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隠し子



「俺は、君の祖父の隠し子なのか?」

「違います」


 私は即座に首を横に振った。

 夫が笑う。わざとだったらしい。


「驚いてくれてもいいのにな」

「驚きましょうか?」

「いや」


 彼は思いだしたように、最後の書類にペンを走らせた。

 さっきはあんなに驚いていたのに、もう平常心だ。自分が祖父の隠し子ではないと知っていたのなら、何に驚いていたのだろうか。


「……そうか、シダの」


 祖父の名を呼んだその表情が、ふっと優しく溶ける。

 その顔を見て、祖父と彼がどんな風に限りある時間を過ごしてきたのかが少し見えたような気がした。私の知らぬ、穏やかで心地のいい時間がそこにはあったのだろう。

 私は片づけを終えたが、それでも座ったままブランケットにくるまっていた。

 知りたかった。


「祖父の子ではないという確信があったのですね」

「……ああ。一度聞いたことがあった。俺によくしてくれるけど、まさか俺の親じゃないよな、と。爆笑されたぞ。違うとハッキリ否定された。お前の親など知らん、自分を捨てた親などお前が捨ててしまえ、と言われたのは嬉しかったのを覚えている」


 ああ、祖父だわ。

 所作は完璧に美しく、他を圧倒するというのに、本質は快活で、外から来た乾いた風を持っていた。時折子供のように無邪気だった。

 祖父は彼に目をかけていたのだろう。

 どうりで、剣を交えたときに既視感を覚えたはずだ。見たこともない剣さばきの中にも、祖父のよく使う手がいくつも細かく織り交ぜられていたのだ。


 羨ましい。

 私も男であれば、守る剣ではなく祖父のような攻める剣が学べたかもしれないのに。


「私の小さな分身、か」


 彼が呟く。

 片づいたテーブルに頬杖を付き、私を見ている。

 なぜかとてもあたたかい眼差しで、私は思わず睨み返してしまった。


「なにか?」

「いや。俺のことをそう言っていたのか?」

「ええ。とても嬉しそうに言っていましたけど」


 むすっとしてしまった私の顔をにやにやと見て、彼は歌うように言った。


「ふうん。俺も聞いたことがあるよ。私の小さな分身、ってやつ。小さくて幼いのに必死で剣を持つ、女の子のことだったけど」


 彼が私を見て目を細める。


「いっつも嬉しそうに話してた。剣さばきが綺麗になった、諦めが悪いところが才能だ、落ち込んでいても泣かずに剣の手入れをきっちりする。あの子は私の小さな分身にしては可憐で可愛らしい、とデレデレした顔でな」

「……」

「お。照れてるな」


 からかわれ、ようやくハッとする。

 照れてなんていない、と言いたいが、顔は熱かった。仕方ないので口を閉ざすことにする。


「俺はどこかの貴族様の隠し子ではないだろう。シダが親だったらいいと望んだこともあったが、いい先生になってくれた。所作、振る舞い、姿勢、剣も、全てにおいて、シダの持っていたものを分け与えてもらった。すんなりとこの国で馴染めたのはシダのおかげだな」


 ああ、そういうことか。

 私は納得した。

 貴族の子ではないかと疑ったその全てが祖父から教育されていたのだ。美しいはずだわ。


「それにしても、シダの小さな分身が君だったとはな。なんというか、納得したよ。聞いていたとおりで」

「……ほかに何を?」


 私が聞くと、彼は子供を見るような眼差しを私に向けた。

 居心地が悪い。

 さっさと椅子から立ち上がって寝てしまえばいいのに、私の足はなぜか意思を持ったように動かない。


「厳しく鍛えているのは、変な男に狙われたときに身を守れるように、と言っていた。ドージアズって国では強さが成功への近道で、女達はそれらをつなぎ止める犠牲になっている、と。そんなことから逃れられるように、気にくわない男のもとに嫁ぐことになったら殺してでもそこから逃げられるよう……鍛えて、いる、と……」


 言いながら、彼は「なるほど」と頷いた。


「俺はそのうち殺されるのか」

「殺しません」

「ああ、よかった」

「思ってないでしょう」

「うん、まあ、殺す気があったら、手合わせしたときにあのまま真っ二つにされていただろうしな、うっかり、と」

「失礼ですのね」

「君は情が深いからできないだろう? 俺のことも愛してはいないが、夫として扱ってくれている」

「じゃああなたは私を愛していると?」


 てっきり即答で「いいや、別に」と言われると思っていたが、なぜか驚いて私をじいっと見つめてきた。


「さあ、どうだろう」


 ぼんやりした返事をもらう。

 私がどうしていいか目を泳がせていると、彼が先に立ち上がった。


「今日は俺がソファをもらう」

「え」

「君を愛しているのか考えたいからな」

「……な」


 私の反論など聞く気がない、というように、彼はどっとソファに横になった。

 そうなってしまっては私はどうにもできない。

 仕方なく、椅子を立ってソファの前に行くと「もう寝たから退かない」と目を瞑る子供のような彼にブランケットを掛けた。


「もう寝ていらっしゃいますけど、身体を冷やすといけないので掛けておきますね」

「もう寝ているけど、ありがとう」


 ふざけた会話に苦笑とともにため息を付くと、私はベッドへと向かう。


「グレース」


 声をかけられ、振り返る。

 ソファにごろりと寝ころぶ彼は、目を瞑ったまま柔らかな声で言った。


「シダはいつも、可愛くて可愛くて仕方ないと言っていたよ」


 寝言だけど、と言い残し、彼は寝たふりをする。


 私は何かが溢れるような気持ちになって、胸を押さえてベッドに飛び込んだ。

 ばふんと音がして、ふっと笑う気配がする。


 小さく丸まって目を瞑ると、妙に幸福で、ああ、やっぱりベッドで寝るのがいいわ、と思いながら、心地よい眠りに連れられていくのだった。

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