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弊社は異世界転移しました  作者: あああ
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第一話『弊社は異世界転移しました』


2022年12月29日 00時01分 千葉県内某所 ワイルド・ネイチャー物産株式会社 本社六階 大会議室


 石下和仁は、千葉県にあるワイルド・ネイチャー物産株式会社の総務課員である。

 その彼は、意識が混濁していた。

 自分が立っていることはわかる。

 ここが自社の会議室であり、帰りそびれたメンバーたちで果てのない忘年会を行っていたことも覚えている。

 だが、そろそろ代行が来るのでお開きにしようという営業部長の言葉から、現在までの記憶がどうにもあやふやとなっていた。

 

 そんな彼がふと我に返った時、当たり前だがそこは見慣れた会議室の一角だった。

 酒の匂いが漂い、ごちゃまぜになった食べ物の匂いも相まって酷いことになっている。

 空調が止まっていた。

 月明かりが室内を照らし出しているおかげで室内の様子は見て取れるが、停電が起こっているらしく辺りは暗い。



「あれっ!?」


 突然上がった叫び声に視線を向けると、酔い潰されて倒れていたはずの総務課長の姿が狼狽していた。


「課長、大丈夫ですか?」


 声をかけられた課長は、何故か彼を不気味そうに見た。


「石下くん、僕、さっきからここにいたよね?」


 突然かけられたあんまりな言葉に、石下は硬直した。

 課長はたしかに忙しい毎日を送っているように見えたが、まさかここまでだったとは。


「大丈夫ですよ課長、ずっとこの部屋で一緒に飲んでいましたよ。

 どうです?今年はもう終わりですし、片付けは私がやっておきますから、もう帰られては?」


 極度の疲労は、深い泥酔を招く。

 そして、記憶の混乱は激務の中では容易に発生する。


「いや、そういうわけではなく、もっと根源的な、いや、何を言っているんだ僕は、忘れてくれ」


 どうやら総務課長は疲れているらしく、未だに混乱状態が続いている。

 石下は、そういった状況に経験があった。

 疲労状態にあると、混乱していることが焦りを生み、結果としてさらなる混乱を生むのだ。


「大丈夫ですよ課長、さあ、お水です。

 私は片付けを始めるので、少し休んでいてください」


 にこやかに介護をすると、清掃を始める。

 会議室内には同様に酔い潰れた男女が倒れており悲惨な状況だ。

 どこから手を付けるかを考えたくない石下は、ふと窓の外を見た。


 地域ごと停電しているのか、街灯や信号、周辺にある他社や民家からの明かりも見えない。

 いつも見えるはずの送電鉄塔の航空障害灯もだ。

 そして、鬱蒼と茂った森、何かが大量に落ちている荒れ地、川のようなものが、2つの月に照らし出されていた。


「えっ?」


 石下は、酔いが一瞬で飛んだ。

 



年月日不明 06時00分 ワイルド・ネイチャー物産株式会社 本社大会議室


 社長の腕時計が午前六時になった時、緊急の対策会議が開始された。

 参加者は、社内に残っていた全員。

 社長以下、16名の社員と、夜間警備を行っていて巻き込まれた警備員も入れた17名が参加していた。


「申し訳ない、ちょっと理解できなかった。

 悪いけどもう一度説明してくれないか?」


 静まり返った会議室に、社長の声が響く。

 報告を終えたばかりの警備員が慌てて立ち上がるが、社長に座ったままでいいからと言われて慌てて座り直す。


「はい、改めてご報告いたします。

 本日午前0時ちょうど、これは日付の変更時は記録を行っているので間違いないですが、その時刻に突如周囲の光景が変化しました。

 直後に停電が発生。

 正門を閉め、警備会社に連絡を取ろうとしましたが電話が不通となっており、携帯電話も繋がらない状況でした。

 外部より異臭と、物音等から不穏な気配を確認したため、以後0600時、午前6時まで、正門詰め所にて警備を行っておりました」


 警備員の報告は簡潔であった。

 要するに、何もわからないが、とにかく日付変更時にこの異変が起きたという内容だ。

 残念な事にこれ以上の情報はなかったが、とにかく今日になった瞬間にこの異変が起こったということだけは確認ができた。

 

