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叫べ生きる事

 拝啓

 清和のみぎり、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。


 母上様と父上様は如何お過ごしでしょうか。幸香は小学校に通い出した頃でしょう。朝、ちゃんと自分で目覚められているのであれば、心配するところはありません。

 私の方は、最近になり、ようやく今の環境に慣れてきたところです。

 少し参ってしまうような日もありますが、貴方がたの不肖の息子は元気に生きておりますので、ご心配なさらないでください。


 また、いつの日か、母上様たちと出会える時を楽しみにしております


敬具


追伸

 最近、命の恩人と、さらにその人の命の恩人と一緒に旅をすることになりました。

 何を言っているのかわからないと思いますが、愚考に走った息子を助けてくださった方々ですので、どうかご安心ください。




           ‡




「と言う訳で、今日も全力で生き残るぞー!」


 荒涼とした風景が広がる岩だらけの砂漠に、カイトの絶叫がドップラー効果と共に響き渡った。

 さらに、岩に当たって反響し、あちらこちらからぐおんぐおんと戻ってくるため、岩だらけの地形と相まって、たまに自分がどこを走っているのかがわからなくなりそうになる。

 だが、カイトはトリケラトプスであるため、微かな匂いの変化や、野生の底力で、地形の差異を見逃すことはない。


 故に彼は走ること、安全な道を選ぶ事、そして背中に乗っている大切な人と一緒に生き残ること以外は、何も考えらなかった。


「ほら~、ちゃっちゃと走りなさいよ~」


 幼い少女の、無感動で間延びした声が降ってくる。


 カイトの視界は、人間のものよりも、ずっと広範囲を見ることができる。両眼で約三五〇度を見渡せると言えば、どれほどの視野を持つかわかるだろう。自分の頭頂部から後ろ、縦一線以外はほぼ全て見えている。首回りの襟巻が小さいことも助かっていた。


 だが、全力疾走で激しく揺れるカイトの背中の上で、寝そべるようにしがみつくリチュアの顔は見えない。緑のワンピースに覆われた肩と露出した手足がちらちらと見える程度だ。

 六歳から七歳ほどの外見である彼女と、カイトとの体格差は歴然であった。

 なのに、態度はカイトよりも大きいのであった。それだけの実力を、彼女は持っている。


「スタミナに難あり、ってところかしら」

「これでもっ、かなり走れている方だ!」

「走る事だけに集中なさい。それより、来てるわね」

「言われなくても見えてるよ!」


 カイトの後方、約五メートル。

 小さな山が動いていると見間違うような、巨大猪が追いかけて来ていた。カイトも、人間の大人から見てもそこそこ大型の生物に入るが、猪はその比ではなく、カイトが子どもに見えてしまう巨体だった。

 バナナのように反り立つ一対の牙を向けながら、カイトへ今にも追いつきそうな速度で猛進している。牙に突き上げられても、本体に突進されても、大怪我では絶対に済まない。


「いい加減、諦めてくれないかアイツ!」

「無理ね。縄張りに突っ込んできた生意気な奴って思われているだろうし」

「一言一句合ってるよ!」


 カイトは魔獣の意志を“自分が理解できる言葉に近いものへ変換できる”ため、巨大猪が何を考え、何のために追いかけてきているのかがわかる。


 二分程前、岩山で一晩を過ごして休息を取った二人は、山を降りた先に広がっていた岩砂漠を抜けるべくそこそこの速度で進んでいた。しかし、そこで大きな岩陰からぬぅと姿を現した、これまた巨大猪と鉢合わせしたことから、逃走劇が始まったのだ。

