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二人だけの共感


「それで、君の祖父とやらは孫娘に剣を教えたのか?」


 夫が聞くので、頷く。


「なにも困らない令嬢に? 剣を?」

「そう」

「是非会ってみたい」

「もう五年前に旅立ったわ。でも、きっと会えていたら、祖父はあなたを気に入ったと思う」

「そうか」


 妙な気まずさもなく、彼は私を気遣うことなくサンドイッチに噛みついた。

 ほっとすると同時に、気遣いを感じてありがたく思う。


「それにしても独特だったな、君の剣さばきは」

「お褒めいただきありがとう」

「きっと祖父殿は君を溺愛していたんだな」

「……なぜです?」


 私がほんの少し驚くと、彼はタオルをかぶったままの頭を揺らして私を見上げた。


「身を守るための剣だった」

「ふふ」

「何で笑う?」

「そうだけど、そうじゃないからよ」

「……というと」

「私は女で、小娘で、非力。祖父の稽古に付き合うには、その力を流すようにいなしたり、無力化させないと、私の腕が持たなかったの。それくらい、祖父はあなたと同じように容赦がなかったわ。手加減はしてくれたんだろうけど」


 容赦がない、というところをわざと嫌味たっぷりに言ってみると、彼はくつくつと目を細めて笑った。肩が小刻みに震え、タオルも揺れる。何とも楽しそうだわ。


「ふうん。そのじいさん、やっぱり君のことを溺愛してたんだなあ」

「どこをどう聞いていらっしゃるのかしら」

「素直に聞いている」


 頬杖をついたままじいっと私を見つめ、彼は優しく呟く。


「俺も容赦なかった?」

「……そうね。でも手加減はしてたでしょう」

「君が言うように、手加減はした。少し」

「少しですか」

「一撃目で剣がするっと変な方向に滑らされたのを見て、君なら的確に避けるとわかって、つい」


 やはり酔っている。

 口調が無駄に甘く、そして気怠げだ。

 なぜか真っ直ぐ見られると居心地が悪い。


「とても面白かった。反撃されるのもいいが、ああやって遊ばれるのはもっと面白い」

「今までなにをしていらしたのです」


 あまりにも無垢な目で言われたものだから、つい呆れて言うと、彼はより目を細めて、再び私にフォークを差し出してきた。ブドウが刺さっている。お嬢様だと馬鹿にされるのが癪で仕方なくもらう。

 私が租借するのを満足げに見て、口を開いた。


「俺がしてきたことに興味を持ってもらえるとは」

「話の流れで聞いただけでさして興味はありません」

「それはいい。でも聞かせてもいい話はこれといってない。君が噂で聞いている情報だけで事足りるな」


 私が噂で聞いている情報。

 思い起こしてみると、


 死体の山の上で酒を飲み、粗暴で野蛮、外から招き入れなければならないほど制御できず手がつけられない。


 など、彼のすらりとした貴公子のような風貌を全く予想できない噂ばかりだった。

 しかし、父からは結婚する前に聞いた話がある。


「……義賊であったと聞いています」


 貧困にあえぐ民の上で酒をあおってダンスをするような人でなしである領主を血祭りに上げ、人々を襲う盗賊や山賊を返り討ちにしていた、と。悪い男ではないから安心して嫁いで欲しい、と言われたが、私は「はあそうですか」としか言えなかった。


 彼は真顔でトマトスープを口にする。


「ほう、妙な噂があるものだなあ」

「父がそう言っておりました」

「君はそれを聞いてどう思った?」

「はあ、そうですか、と思いました」


 正直に言うと、彼はスープカップをおいて笑った。


「……ふ、いいな」

「さらに正直に申しますと」

「ああ、どうぞ」

「義賊も賊も変わらないかと。正義を掲げて力をふるった瞬間、それはもう正義ではありませんもの」

「その通りだ。俺はただの人殺しだよ」


 そう言う彼の顔は言葉とは裏腹に穏やかだった。

 本当の、穏やかな顔だ。

 私はその目がとても不思議で、つい見入ってしまう。


「君の言うことに全面的に同意する。でも、俺は正義を掲げたことはない。ただ剣を振るいたいから、振るっても許される相手を選んでいただけだ」


 私の反応を伺うことなく、私の視線を臆することなく、彼は自然と口にした。

 それが妙に嬉しかった。

 嘘をついていない、と確信できたからだ。

 言葉は酷かったが、真実なのだろう。


「……正直なのね」

「君を見習ってみた」


 からかわてれいる。

 彼は頭にかぶったままのタオルをするりと抜いて首に掛けた。


「俺のようなものが夫になって申し訳ない」

「本当に思っていらっしゃいます?」

「いや、別に」

「でしょうね。笑いすぎですよ」


 私の指摘に、彼は子供のように笑う。

 ああ、やはり似ている。


「祖父と似ているわ」

「俺が?」

「ええ。祖父もあなたと同じ様な人でしたから。同じように、血に飢えた人だった」

「俺も飢えていると」

「気持ちは分かります」


 私は頷く。


「剣を振るうことが楽しくなると、どこまで行けるのか試したくなる。どこまで、剣が届くのか。どこまで、自分の力が人を乗り越えていけるのか……もっと、もっと、と」

「……君も?」

「さあ、どうかしら」


 どちらにしても、祖父は私をそこまで押し上げなかった。

 ひたすらに、剣の稽古の相手にふさわしい剣さばきを教えた。

あとはボードゲームとトランプと、そういえば遊びの相手も、たくさん。

 思わず笑みがこぼれると、彼はそれに気づいたように、ふと私に聞いてきた。


「君はそのじいさんを、好きだったのか?」

 

 聞かれ、思わず瞬きをする。

 ふと、ユーリの声が蘇ってきた。



 グレースは先生のことが大好きだったろ。あの彼に恋に落ちるのも時間の問題さ。



 まるで、予言めいた声。

 反射的に椅子から立ち上がっていた。なぜ自分がこんなに慌てているのかわからない。

 なぜ、こんなに顔が熱いのか。



「寝ます!」



 宣言だけし、ソファに逃げる。

 ブランケットに丸まりながら、私は必死に目を閉じるのだった。

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