「うーん、わかりたくないけど、わかった。

 それで、無線部は外部からの通信を確認できないんだよね?」


 社長の言葉で、社内部活であるワイルドラジオ部の吉田が口を開く。

 彼は営業部所属の平社員であったが、社内部活では部長というややこしい立場にある。


「そうなんです社長。

 ウチには第1級陸上特殊無線技士が、ラジオ部員は全員そうですが、とにかくそれがいるので、対応した通信設備を設置しています。

 ですが、一切の電波が入りません。

 施設内での特小、いわゆるトランシーバーでの通信には何の問題もないです。

 したがって、これは強烈な太陽フレアや電波妨害などではなく、電波そのものが来ていないと思われます」


 報告をする吉田も含め、一同は何となしではあるがその原因を理解していた。

 本社敷地外は、昨晩に石下が会議室から目撃した通り、まるで時間が古代に巻き戻ったかのような有様であったからだ。

 電線はちょうどフェンスの上で断ち切られたかのように垂れ下がっており、水道や都市ガスも供給が途絶えている。

 携帯電波も入らず、今の報告にあったようにアマチュア無線も一切の電波を感知しない。

 もちろん今朝に来るはずの物流業者はもちろんのこと、昨晩に来るはずの運転代行業者も来ない。

 ついでに、いつも上空を通過している旅客機も、今の所は一機も見えない。


「アンテナは石下くんに見てもらった?」


 総務課長から質問が飛ぶ。

 部員たちの技術力を疑うかのようなものであるが、彼らは誰ひとりとして気分を害すことはない。


「私達で点検したあとに、最後に確認してもらっています。

 ですが、残念なことに異常なしでした」


 石下は、主に社内の全般的な事に関わっていた。

 そのため、無線設備の最終点検についても当然のように巻き込まれていたのだ。


「石下、お前たしかナントカっていうスマホ持ってなかったか?」


 営業の藤田が会話に参加する。

 まるで中身のないフワフワの質問であるが、言わんとするところは全員が理解できた。

 

「駄目でした」


 石下は沈痛な表情を浮かべると、ポケットから双方向衛星通信機能付きGPS端末を取り出した。

 衛星ネットワークに直接アクセスできるそれは、24時間年中無休の救助センターとテキストチャット可能という逸品である。

 残念なことに、バッテリー満タンの表記の横に、シグナルロストの表示が出ていた。


「GPS衛星も、通信衛星も圏外です。

 一応言っておくと、今までに北海道、沖縄、本州の各地、離島、いろいろなところで試しましたが、これが繋がらなかったことは初めてです」


 室内は再び静まり返る。

 電話、携帯、無線が駄目と来て、今度は衛星電話も駄目らしいのだ。

 もちろん、彼が持っているそれがたまたま故障していたという可能性はあるが、それは希望的観測すぎるという事はさすがに全員が理解していた。


「わかんないんすけど、俺は家に帰っていいんですか?

 俺の奥さんは今産気づいているんですよ?

 これで間に合わなかったら会社がセキニン取ってくれるんすか?」


 営業部のエースである飯田が、頭部を掻き毟りながら喚く。

 東大法学部主席卒業という、何故この会社にいるのかわからない彼の頭脳は現状を理解している。

 幼馴染からの結婚の条件に対して、それをストレートで実現した彼は 「確かに東大を主席とは言ったんだけどなんか違う」 とボヤきつつも結婚してくれた妻を愛していた。

 彼の結婚式に全員で参加した社内一同がその第一子の誕生を待ち望んでいたが、とにかく、彼が極めて個人的な感情だけで言っているわけではない事は理解している。


「飯田、ありがとう、確かに帰宅を許せる状況ではないな」


 社長は一同を代表して現状を総括した。

 いかなる理由があろうとも、これだけの異常事態で帰宅は許可できない。

 今の敷地外の状況は、単純に言うと古戦場と言った有様だったのだ。

 もっというと、疫病の発生を憂慮すべき、決戦直後の戦闘跡地であった。

 

「とりあえず、石下君、たしか防災だか衛生の資格を持っていたよね?

 警備員さんと協力して、付近で何が問題か調べてもらっていいかな?」


 石下は資格マニア的な面を持っていた。

 もっと言えば、彼は『無人島で四ヶ月暮らしてみた』 『自作ろ過器以外から水を取らない制限のある生活三ヶ月』 『7月に家の電気全部ソーラーにしてみた~一ヶ月後~』など、体を張った企画で有名な動画配信者であった。

