02話
黒いウサギの仮面をした人物、仮称:黒兎は右手に持った黒塗りのバールような鈍器を獣にその先端を向けていた。
獣はそれに呼応してか黒兎に対して唸り声を上げ、口からほ汚らしく涎のような液体を垂らし、その四肢に力を籠め黒兎に飛びつかんとしていた。黒兎はそれに対して鈍器を持っていない方の手首をクイクイと曲げ折りし、仮面を被った顔をクイッと上げて「早くかかってこい」と言わんばかりに獣をとことん挑発する。
そこまで高い知能を有していないであろう獣であっても「こいつに舐められている」と感じたのかその挑発に乗った、乗ってしまってた。
獣は格下に見られているとも感じたのか口を大きく開き、その牙を、その爪を黒兎に向け飛びかかった。その兎の仮面をつけた頭部を飲みこまんとする。歌音はその光景を目の当たりしたため「ヒッ!」と短い悲鳴を上げてしまう。
それに対し黒兎は手に持った鈍器を振りかぶる…のではなく獣のがら空きの横っ面に向けて右脚を大きく振り、回し蹴りを決める。その蹴りは鋭く、蹴られた獣の頭部から「メキャリ」という嫌な音の幻聴が聞こえるようであった。
悲鳴を上げた歌音も、襲い掛かりカウンターで蹴られた獣も唖然とした顔をしてしまう。
蹴られた獣は廊下の外へと続く窓にガシャンと音を立てて叩きつけられる。「キャウン」と情けない鳴き声を上げてそのまま外へ落ちていく。
歌音は蹴りを放った黒兎が「ニヤリ」と笑ったように感じた。
一瞬の安堵、しかしそれは本当に一瞬であった。
ガシャンガシャンと音を立て先ほどの獣が複数体現れる。唸り声と獰猛な息遣いを上げ歌音と黒兎に襲い掛かる。
「…!」
獰猛な牙を、爪を黒兎に振るう。それに対し黒兎は獣らから歌音を素早く自らの背後に隠し、獣に対処する。
牙を剥いた獣には鈍器、爪を向けた獣にはそれを躱し、下顎に蹴りを与える。この一瞬で2体の獣の頭部は悲惨な形状に変化する。また、一体の獣の脚を捕り、他の獣らにぶつける様に投げ飛ばす。背後にいる歌音に触れさせないよう、獣らを対処する。しかし、獣らまだまだ大量にいる。黒兎は明かりに誘われた蛾の如く集まる獣らを片っ端から蹴散らす。
だがしかし、流石に多勢に無勢。数の暴力にはお手上げなのか、獣の波の合間を縫い、背後に隠れていた歌音を手早く抱え上げ、後方に飛ぶ。どうやら黒兎は逃げに徹することにしたようであった。
黒兎は歌音を抱えたまま、先ほど獣を蹴り飛ばしてできた割れた窓ガラスの桟に飛び乗った。こともあろうか黒兎は歌音ごと外に身を投げそうとしているようであった。そして現在の階層は4階であり、地面まで凡そ9~10mといったところであった。
「ちょちょちょ!待って待って!!」
歌音はそれを止めようとし、黒兎はそんな必死な歌音に一瞥を送る。歌音は期待の視線を向ける。しかし、黒兎はそんな期待は知らないと言わんばかりにあっさりと空に身を投げ出した。
「きゃああああああ!!?」
なんとも女性らしい声を上げる歌音。二人は重力のままに地面へと吸い込まれるように落ちて硬い大地に叩きつけられる…かと思われた。
黒兎は手に持っていた鈍器を背後にあるであろう病院の壁に向かって後方へ振った。するとその鈍器は鞭のように撓り、ロープ状になって伸びに伸びた。そしてガッといったコンクリートを砕いたような音が周囲に鳴り響いた。どうやら先端は元の硬度のままだったらしく、鈍器の先がコンクリートの壁に深々と突き刺さっていた。次に刺さった元鈍器のロープはゴムのように伸びた部分が伸び縮むする動作をした。
結果、それがバンジーの紐のような役割をして無事に地上に降り立つことになった。
「ちょっと!どういうことなのこれ!説明して!」
「…残念ながら、そんな暇はないんだよなっと」
「え?まっ」
ここで初めて言葉を発したであろう黒兎に「待って」と言おうとした瞬間、彼は地面を蹴り脱兎の如く走り始めた。その速さは人一人抱えているとは思えないスピードであり、車に乗っているのではいかと錯覚するほどであった。そして後続には先ほどの獣たちが窓から次々と飛び降りて二人を追いかけているようであった。
「ちょっと!!どういうことなの!?そもそもここはどこなの!!」
「あー、うるさい。口を閉じてろ、舌を噛むぞ…詳しいことは逃げきってからな」
黒兎は気だるげな声で歌音の問に応対する。なんとも雑な対応に歌音は「むぅ」といううなり声をあげた。そうしている間にも獣たちが唸り声や咆哮を挙げ、二人を執念深く追いかけ続ける。それはまるで黒い獣の津波のようであった。
また、獣たちがあげる叫び声に釣られてか、猿や虎、烏に牛と、様々な鳥獣が逃亡する2人に向かっていく。
「チィ!!鬱陶しい!!」
「大丈夫なの!これ!」
「お前が居なければ問題はない!」
「それってダメってことじゃない!!!!」
「口を閉じてろって言っただろ!いい加減舌を噛むぞっ」
「私がそんなっ…つぅ…舌噛んじゃったじゃん!」
「はぁ、ほら言わんこっちゃあない…」
危機にされされているにも関わらずぎゃあぎゃあと元気に騒ぐ2人であった。
そんな2人に黒い犬の咆哮に誘われた獣らに対して黒兎は右へ左に、あるいは獣を足場にして前へ、前へとその脚を止めずに疾走を、逃亡を続ける。
道路上の白線の上を黒兎は疾走していく。後ろには獣の群、左右上部からも獣や鳥の塊。その群れを撒こうとすることなく、ただひたすらに一本の道路を一直線に走っている。そしてその先には小さく人影が見えた。
人影の姿は段々と大きくなり、その姿をしっかりと視認できるようになる。その人影は真っ白な巫女服を着た白い狐面をした人物であった。狐面の人物は右手にはお祓い棒、左手には幾枚かのお札を持ち、道路の白線上に立っている。
「タマモさん、あと頼む!」
黒兎がそう、狐面の人物に伝える。するとその人物は「はぁ」と面倒くさそうに溜息をつくと声を発する。
「ウサギ!バク様がその子を連れて社に入れとさ!…それと、ちゃんと門をくぐれよ!」
「それは断る!門を通ったらこの姿を保てなくなるからなっ」
黒兎はそう言い放つと道の先にある門である鳥居のある神社に向け疾走した。…歌音を担ぎ上げたまま…。
それを見送った狐面は向かってくる獣に相対し、右手の棒の切先を向ける。そして左手の札を空に投げた。
その札達は地面に落ちることなく、緩やかな軌道を描きながら獣達へと襲い掛かった。
「さて、獣共。この先には進ませんぞ」
黒い獣で出来た黒い津波は白い光に包まれていく…
続きは三日後に!