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叫べ魔法

 リチュアは本当に器用な奴だ。

 俺の二倍はあろうかという巨大猪を解体しただけでなく、その骨や毛皮を加工して、即席の武器とマントを作って見せてくれた。


「夜はマントがないと、ここじゃきついでしょうね」


 なんて言いながら、骨を使って肉と油をこそぎ落としていくさまは、やはり手馴れている感じがあった。

 前の宿主は、狩人か、加工を生業とする者だったのだろうか


「うーん、今はこれでいいか。それから……あ、後ろ、向いといた方がいいわよ?」

「何を」


 する気なんだ、と問いかける前に、リチュアがタクティカル・ボアの頭蓋に石を――――そこから先はちょっと覚えていない。

 再び意識が戻った時には、すでに俺の目の前には、大量の焼き肉と、岩場に干された大量の肉、骨の加工品が並んでいた。

 毛皮のマントも近くの岩の上に、肉側の方を広げて干されていた。

 そして、今も視界の端で作業をしているリチュアの近くに、猪の皮をはがれた頭蓋骨が置かれていたのだが……一部の骨が砕けて、空洞が見えていた。


 いつ、俺はスタンド攻撃を食らったのだろうか。


「……時を止められたのか、時を飛ばされたのか、どっちだろうか」

「単にアンタが気絶していただけよ」


 骨を削りながら、リチュアが俺の妄言を一蹴してきた。


「どれくらい動いてなかった、俺?」

「さぁね。けれど、二時間は起きていないんじゃないかしら」

「そっか……」


 二時間も気絶しながら立っていたことに驚きながら、手伝えることは特になかったので、周囲の警戒をすることにした。

 結局、タクティカル・ボア以外に、生物は何も見かけなかった。




           ‡            




 岩だらけの砂漠に入って最初の夜を迎えた。

 昼夜の寒暖差が激しい地域が故に、夜を過ごすためにたき火が欠かせない夜を乗り切るために、リチュアはタクティカル・ボアの毛皮で作った即席のマントを纏った。

 ドライアドの体で、運命共同体である大樹と遠く離れ、力も弱っている今、元の体の持ち主でであるフローチュアを守るためにも、彼女は生き残るために出来ることは、全部行っていた。

 その一環として、寝そべったカイトの腹に寄り掛かり、少しでも体温を保とうとするのは、必要な措置であった。


「何かの拍子に潰しそうだから、離れてくれないか?」


 心の底から心配している目のカイトがそう言ってきたが、リチュアは一蹴した。


「このマントだけじゃ凌ぎ切れない。迷惑なのは承知の上だけれど、凍えて体力の消費を減らすために協力して欲しいの」


 事実を淡々と突きつけると、カイトは「けれどね?」と食い下がりながら、目を逸らした。

 彼は別に、小さなフローチュアの事を異性として意識して、照れている訳ではない。

 自分の巨体が、何かの間違いでリチュアを傷つけないかを、本当に心配しているのだ。


 この中身が人間のトリケラトプスに似た生物は、フローチュアの事を酷く心配している。過保護とまではいかない。

 自分を守るために傷つき、自分の行動のせいで一度死んでしまったフローチュアを失いたくないと、頑ななのだ。


 それは別におかしなことではないのだが、カイトに寄り添って眠ることは、リチュアが宿っているフローチュアを生き残らされるために必要な処置なのだ。

 何が何でも受け入れてもらう必要があった。

 それに、カイトが心配しているような事態を引き起こさない方法を、リチュアは知っている。


「予想よりも寒いのよ。たき火と毛皮があるから凍え死ぬことはないけれど、いらない体力を消耗してしまうの」

「確かに、寒いな……」


 不安そうな声音でそう返したカイトに、リチュアはもう一押しだと口を開いた。


「そう言う訳で、この子のためにもアンタのお腹を使わせてもらうわよ。それと、寝返りだとかが心配なら、それもご無用。何とかしてあげる」

「そんなことができるのか?」

「えぇ。これを使えばね」


 そう言ってリチュアがマントの内側から取り出したのは、長さ十センチ程の、少しだけ太い枝だった。


「これはフローチュアとリンクしていた大樹の枝よ。落ちていたものを拾っておいたの」

「いつの間に……それで、どうやって俺の寝返りを止めるんだ?」

「簡単な話よ。ぇいっ」


 気の抜けた掛け声と共に枝を魔法の杖のように振るう。

 すると、


「……あれ?」


 カイトが少しだけ焦ったような声を出しながら身じろぎをする。その動きは、少しだけ鈍い。二度、三度、四度と揺れて、ようやく彼はホッと息を吐いた。


「足を地面に縫い付けられたみたいな感じがしたんだが、何をしたんだ?」

「魔法の一種よ。これで、アンタは寝返りを打とうとしたり、寝惚けて体を動かそうとしたりしても、違和感に気が付いて目が覚めるでしょ?」

「ま、まぁ確かにこれなら安心かも……な?」


 カイトもおずおずと頷きながらも、どうにか納得した様子であった。


「それと、この魔法は、今の私じゃ使えるのは一日に……三回くらいでしょうね。夜中にアンタがトイレで目覚めた、って時のために、残りの一回は取っておきたいから、もう寝るわよ」

「すまん……」


 頭を下げるカイトからは、リチュアの事も気遣う雰囲気があった。自分のせいで、不自由を強いられているフローチュアと、自分に対して、申し訳なく思っているのだと、リチュアはわかって、鼻を鳴らした。


