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重要なこと

戦場においての彼についての噂は様々なものがある。


曰く、彼は戦場の悪鬼である。

彼の通った後には、屍も残らない。

彼の天地を裂く豪剣の前には、全ての命あるものが滅される。


その形容は上背2メートルに近く堕天した悪魔の如き美々しさながら、馬上では戦神そのもの。


闇を墨で染めたような漆黒の髪に灼熱の炎の中で鍛えた熱された鉄のような紅蓮の瞳。


見目で心を囚われ、剣技で魂を囚われる。


彼の持つ大剣は一振りで10人の敵を薙ぎ払う。

紅蓮の瞳とは正反対の冷涼とした瞳には温情も憐憫もカケラもなく、感情なく敵の首を跳ね飛ばす。


戦場の彼にはそばに近寄るべからず。

敵味方なく、みな同様に切り伏せられるのみだ。


***


「はぁーーーー、怖いわね・・。」


今、持ちうる彼においての知識を全て白い紙に書き出して、(わたくし)は深くため息をついて呟いた。


戦場においての彼の噂はこのとおり、恐怖そのもの、恐ろしい、の一言に尽きるものばかりだ。


とはいえ、戦場ではない場所での彼の情報も・・それはそれで偏っていて、彼の人となりを知るには心もとない・・と言えなくもなく。


一に、彼に逢いたければ王城で開かれる戦勝祝いのパーティーに行くべし。


二に、彼にひと夜の情けを乞うならば、その夜に一番の美貌に、一際目立つ豪奢な装いであるべし。


三に、彼は二度の情けは与えない。欲張る者には女子供でも容赦ない。命が惜しければ与えられる以上に欲っするべからず。


いやいや・・。

全くもって、いやいや・・だわ。


戦場では戦神の悪鬼。

プライベートでは・・なんていうのかしら?

プレイボーイ・・とも違うわね・・。


プレイボーイ・・ってなんだったかしら・・。


それよりもこのぐらいしか情報がない、というのもいかがなものかと思う。


家系は?

歳は?

性格、は、まぁ、なんとなく分かるか。

育った環境や親は兄弟はいるか、など、彼の素性を知るにはこれでは不十分だ。


「うーーーん、とは言ってもよね。」


もうひと唸り呻いて、腕を組んで首を傾げる。


(わたくし)は、ここにいる誰よりも綺麗よ!と胸を張ることができるほどの美貌はなく、突出した可愛さも・・ない。

それに、男爵家に生まれた家系ゆえ、誰よりも目を引く豪奢な装いというのも無理なのだ。


・・そう、金銭的に。


「いや・・と、いうか、(わたくし)が欲しいのはひと夜の情けじゃないのよ・・。」


「・・お前、なんつーことを呟いてんだよ。」


ぽつりと溢した呟きだったのに、被せるように男の尖った声が聞こえた。


私は、あ、と声を上げて振り返った。


「いえ、大事なことなの。」


その男は、執事服に身を包んだ20歳になったばかりの私専属の若執事兼、幼馴染みである。


「はぁ・・、15歳にもなって淑女が口にして良い言葉と悪い言葉の区別もつかないとは・・情けない。お嬢さまはアホですか。」


普通ならあり得ないほどのかなりの毒舌だけども、それが許されているのもこの関係性ならではである。


しかし、失礼極まりないのは間違いないけれど。


「アホじゃないわ。」


口の中でもごもごと呟いて、ぷすぅと頬をふくらませる。

大体、この若執事に口でも勝てた試しはないので争うことは避けたい。

どうせ負けるのは目に見えているし。


なので、テーブルの上に突っ伏して心の中で悪態をつくにとどめておく。


「で、何して、んなこと言ってたんですか?・・これ、戦場の悪鬼のプロフィール・・?」


私の顔と腕の下敷きになっているテーブルの上に広げた白い紙に書き出された文字の羅列の片端に目を止めて、紅茶の入ったカップの乗ったソーサーをそっと置いて言う。


「うん。」


「・・いや、うんじゃなく・・え、なんでんなもん書いてんの?つかお前・・まさか、大公さまに興味あんの?」


またもや崩れた言葉は、若執事の心の動揺を反映しているんだろうな、と思いつつカップに指をかけた。


私の好きなフレーバーのいい香りが鼻腔をくすぐる。


「んー・・興味あるというか。」


興味を持たないといけなくなったというか・・?

と、頭の中で言葉を紡ぐ。


「・・いやいや、ありえねぇだろ。お前じゃ大公さまの歯牙にかけてもらえるわけないって。お子ちゃま全開のそのナリをよく見てみろよ。」


・・いや、分かってますけど、分かってますけど?


(・・15歳だもん。まだ、成長途中だもん!)


と、声を大にして言い返したいが、ムキになっても無駄なのでぐっと堪えておく。


「そもそも大公さまの食指が動くのは超絶美女の大人の色っぽい女にだけだって有名な話だろ?お前なんかじゃ逆立ちしたって無理無理!指一本触れてもらえないって!」


「・・・」


「おしめも取れて間もないお子ちゃまに戦場の悪鬼は荷が勝ちすぎるってもんだろ。あーー、それともあれか、憧れとか?ばっかだなお前、身の程を知れよ。」


「・・・」


「男爵家のご令嬢に大公さまの目が向くわけないだろうが、遊びでも無理無理。家格が違いすぎるし、お前なら騎士との結婚がせいぜいだろ。」


「・・・」


「まぁ、よくって子爵か伯爵家だったら大出世ってとこか。まぁ、お前みたいなお子ちゃまのおてんば娘には嫁入り話はほど遠いだろうけどさ。」


「・・お黙り・・セバスチャン。」


彼の嫌っているザ・執事な名前を呟いて腕を組み胸を張って私を全否定する執事を見やる。


「よく喋る執事だこと。」


「・・あ・・」


あ、じゃないわ。

何今更、ちょっと言いすぎたかみたいな顔しているのよ。


私、言ったわよね?

興味があるというか・・と、含みを持たせて言ったわよね?!


「オスカーに言っておくわね。可愛いセバスが厳しくもありがたーい、執事教育をもう一度いちから学び直したいと言ってたって。」


にこぉりと微笑みかけて、カップを口に運ぶ。


オスカーは我が家の執事長で、セバスチャンのおじいさまだ。

彼は今も現役で家令を取りまとめる敏腕執事であり、大好きな孫にはちょ〜〜〜〜〜〜厳しい。


「あ、いや・・それはその・・あ、お嬢さまスコーンはいかがですか?木苺のスコーンが美味しく焼けたと料理長が!!」


あからさまに焦って別のことを言い出すセバスチャンに、私は呆れ顔でため息をついた。


カートの上の3段スタンドに鎮座する一口サイズのスコーンを見つめる。


・・木苺のスコーン・・。


「・・いただくわ。」


セバスチャンはホッとした表情で、紅茶がまだ半分ほど残っているカップを取り言う。


「紅茶も入れ替えますね。」


「・・ええ。」


さっきの毒舌マシンガンはどうやらこれでなかったことになるようだ。

でも、とりあえず心のメモリーには書き留めておく。


はぁ・・


とんだ邪魔を受けたけれど、私はこの戦場の悪鬼、もとい女性関係に問題ありの大公さまのことを真剣に考えなければならないのだし・・。


・・・全人類の平和と、(わたくし)の命を守るために。


しかし、木苺のスコーンは、とても・・


「美味しい・・。」


『あー単純。エスタん、超単純。可愛いかよ。』


私の頭の中でもう1人の私が呆れた口調で呟いた。

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