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01話

 朝、人々が行き交う街の交差点。そんなよくある場所に鳴り響くはサイレンの音。


 白と黒に塗り分けられた横断歩道には赤い液体が広がる。その液体は白のラインを赤く染め上げる。


 赤い液体の源は横断歩道の真ん中に転がっている。


 転がっている()()の手の中には白と黒、2つのストラップが握られていた。



 白と黒、2つの兎のストラップが。



______


 夕方、と言ってもまだ日が高い時間。

 それもその筈まだ8月にも入っていないのだ。日が高くて当然である。ここは高校の校舎の中、金がないボロイというよくある公立高校だ。

 クーラーなんてものは殆どない、あると言ったら1,2世代前のパソコン達がある教室くらいだ。

 

 校舎の中は昼を過ぎたくせに蒸し暑く熱が籠っている。


 そんな校舎の中の一室、俗に言う教室の中に一人少女がいる。既に今日の授業は終わりHRも済んでいる。後は帰宅するだけである。


 なのに彼女はいた。 ()()()()()()()()()()()()()()()


 

「卯月の奴…なんで事故ったのよ。…馬鹿じゃん…。」


 彼女、有栖歌音(ありす かおん)が座る席は卯月春(うづき はる)という少年の席だ。


「ああ! もう!!!」


 ダンッ!と、歌音は自らの苛立ちを机にぶつける。当然、歌音はそれで手を痛めてしまった。


「ったー…卯月の奴、起きたら覚えてろ…」


 なんとも理不尽な言い草である。



______


 時間はほんの少し飛ぶ。


 今、歌音はこの街で一番大きな病院を訪れている。背中には背負いカバン。右手は何も待たずに左手には花束を持っている。


「すみません、卯月春さんのお見舞いに来ました」


 歌音は病院の受付に向かい、目的を受付の看護婦に告げ看護婦はそれを了承する。そして今ちょうど彼の母親が来ているとも告げる。


「ありがとうございます」


 頭を下げ、礼を告げた彼女は彼の病室へと向かう。病院内ではもちろん走りはしない。けれども素早く早歩きで。彼が起きているかもと淡い期待を持ちながら。


 病室の前、ドアノブに手を掛けようとする手前、扉が開く。


「あ」

「あら? 歌音ちゃんじゃない」


 扉を開けたのは卯月春の母親であった。


______


 病室、卯月春の病室には3人いる。けれどもその内の一人は病室をさらに遮断した空間に大量の包帯を巻かれ、また大量のチューブを刺され、ベッドの上で眠っている。


「そうですか…まだ起きませんか…」

「ごめんね、うちの寝坊助が」


 卯月春は先日早朝に交通事故に遭い、ここ一週間意識不明である。事故で重症を負いその上頭を打ったのだ。

 本来なら死んでいてもおかしくはない。意識不明で済んでいるのは奇跡と言っても良いだろう。

 

「いえいえ、おばさんが謝る必要ないですよ。それに起きたら起きたで思いっきりぶん殴りますから」

「ふふふ、春も災難ね」


 春の母親はそう言って笑う。けれども寝不足だろうか彼女の目には深い隈がある。息子が一週間も意識不明に加えて、彼女は既にもう一人の子を亡くしている。


「春ったら、お姉ちゃんが逝ってから無理してたからね。無理が祟ったのかしら」

「? 卯月に姉がいたんですか?」

「あら? 知らなかったの?」

「はい、私は春とは高校からですし、あいつ自分のこと殆ど話しませんし」


 母親が言うには姉の名前はゆきという名前で、春とは1歳違いだったそうだ。活発で元気な子だったが14歳のときに重い病気に罹り亡くなってしまったそうだ。


「それ以来、春ったら元から出来てた勉強と苦手だった運動をがむしゃらに頑張り始めて…ほら、あの子異常に脚足が速いでしょう?あれはあの子が頑張った成果よ」


 と母親は気疲れした顔で笑う。そして「気にしないでね、昔のことだから」と続けた。

 その後、幾ばくか他愛のない世間話をし、春の母親は「そろそろ夕食の準備をしないと」と言い、病室から先に去っていった。

 歌音は少しの間、病室に残り寝ている少年にひたすら暴言の八つ当たりを繰り返した。「さっさと起きろ」「いつまでも寝ているな」「卒業できないぞ」「ノート写させないからな」や「馬鹿」「阿呆」と程度の低いものをも繰り返した。


