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書籍版発売記念SS 初めての夜

書籍版発売を記念して、SSを書かせていただきました!

web版では本編の第16話と第17話の間、書籍版では第5章と第6章の間のお話です。

お楽しみいただけますと幸いです。






 ──バタンッ。


 素朴な木の板で作られた薄い扉を閉じると、部屋にはティアナと公爵の二人きりになった。

 双子はアデリナの子どもたちと一緒に眠っているし、アデリナとブルーノも、どうやら寝室に入ったらしい。薄い扉の向こうからは物音ひとつしない。


 深夜に、寝室で、二人きり。

 その事実に改めて気づいて、ティアナの手のひらに汗がにじんだ。

 気持ちを確かめ合って初めて唇を重ねたのは、たった数時間前の出来事なのだ。


「……ま、まずはお着替えですね」


 ティアナは焦る気持ちを隠すように、慌てて公爵のトランクを広げた。彼に同行してきたフットマンから預かったものだ。アデリナの家はそれほど広くないので、フットマンたちは別の家に部屋を借りている。ごく自然な流れで公爵はティアナと同じ部屋で眠ることになり、彼女が公爵の身の回りの世話をすることになったが、やはり断っておけばよかったと後悔しても遅い。


 トランクから寝間着を取り出して振り返ると、所在無げな公爵がたたずんでいた。

 それも仕方がない。この部屋は公爵の寝室とは違って、軽く腰かけるためのソファを置くようなスペースなどない。大きなベッドと簡易的なチェストが置かれているだけだ。

 こういった場所に不慣れな彼は、どうやって待てばいいのか分からなかったのだろう。


 その様子が無性にかわいらしく感じられて、ティアナはくすりと笑みを漏らした。


「お手伝いしますか?」


 ティアナが冗談のつもりで意地悪に言いながら寝間着を差し出すと、公爵は少しばかり唇を尖らせてから無言で寝間着を受け取った。


「……子供たちは、どうしているんだ?」

「お着替えはご自分でされます。脱いだ服は自分で洗濯場に持って行って、洗濯を手伝うこともありますよ」


 ティアナが得意げに話すと、公爵がわずかに目を見開いた。


「そうか」


 あの、どうしようもなく手がかかるだけだった子供たちは、自分の身の回りのことは自分でできるようになった。家の仕事を自ら進んで手伝うことも多い。アデリナのもとへ来て農民の子どもたちと同じように暮らし、今まで以上に成長したのだ。


(ここでの経験は、お二人にとって素晴らしい財産になるわ)


「……そうか」


 ティアナと同じことを考えたのだろう。公爵はかみしめるように繰り返した。


 公爵はもう一つ頷いてから、おもむろに上着を脱ぎ始めた。


「だ、旦那様!?」


 驚くティアナに構わず、公爵はクラバットを外してシャツのボタンまで外し始めたので、ティアナは慌てて後ろを向いて顔を伏せた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 彼の裸を目にするような覚悟は、まだできていないのだ。


 ──バサッ、バサッ。


 公爵は無言で服を脱ぎ、脱いだ服をベッドに放っていく。ティアナは彼の姿を視界に入れないように細心の注意を払いながら、それらの服を拾い集め、丁寧にたたんでトランクに仕舞っていった。


「君はいいのか?」


 着替え終わったらしい公爵が、背を向けたままのティアナに憮然と言った。

 彼の言う通り、ティアナも寝間着に着替えなければならない。そのことにようやく思い至って、ティアナは顔を真っ赤にさせた。


(こ、ここで!?)


 後ろで人の動く気配がした。

 公爵が一歩、二歩とティアナの方に歩み寄ってくる。狭い部屋なので、たったの五歩で二人の距離はゼロになった。



「手伝うか?」


 意地悪な声が、ティアナの耳に触れた。



「け、けけけけ、結構です!」


 ティアナは慌ててチェストから寝間着を取り出し、


「ば、バスルームで着替えてきます!」


 公爵の返事も聞かずに部屋の外へ出た。


 ──バタンッ!


 薄いドアが大きな音を立ててしまったが、ティアナはそれに構うことなく転がるようにバスルームの方へ駆けて行った。


(今夜、眠れるかしら……?)


 ティアナは熱く火照る頬を抑えながら、抱えるようにして持ってきた寝間着をぎゅうっと抱きしめた。



 できるだけゆっくり時間をかけて寝間着に着替えてから寝室に戻ると、公爵は全ての明かりを消して、すでにベッドの中に入っていた。


(眠ってる?)


 ティアナが音を立てないように気を付けて公爵の隣に横になると、その肩がわずかに揺れて綿のシーツが優しく音を立てた。

 


公爵の左手が、ティアナの右手に触れる。



 だが、それだけだった。

 公爵は何も言わず、目をつむって眠ったふりを続けた。

 その優しさに気づいて、ティアナはほっと息を吐き、公爵と同じように静かに目を閉じた。



 二人は、わずかに触れた指先で互いの熱を感じながら、眠れない夜を過ごした。



 翌朝、明らかに寝不足という顔で起き出してきた二人を見たアデリナは腹を抱えて笑い、ブルーノは優しく微笑んで公爵の肩を叩き、子供たちは『夜更かししたの! ずるい!』とかわいらしく頬を膨らませたのだった──。


本日、書籍版「泣き虫令嬢の良縁~婚約破棄されたので職業婦人として生きていくと決めたのに公爵様に溺愛されるので困っています」が発売になりました!

読者の皆様の後押しがあって、こうして書籍として出版することができました。

本当にありがとうございます。


内容はティアナと公爵様のお話だけで、一冊の単行本になりました。

約6万文字を約14万文字まで加筆しましたので、web版をお読みいただいた方にもお楽しみいただける内容になっています!

お手に取っていただけますと、とってもとっても嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読み終えました。 [一言] 書籍発売おめでとうございます!
2024/09/05 08:34 退会済み
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