが大物かわかりませんね」

「言えてる」


 二人が頷きあうのを、イチゴを摘んで見ていると、ユーリから視線を投げかけられた。


「で、結局うまく行ってるんだよね?」

「そうね。多分」

「? 彼は君に優しいし、嫉妬もしているんだよね?」

「私が勝手に彼を好きなの」

「わあ、グレースの初恋だね!」


 ユーリが感嘆の声を上げる。

 が、ふと何かに気づいたように「え」と呟く。


「勝手にって?」


 どういうこと? ときょとんとするユーリに、私はかいつまんで私と彼の関係性を話すことになるのだった。



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