「そろそろ私も帰るからね。起きたら覚えてろよ!」


と最後に言い残し病室の外へと続く扉を開いた。



______



「ん?」


 病室を出ると歌音の足元にふわりとした感触が走る。そしてそれはうぞうぞと動いていた。歌音はそれが何なのか確かめるために自らの足元に目線を落とした。

 まず初めに見えてのはモフモフした白い毛玉のようなもの。次に長い耳、そして真っ赤なつぶらな瞳。もはやどんなものかは歌音にもすぐに分かった。


「う…ウサギ!?なんでウサギ!?」


 そうウサギ、病院という場所に不自然にも一羽の白ウサギがスピスピと鼻を鳴らしながら歌音の足元をうろうろしている。


「な、なんでウサギ?…と、とりあえず捕まえる?」


 歌音はウサギを捕まえようとするがその寸前でウサギはその手を避ける。何度も何度も歌音は捕まえようとするがウサギはそれを華麗に回避し逃げ、途中で立ち止まる、それを歌音が追いかける。それを繰り返していくうちに歌音はムキになっていった。


 そして歌音はふと顔を上げるととある事に気が付いた。周りに人影が一切ない。加えて窓の外の空は夕焼けとはまた違う赤く、いや紅く染まっていた。その状況に戸惑っているうちに白ウサギを見失ってしまっていた。しかし歌音にそれを気にする余裕はなかった。


「え?ここ病院だよね?」


 歌音は病院内を歩き回る。先ほどいた友人の病室や他の病室、受付や診察室、その他の様々な部屋を巡るが一向に人の気配がしない。

 「自分一人だけ」そんな言葉が脳裏に走り始める。不安は募りに募る。誰もいないことに焦燥感を覚え、孤独感をもこみ上げる。

 そんなとき…


ガシャーン


 どこからか…いや、すぐ近くからガラスが割れる音が鳴り響く。さらに割れて床に落ちたガラスを踏み潰す音も聞こえてくる。その音はやがてのしのしといったものに変わっていった。

 それは段々と近づいてくるようだと感じた。本能と言うべきか、歌音は鳥肌を立て、悪寒が全身を駆け巡り始めた。

 未だその正体は見えない。けれども足は震え始めその場に立ってられなくなる。四つん這いになってなんとか移動しようとするがそれはとても遅かった。


 そして逃げるのも遅かった。


グルルルル…


 後ろに現れたのは黒い犬のような獣。だらだらと黒くタールのような涎を垂らしながら歌音の瞳をその狂った目で覗いていた。さらに、一般的な大型犬よりも大きく高さが歌音の胸元近くまであるように見える。それら複数の要因によって黒い獣がどれだけ異様な存在であるかを際立たせる。

 歌音はその獣から逃げようとする。しかし恐怖のあまりか膝が笑い足が竦んでおり一歩も動けない。それどころかその場に座り込んでしまい、逃げること一切ができなくなってしまった。


 獣はそんな歌音の状態を見て好都合と思ったのかじりじりと逃げ道を消すように近づいてくる。それに対して歌音はその非力な腕の力だけで後ろに下がるしかなかったのだ。

 そしてついには背後には壁しかない状態になり、逃げ場を完全に失った。もし走って逃げたとしてもすぐに追いつかれてしまうだろう。なにせ相手は四足の獣だ。わかりきったことである。

 恐怖のあまり声さえ出せない歌音。しかし生への執着で力を振り絞り、肺に空気を入れ体に喉に力を込めて叫ぶ。


「だ…誰か助けてよぉお‼」


ガシャーン


 そんな叫びに答えたのか病院内に再びガラスが割れ鳴り響く。その音は歌音の目の前で鳴り響いていた。そしてその音の主は“人”の姿をしていた。

 手にはバールのような鈍器を持ち、それを振り回して窓ガラスを割って病院の廊下に飛びこんで来た。その“人”らしきものは全身が黒に染まっていた。下から、靴、ズボン、シャツ、上着、手袋、そのどれもが黒色であった。さらに顔を黒いウサギを模したであろう仮面をつけ、表情の一切を消し去っていた。


 戸惑う歌音。突然の乱入者にたじろぐ獣。そして手に持つ鈍器を構える“人”らしき存在。その人らしきものによって元より異様であった空間がより異質なものに変わっていくのであった。


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