 そのため、今の状況とは何の関係もなかったが、危険な周辺調査の担当としては最適の担当者と言えた。

 困ったように周囲を見回した彼は、むしろ安心感を感じさせる笑みを浮かべた総務課長を確認した。


「うん、石下くん、よろしく頼むよ」


 彼の直属の上司は、気軽に彼を売った。




年月日不明 07時28分 ワイルド・ネイチャー物産株式会社 正門付近


「あのー、これ、人間じゃないですかね?」


 明らかな人間の死体を確認した石下は、自信なさげな口調で警備員に尋ねた。

 苦悶の表情を浮かべたそれは、平たく言えば古代ローマ時代の軍団歩兵に見える。

 顔だった部分に折れた槍らしいものが刺さり、正視するに耐えない有様だった。


「あー、そうですね。

 日本人には見えませんが、残念ながら少なくとも人間のようです。

 それにしても石下さん、こういう状況に慣れているのですか?」


 警備員は不思議そうに尋ねる。

 大抵の日本人は老衰や病死以外の死体には慣れていないし、ましては眼前のそれは損壊のある明らかな他殺体だ。

 彼が疑問に思うのにも無理はない。


「別に元警察官ではないのですが、不思議と他殺体にご縁がありまして。

 だから前職の不動産は辞めたんですよ。

 それはそうと、これって殺されてから3日と経っていないですよね?」


 経験則から鑑識顔負けの私見を漏らしつつ、石下は緊張感のある声で尋ねた。

 被疑者らしい明らかに人間ではない死体も周囲に散らばっていたが、とにかく敵と味方が同数に相打ちになることなどありえない。

 大規模な戦闘があったらしいが、敗残兵や、あるいは勝利した側が潜んでいる可能性は十分にある。


「そうですねえ」


 警備員はのんびりとした声で答えつつ、中古のジュラルミン大盾と警棒を持っていた。

 彼は正門を出てから、もっと言えば本社屋から出た瞬間から警戒態勢だった。

 ヘルメット、防刃ベストに加えて盾と警棒の彼は、どこに出しても恥ずかしくない昭和の機動隊員スタイルであるが、装備が中身に負けているような威圧感を身に纏っている。


「提案なのですが、人を集めて正門やフェンスに近いところのものだけ埋葬して、それ以外は無視しませんか?」


 石下の声音は切実だった。

 現状は、どうにも常識が通用しそうにもない。

 明らかに日本国憲法の及んでいないような気配を感じ、もっと言うと自身の明日の生存すら危ぶまれるような危機感を覚えていた。

 更に残酷なことを言えば、彼には現場検証だけではなく、社内の電源復旧や、トイレの復旧も仕事として課されている。

 精神的に耐えられるかどうかは別として、穴をほって埋めるだけの作業は誰か別にやってほしいと彼は考えていた。


「全然賛成します。石下さんのお仕事のいくつかは私の生存にも影響します。

 とりあえず敷地の外はヤバいという事で、今日はそこまでにしましょう」


 警備員は、石下の意見に完全に同意した。

 ワイルド・ネイチャーは、健康食品やミリメシと言われる軍用レーションの販売も行っており、無駄に豪華な倉庫に在庫が死蔵されている。

 だが、それは現状において良い事としても、人間は食料さえあれば生きていける程強靭ではないのだ。


 



2022年12月29日 00時32分 千葉県内某所 ワイルド・ネイチャー物産株式会社付近


「はい、こちら現場です」


 ヘルメットを被り、緊張した表情を浮かべた女性レポーターが話し始める。

 時刻は深夜であるが、周囲は大量の投光器によって照らし出されており真昼のようであった。


「周辺は多数の警察官で完全に封鎖されており、私達報道陣もこれ以上前に進むことが出来ません」


 彼女が横に一歩ずれると、物々しい規制線が目に入る。

 多数の警察車両が完全に道を塞いでおり、さらに仮設のブルーシートの壁が道路を塞ぐようにして建設されつつある。


「周囲の住民の話を伺おうとしたのですが、既にこの地域には避難命令が出ており、住民の姿は見えません。

 現場付近の道路はすべて封鎖されており、ここからでは見ることは出来ませんが、事件のあった建物周辺ではガス漏れもあるとのことです」


 ここで、彼女は耳元のイヤホンに注意を払う。

 スタジオからの指示を聞き取っているのだ。


「はい、はい、そうです。

 付近を運転中に事件に遭遇したタクシードライバーによると、現場は、えー、わいるど?失礼しました、ワイルド・ネイチャー物産株式会社の本社です。

 敷地の横を走っていたところ、何かが光り、気がついたら見えなくなっていた、とのことです」


 このカメラからはわからないが、規制線の向こうにあるワイルド・ネイチャー物産株式会社の周囲は異様な光景となっていた。

 建物の基礎の底面とそれ以外、まるでそこで切り取ったかのように、地面をえぐり取るようにして巨大なクレーターが出来上がっていたのだ。


7/13 0050時 場面転換の部分についてご指摘を頂いたため、一部を修正ししました。

7/13 2359時 誤字脱字を直し、全体的に修正および加筆を行いました。

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