嫌いな上司を倒すためには、
私はスプーンで人間を倒せるので、割と心穏やかに暮らしている。
理不尽なことがあっても、まあいざとなったらスプーンで倒せるなと思うし。
「遅い! 昨日中にやれって言っただろうが!」
その書類を渡されたのは終業十五分前ですが。
反論を心の中に飲み込み、私はポケットの中のスプーンを握りしめる。
部長はこのように怒鳴っているが、どうせ私のスプーンに勝つことはできない。私のスプーンによってコイツが倒れるところを想像すると、胸がすくというものだ。
「またですか。先輩、他の人以上に理不尽に絡まれてません?」
自分の席に戻ると、隣の後輩に声をかけられた。
「気にしてないからいいよ」
「もう無理だと思ったらいつでも言って下さいね。僕が部長を倒してあげるので」
そう言って拳を握るのが微笑ましい。
「大丈夫。私もいつか倒すつもりだから」
「協力しますよ。頑張りましょう」
「ちなみにどうやって倒すつもりなの?」
「それはもちろん、これでですかね」
後輩はポケットから銀色の何かを取り出す。まだ持ち手の部分しか見えないが。まさか同志か。
「あら、偶然! 私もそれが得意なのよ」
「そうなんですか?」
私はポケットから自分のスプーンを取り出す。
「やっぱり最強よね――――スプーンは!」
「やっぱり最強ですよね――――フォークは!」
「え? 嘘でしょ?」
「え? マジっすか?」
二人で互いの食器を見つめつつ、固まる。
「確かにフォークを使う流派もあるとは聞いているけど。何でわざわざフォークを選んだのよ……」
「それはこっちの台詞ですよ。何でスプーン? 実用性が低いじゃないですか」
せっかく食器に心を預ける同志が見つかったのに。スプーンを侮辱するとあっては、戦わないわけにはいかない。
「フォークを使ってる人が実用性とか言う? 殺傷能力を求めるならナイフや包丁でいいじゃない。私はこの外見で選んでるの。スプーンの単純でいて洗練された形! フォークはなんかごつごつしてるじゃない?」
「分かれた三本が格好いいんじゃないですか! スプーンなんか貧弱も貧弱。マジックですぐ曲げられるくせに!」
「この美しくも弱そうな食器に、人間が負けるのがいいのよ!」
周りに聞かれないように小声ではあるが、私たちは激しく言い合う。
すると、部長がやってきた。
「お前らさっきから何をぶつぶつ喋ってるんだ、仕事しろ!」
「部長! スプーンとフォークのどっちが役に立つと思いますか!」
二人で立ち上がって、部長に詰めよる。
「フォークっすよね!」
後輩が部長にフォークを突きつける。
「スプーンですよね!」
私も負けじとスプーンを突きつける。
「何でお前らは食器を持ってるんだ?」
「いいから答えてください! これはあなたの今後にも関わってくるんですよ!」
主に部長の最期に。
「はあ? ……まあ、どちらかと言えばスプーンじゃないか。フォークで食べるものは、だいたい箸でも食べれる」
「ほらー、やっぱりスプーンじゃない!」
初めて部長と意見が合った。
よく言ってくれた部長。倒すときはできるだけ苦痛を少なくしてやろう。
「でもそれは食事の時の話でしょう!」
「食事以外で使うのか……?」
食い下がる後輩に、部長が呆気にとられている。
「分かった。こうして議論していても結論はでないわ。今度、二人そろって試してみましょう」
「望むところです」
後輩が目を闘志に燃やす。
「ターゲットは彼でいいわね?」
「後で計画を立てましょう」
視線を部長に流すと、後輩もそちらを見て頷く。
「さっきから何を……もういい。仕事に戻れ」
すみませんだの、はーいだの、部長に適当に返事をしながら机につく。
「「でも、夜道と食事の際には、背中にお気をつけくださいね?」」
後輩と声がそろってしまった。