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幼馴染み


「ふふ、可愛くないかしら」

「可愛くないです。子供じゃないんですから。もう結婚だってしちゃってるし、突き放すか、観念するか、騙すか、のどれかしかないことくらいわかるでしょう?」

「変に子供のような人なのよ」

「絶対にグレース様の心が広いだけです」

「そうでもないわ」


 アンナのため息を見つめて、私は首を横に振る。


「だって、いい気味だって思っているもの」


 にっこり笑って言うと、アンナは目を丸くした。


「あの人、私には好意も何もないって言ったくせに、抱きしめたり、離れがそうにしたり……私をずいぶん甘やかす。私が離れたいと言えば、嫌だ、なんて子供のようなことを言う。それでいて、私が好きだというと、困った顔をするの。腹が立つわ。だけど、今ここに戻れないほどに悩んでいるって、それほど私のことを考えてるんだと思うと、いい気味だって思うのよ」


 紅茶を揺らすと、琥珀色の液体が波打つ。

 サンルームに風が吹き込んだ。

 穏やかな午後の風だ。


「あのことは気にしないで帰ってきたらどうですか、と言えば、お互い一番楽で、何もなかったように過ごしていけるし、彼がどこかでそれを望んでいるのもわかるわ。だから、私は何もしない。迎えなんて行かないし、どこにいるかなんて調べないし、浮気だって疑ってやらない。仕返しよ」

「……グレース様」

「この勝負には私は負けないわ」


 絶対に。

 私から仕方のない子供を迎えに行ったりなんてしない。

 心配そうに私を見ていたアンナは、何かを受け取ってくれたのか、その目にいつもの明るい光を宿して両手を力一杯握った。


「ええ、グレース様は負けません。私はいつでもあなたの味方ですからね!」

「心強いわ。この屋敷のことは意外と私とアンナで回せることもわかったことだし」

「そうです。何年でも帰ってこなくても平気ですよね」

「そうねえ」


 ソラシオスでの功績は他国にもすぐに広まり、軍は人材を確保しておきたくなったらしく、使用人達はようやく出番をもらったと喜んでこの屋敷を出ていった。今は料理人と庭師と、私とアンナでこの屋敷で日々を過ごしている。

 まるで余生でも過ごしているかのような穏やかさだ。


「僕もお邪魔していいかな」


 不意に割って入った声に、アンナはすぐさま立ち上がって「使用人」に戻ろうとした。が、庭から入ってきた声の主の顔を見るとすとんと座って私を見た。


「グレース様が?」

「ええ。呼び立てて悪かったわね、ユーリ」


 私が呼ぶと、ユーリはサンルームに入ってくるなり、すぐに空いていた椅子に座ってクッキーに手を伸ばした。


「いいよ。グレースのお誘いなら断れないし、断りたくもないよ。呼んでくれてありがとう……アンナも、久しぶり。相変わらず可愛いね」

「どーも」

「本当に僕にはつれないなあ」


 優しげな顔で、くすくすと笑うユーリを睨むように見ているアンナの瞳に、ほんの少し花の香りが混じっている。

 昔から、アンナはユーリを慕っているのだ。

 わかっていてこの扱いをするのだから、ユーリもユーリで面倒な男だけど、それはアンナも同じだ。二人とも今は動く気がないから、曖昧にしているらしい。


「私よりずっと上級者よね……」

「なにが?」

「いいえ。こちらの話よ」


 駆け引きも曖昧さも楽しむこともできない私はまだお子さまなのだろう。 ユーリはことんと首を傾げたが、何が言いたいのかはわかっているようだった。にこにこと笑っている。


「それで、僕はどうして呼ばれたのか聞いてもいい?」


 正直に言うのなら、アンナのあの瞳が見たかった。ユーリと離してしまった罪悪感もあって、そろそろ二人を合わせたいと思っていた。けれど、それを言ってしまうのは無粋というやつだろう。

 私は無難な答えを口にする。


「さすがに暇になってきたの」

「……彼が帰ってきていないから?」

「そうね」

「どこにいるか調べようか?」

「結構よ」

「ユーリ様が余計なことをしなくても、グレース様は大丈夫です。私がいるので」

「そうだよね。アンナがいるなら大丈夫だって、もちろん僕も思ってるよ。こっちはアンナがいなくて大丈夫ではないんだけどね」


 ユーリが穏やかに言う。

 アンナがキッと睨むと、再び笑顔で黙らせた。この二人のやりとりが懐かしくて、思わずほっこりとした気持ちになる。

 

「グレースはどうするつもりなの?」


 アンナをからかい終えたユーリは私に話を向けた。


「それは、私の夫のことかしら」

「もちろんそうだね」

「アンナと話していたところよ。もうこの屋敷にも人は最低限になったけれど、私とアンナだけでもやっていけるわねって」

「探さないの?」


 きょとんとした顔で聞かれるので、私もアンナも同時に頷いた。


「探さないわ」

「なんで? 思ってたけどさ、もう一ヶ月だよ?」

「あら。見送ってからは一ヶ月半よ」

「……寂しくないの?」

「ふふ。変なことを言うのね」


 私はユーリと視線を合わせた。


「……そうねえ、寂しいわ。剣を振るう相手もいなくて、暇で暇で。よかったら、相手をしてくれないかしら」


 ユーリは一瞬黙って、丸い目をさらに大きくする。

 それから言いにくそうに「約束は?」と聞いてきた。

 手合わせは今後、夫とだけするという謎の約束だ。あの人、そう言えば嫉妬めいたこともしていたような気がする。


「約束? なんのことかしら」

「……グレース、もしかして」

「家に帰ってこない人との約束を守る義理なんてないわ。私と手合わせをしてくれないかしら。そうねえ、明日がいいわ。明日の朝、必ず真剣を持ってきてね。ね、ユーリ」


 私が笑顔で念を押すと、ユーリは少々ひきつった笑みで、頷いてくれたのだった。

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