「謝るなら、さっさとこの砂漠を出るために、昼間は馬車馬よりもキビキビ働きなさい。風のように速く、稲妻のように目にも留まらぬ勢いで、この砂漠地帯を抜け出すの」

「……ああ、わかったよ」


 カイトが素直に頷いたのを確認して、リチュアは枝を小さく振るった。

 それから、カイトの岩のような肌の中で一番柔らかい腹部分の体温と、意外と悪くない寝心地に、フローチュアの体が安心して眠りに入ろうとしたのを感知した。


 魂は眠っていても体が覚えているって奴ね、と心の中で独りごちた。


「おやすみなさい。明日も頼むわよ」

「あぁ、おやすみ」


 こうして、リチュアとカイトは眠りについた。

 二人とも、朝まで一度も起きることはなかった。




           ‡




 寒い夜が明け、朝がやってきた。

 朝日が昇ってくるのと同時に目が覚めた俺は、体が動かなかったことに少しだけ焦り、リチュアが魔法でそうなるようにしたのを思い出した。

 その魔法をかけた当人は、俺の腹を枕側にし、あどけない寝顔を見せている。


 おこすのも忍びないし、しばらくこのまま過ごすか。尿意もそこまで感じてはいないし。

 などと考えていたら、リチュアがぱちりと目を覚ました。


「あら、おはよう」

「おはようだけど、もう少し寝ていてもいいんだぞ?」

「早起きは三文の徳って言うでしょ。朝食を食べたら、また走ってもらわないと。できれば、今日か明日には、この砂漠を抜けたいわね」

「それは同感だね」


 体を揺すって簡単な束縛から抜け出し、俺たちは朝食を取ることにした。

 なお、水に関しては岩山に湧いていた水を、フローチュアが持っていた木製の水筒に入れ、それをちびちびと飲んでいる。フローチュアが携帯できるほどの大きさしかないため、今日中にでも水源か、水を溜めているタビビトノキのような植物を探さないと、俺はともかくリチュアが脱水症状を起こしてしまう可能性もある。


「水に関しては問題ないわ」

「どういう意味だ?」

「アンタ、自分の体を見て見なさいよ」


 言われて、体を見回す。

 すると、背中側のごつごつとした、岩の鎧のような肌に、僅かな水滴がついているのを確認できた。


「空気中に僅かに含まれた水分が、朝露となってアンタの体についているのよ」

「こんな岩だらけの砂漠で、ありえるのか?」

「水源が近いのかもしれないわね。あんな大きさのタクティカル・ボアが生存していた、ということは、少なくとも食事となる植物なり小動物なりがいて、最低限の水もある、と考えるのが妥当でしょうね」


 言いながら、リチュアが枝をまた振るうと、少しだけ強い風が吹いてきた。何と風は俺の体表についていた朝露を全て拭い飛ばした。

 そして、いつの間にかリチュアが持つ水筒の口の真上に、水の塊が出来つつあった。


 信じられないような光景だった。

 まるで、アニメや映画のワンシーンのような光景に、俺は体ごと振り返って見つめてしまう。


「それも魔法か?」

「そうよ。ついでに、ろ過っぽい事もしておいたから、一応このままでも飲めなくはないわね」


 ちゅぽんっと音を立てて、水の塊が水筒に入って行った。リチュアは蓋を閉めると、マントの内側へとしまった。


「問題は、アンタの寝返り対策の魔法が今日は後二回しか使えないってところね」

「うん? 今の風を起こす魔法は、そこまで魔力を使用しないのか?」

「ちょっとばかり消費するだけだけれど、今のフローチュアには負担が大きい。だから、この大樹の枝を杖代わりにして、負担を減らしているの。だから、使えるのはほとんどの魔法が三回まで……てことなの」


 ほとんどの魔法が三回まで……そしてこの言い回しだと、それ以下の使用制限のある魔法が存在するということだろう。


「三回を超えたら、多分、私は魔力を急激に失ったショックで気を失って、無防備になるわ。時間が経てば回復するけれど、そう言う事態は避けたいのよ」

「つまり、出来る限りそんな事態に陥らないように気を付けろ、と言う事だね?」

「その通りよ」


 これは、便利な力だが、あまり頼ってもいられないな。

 さっさとこの砂漠を抜けて、毛皮だけで彼女が寝過ごせる場所に向かわないと。


「それと、アンタ、寝相かなりいいから、魔法がなくても大丈夫だと思うわよ?」

「油断してたらって事があるだろ?」

「そう言われたらそうね。困ったもんだわ」


 そして、俺たちは再び朝陽が差す岩だらけの世界を走り出した。


最近、一年ぶりくらいにラノベを購入し、読んで文字通り感情が動きまくりました。

現代を舞台にしているのですが、ファンタジーで、考えるところもあって、それでも、ありがとうって作者さんたちに言える、そんなお話でした。

私にとっては、少なくとも、素敵なお話でした。

ラストもう二十ページもないよねってところからの超逆転劇と、その後のお話に、うおおおおって不思議な感情を胸の中に湧き起らせてしばらくとどまらなかった読後感を与えてくれました。

いい作品でした。素敵な土曜日の午後を過ごしました。


あの時、手に取って裏のあらすじを見ようとして、限定ショートストーリーリーフレットで裏表紙が何も見えない状態だったのに、表紙とタイトルと帯の文句で、あ、買おうって思って、レジへ持っていった私、グッジョブ。


ところで、アニメ長瀞さん一話を見ました。こういう系の話はあまり好きではなかったはずなのに、すんなりとみられているのはきっと、Aパートだと長瀞さんが漫画の中身を実演してくれるシーンでのやり取りや、Bパート終わり付近でセンパイ君の涙を拭く時の長瀞さんの声がすっごく優しかったからだと思います多分きっとメイビー。

後、スーパーカブとマグカップもよかったです。


これで、恋するおとめや先輩がうざい話がアニメ化したら……あ、私の寝る時間が消えるな、うん。

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