04話
時間がかかって申し訳ないm(_ _)m
「ようこそ生者よ、ここは彼の世、死者の魂が集まる場所だ…そして私はここ一帯の管理人、バクと呼ばれている」
「あ、バク様ですね…で、ですが彼の世?彼の世ってどういう…」
不意に、唐突に、歌音にとって理解しがたいことを告げられる。いや、他の常人にとってもいきなり「ここはあの世です」と言われても困惑することであろう。
だがしかし、この告白をした人、いやバクは冗談でこのようなことを言っている訳ではないと直感的に理解はできる。なにせ、目の前のバクが日本語を話すことや、ここに至るまでの道中で目撃し、体験した事実があるのだから。
「言葉の儘、だ。人が生き、そして死すとき、その魂は、現世で黒く染まった魂は黒い獣となってここに集まる。そして時間をかけてその黒色を浄化し、新たな生を受ける。それを司る空間であり、私はそれを区域ごとに管理しているものだ」
「な、なるほど」
バクが言うにはここは俗にいう輪廻転生を司る場所のようであった。歌音が知る仏教などのモノとは多少異なるようであったが、死んだ者がまた新しい生を受けるための待機所であると自分を納得させた。
「そして何故お主、えぇ…お主、名は?」
「歌音、有栖 歌音です」
「そうか、ありがとう。お主、カノンが何故ここに来たのかだが…全く分からん。このようなことは初めてだ」
「分からないんですか!!??」
どうやら目の前の巨大な生物は歌音が何故「彼の世」に迷い込んだのかが分からないようであった。ウサギとタマモの方を見ても「えー」といった半ば呆れているようなリアクションをしている。どうやら2人は「バク様なら何か知っているだろう」と考えていたようだ。
「すまない、だがしかし私も永いことここに存在しているが、分からぬ事ばかりだ。例えばほら、そこの黒ウサギもそうだ。例外なんて多々起こりえるものだ」
「そうなんですか?」
正座をするタマモの膝に乗せられ、逃げられないようにされている(傍から見れば膝に座っている)ウサギを見る歌音。そのウサギは不遜な態度をし、「俺のことよりこいつに他のこと説明した方が良いだろ!」とバクに放つ。そんな態度が目に余ったのか、タマモに叩かれるウサギであったが。
「じゃあ、帰る方法とかも分からないんですか」
「…そうだ、私は原因も分からなければ対応方法も分からぬのだ…ところでここに、『彼の世』に来る前、何か変わったことはなかったか?」
「え?あ、白い兎が病院の中を走り回っていました。その白い兎を追いかけていたら黒い獣に襲われて…」
「うぅむ…」
バクは唸りながら何かを考えているようであった。またその間に何度かウサギの方に視線を向けていた。同じ兎だからであろうとは考えられる。しかしそれ以外の共通点がないように思えるが、彼、バクにとってはそうではないのかもしれない。
「で、何か分かったのかよ。さっきから俺の方をチラチラ見やがって…ッテ!?」
「口が汚いぞ、ウサギ。お前はいい加減、目上の者を敬う心を持った方が良い」
「んなもん、ここにいるかよ!どうせ食うか食われるかだ」
「それでもだ」
「ごほん!」
「「!!」」
バクが一つ咳を付き、騒いでいたウサギとタマモを静かにさせる。ウサギも何のかんの言いつつ、バクには弱いようである。
「とりあえず、カノンは暫くここに置こうと思う。外に居ては危険であるし、生者が彼の世で亡くなった場合、どんな影響があるのか予測付かないからな」
「ですがバク様、彼女を現世に戻す必要もありますよね」
「そうだ、その必要があるのも十分理解している…まぁ、そこに調度暇を持て余している獣が一匹いるからな…」
「…俺に働けってか」
「そうだ、基本的にウサギは暇であろう。私はここを離れられない、そしてタマモも広い範囲には出ることができない…ならば黒い獣として行動できるお前が適切であろう。それに、お前も帰る方法を探さないといけないだろう」
「…わかった、けど先にここの常識をこいつに教えたほうが良いだろ、俺たちが何言っているか理解できてないぞ」
そう、ウサギが提案し、それを聞いたバクは歌音を見る。彼女は頭に大量の疑問符を浮かべ、自分が置かれている状況とバクたちの会話の内容を理解しようとしているが、情報不足によって混乱しているようであった。
「これはすまない。ではここ、彼の世について詳しく伝えよう」
「お、お願いします」
