まえふり
書いてみたい好奇心には勝てなかったよ……
かつて私の生涯において、もっとも心に響いた言葉があった。それは記憶もおぼろな幼少期において、姉からのものだった。
当時の私はある問に悩まされていた。それは多くの人が悩まされてきた難題であろう問い掛けである。
「あなたは将来なにになりたいですか?」
私は呆然とした。何も無かったのだ。なりたいものが、やりたい事が。
周りの人々が次々と答えていく中、私は答えを出すことが出来ないままうろたえるしかなかった。周囲との差に恐怖した。
当時の私は外からの刺激に対応する機械のような生態であった。促されるまま行動し、与えられるまま呑み込んでいく。自分自身から行動するのは不快感を感じた際、わめくか排泄するくらいだったのでは?と思う。
そんな受け身気質な幼少期の私にとって、数多の選択肢を与えられる問い掛けは難題であった。そして私は何も浮かばないまま帰宅した。
誰もいない部屋で明かりもつけず、三角座りで悶々と思考の空回りをしていた私に帰宅してきた年の離れた姉が声をかけてきた。
『どうした弟よ』
私はありのままをぶちまけた。
『なにをしたら良いのかわからないのです。姉さん。』
『そうか……。君がこれからなにをするのかはわからん。が、なにをしでかそうとも食うのには困らない様にはしてやるから、怖がらず何でもやってみると良い!まずは洗い物からやってみるのだ!』
そして私は食べる事と洗い物が好きな姉の走狗へと進歩した。
思い返してみると、私の自我と呼べるものはこの時から動き始めたと言える気がする。数多の選択肢に怯える私にかけられた、
「食うのには困らない様にはしてやるから何でもやってみると良い」
という言葉は大きな安心感とともに挑戦する気概をもたらしてくれたのではないかと思っている。
その後、姉は言葉を違えず、食うのには困らない様に私を鍛え始めた。基本的な家事から生存に必要な知識、食い扶持を稼ぐために必要な体力・知識・技術・社交性。確かに食うのには困らないだろうなぁとは思える様にはなった。
私はなにになるのか?なにになりたいのか?それは今でも曖昧ではある。しかして今まで喰らってきた食物が、経験が、知識が私の血肉となって私を作りだしている事は間違いない。
この話は、今も昔もこれからも私はいろんなものを食べて生き、そんな私の血となり肉となってきたものをつれづれと綴っていくだけの、他愛もない自弁である。