歌音は姿勢を正し、真剣に聞き入る体制にはいる。
「では、まずここでの時間について話そうか。彼の世での1日は非常に永い。それは恐らく生者であるカノンにとっては大きな悪影響を及ぼす程に」
「それはどういうことなんですか?」
「そうだな…タマモ、秒針がある時計を持ってきてくれるか?」
「分かりました、すぐに取ってきます」
バクの指示を聞いたタマモは膝に居たウサギを降ろし、速足で目的の物を取り入った。その間、自由になったウサギは口を大きく開け、盛大な欠伸をしながら歌音の横に近づき、横になった。その体制はまるで休日の父親がテレビの前に陣取るような姿をしていた。
そんなウサギの様子を見ている間にどうやらタマモが秒針入りのシンプルな丸い壁掛け時計を持ってきたようであった。
「はい、これがうちの社に置いてある時計だ。ま、普段時計なんて見ないから埃被っていたけどね」
「掃除してないだけだろ」
「あん?」
「おん?」
「お前達、止めないか…カノンよ、とりあえずこの時計を見て変わったところはないか?」
「見た感じ、ただの時計だと思いますけど…」
歌音はバクにそう促され、時計を注視する。一見、なんの変哲のない時計の様に見え、時計の針は「16時47分」を指している。何も不思議な箇所はないと思っていたが。秒針を見ると、その針は殆ど動いていなかった。自分で10秒程数えてみても針が動く様子は一切なかった。
「あの、この時計秒針が動いていないんですけど、もしかして壊れますか?」
「いや、その時計は壊れてなんていない、むしろそれ正常な動作だ」
「え?」
バクは一息を入れ、説明を続ける。
「この世界、彼の世における現世での1秒はおよそ365倍、つまりは1日が経つのに1年の時間を要する…それは時によってはずっと陽光があり、または暗闇が延々と続いていくのだ」
「えっとつまりは…」
「今の時間が『16時47分』と29秒といったところか。そして7月半ばであることを考えると、まだしばらくは明るいままであるな」
「生者のお前にとってはずっと外が明るいんだ、まともな生活なんざ送れないってことだ」
バクの説明にウサギがその時間による影響についてぶっきらぼうに告げる。
普通、人間は夜に眠り、朝に起床する。それは単純に数字で示された「時間」によるものではなく、太陽の昇り沈みによって人間は生活のリズムを整えている。
…夜行性と称される例外があるが。
しかし、一般的には日が照る時間に活動し、それが消えれば眠り、一日の疲れを癒し翌日に備えるものである。だが、この彼の世ではそれをすることが難しいとバク等は言っているのである。
「それに外は危険だ。おま…アリスも襲われたから分かるだろ」
「あの黒い獣、だよね?」
「そう、観察した感じ、生者に向かって一直線だったから、本能的に生きてる者に寄っていく習性でもあるんだろ」
「そうであろうな。彼らは死者である。ならば生を求めてカノンを喰らい、生を自らのものとすると考えれば合点はいく。まぁ、喰らったところで生き返るかと言えばそうではないと思うがな」
「そもそも黒い獣共は互いに互いを喰らい合う、いわば弱肉強食の環境で活動してやがる。そんでもって、獣が獣を喰らい続けることによって力を高めていく。
逃げるときに追ってきた集団は例外だ。基本的にあいつらは単独、もしくは10匹以下の集団でしか動かない。
んで、その集団も同程度の力を持つ個体で構成される。弱い奴はただ一方的に食われるだけだ。
そんな風に食い食われることが続いて、最終的には黒い獣の魂、と言うよりは黒い獣自体が魂の塊なんだが、それは黒い土に変わり、そこから白い花が咲く。それが新しい魂になるんだとさ、だよな?」
「概ねその通りだ。そして時に巨大になり過ぎた獣を鎮めたり、その他の異常がないか管理するのが私とタマモの仕事だ」
ウサギがタマモの視線に反応しながら外の危険性を語る。どうやら黒い獣等が歌音を襲ったのは歌音自身が生きているからであったようだ。
死者が生けるものを妬み、嫉み、執着し、渇望し、その結果が生を喰らうといったものなのであろう。
また、死者同士である獣間でも互いに喰らい合い、食物連鎖によって新たな魂に浄化させているのであった。
…では?
「じゃあ、見た目が黒いウサギさ…ウサギはどうなるんですか?」
歌音で大きな欠伸をしているウサギに全員の視線が向けられる。