 カイトたちは何もしていない。ただ出くわして、目が合っただけで、殺意と敵意満載で襲い掛かられたのだ。

 それから、ずっと追いかけられ続け、カイトは先日の巨大蛇から逃げた時と同じくらいに、心身共に消耗していた。


「いつまで追いかけて来るんだよ!」

「この砂漠が終わるか、アイツのスタミナが切れるまで、かしらね」

「もういいだろってならないのか?!」

「ならないわね。アイツはタクティカル・ボア。その気性の荒さと巨体で、人間たちからは軍猪として利用されることもある、有名な魔獣化した猪だから」

「戦術クラスの生物ってなんだよ!」


 理不尽を叫びながら、追いかけてくるタクティカル・ボアをどう振り切るかを考える。

 恐ろしき森の覇者である魔熊レッドハンドよりも大きな相手に、今の二人で立ち向かえるかと言われれば、はっきりとNoと言う答えが出て来る。

 しかし、カイトの体力もそろそろ限界が近づいてきている。タクティカル・ボアも、じりじりと差を詰めてきている。

 昨日、二度も絶体絶命の危機に陥ったのに、またこれか、とカイトは歯を食いしばる。


「ちなみに、アイツってやっぱり雑食か?」

「えぇ、雑食ね。追いつかれたら、アンタはいざ知らず、私ならペロリといかれちゃうかもね」

「ちぃっ!」


 弱肉強食の大自然。

 かと言って、それに従うつもりなどカイトには一切なかった。


 リチュアの体は、自分の大切な恩人が眠る体なのだ。リチュア自身にも大きな借りがある。

 むざむざ殺させない、とカイトは気力を振り絞る。しかし、それでも広がらない差に、焦りも積もっていく。

 いざとなったら、自分が囮になってリチュアを逃がすという方法も考えたが、


「言っておくけど、アンタが犠牲になるのは無し。アンタが死んだら一番悲しむのは誰か分かっているでしょ?」


 またも脅しをかけられ、カイトは黙る事しかできなかった。


 フローチュア。

 それがリチュアが宿っている体の本来の持ち主である、ドライアドの名前だ。

 森に逃げてきたカイトを追いかけてきた巨大蛇を食らい、竜を食らいたがるようになったレッドハンドから彼を守るために、無理をし過ぎた。その上、そのカイト自身の行動によって森から出てしまった結果、彼女は死んでしまったのだ。


 そんなフローチュアを救ったのが、リチュアである。自称、精神生命体のようなもの、らしい彼女によって、フローチュアの魂は肉体を離れず、回復するその時まで、深い眠りについているのだ。


 リチュアはフローチュアの体と、カイトを守るために、一緒に旅をしているのだ。フローチュアが目覚め、カイトと再会できるまで。


「だから、絶対に自分を犠牲にするとか考えないことね」

「けれどさ、どうやってこのピンチを切り抜けるんだ?」

「あの猪の頭に一発ドカンと入れれば行けるわね」

「どうやって?! 言っとくけど、俺、ほとんど跳べないぞ?!」

「そうね。だから、今、考えを纏めているの」


 冷静に、どこまで無感動にリチュアが弱音を切り捨てる。

 冷たく聞こえるが、二人で共に生き残ることを諦めない意志を、その言葉から感じ取れる。だからカイトは、彼女が答えを出すまで、我慢することができた。


「よし、一か八かってところだけれど、命、預けてくれる?」

「わかった! どうすればいい?!」

「あそこに岩山が見えるでしょ。私が叩いたら、急ブレーキをかけて」

「よしっ!」


 カイトは言われた通り、リチュアの小さな指が示した方角に見えた、大人の人間大の岩まで疾走する。

 タクティカル・ボアがさらに速度を上げてきた。もう、追いつかれてしまう。


 そんなところで、リチュアが背中を叩く感覚があった。


「勢いで跳べ!」


 強く、鋭い指示が飛んできた。

 ブレーキをかけるが、勢いを殺すことができず、さらにカイトの体は前方へ大きく跳んだ。

 咄嗟に、体勢を整え、岩に瞬間的に着地した瞬間、さらにリチュアの指示が飛ぶ。


「さらに前方へ跳ぶ!」


 勢いに乗ったまま宙へ躍り出たカイトのすぐ真下へ、タクティカル・ボアが突っ込んでくるところだった。


「と言う訳で踏むっ!」

「おぉっ!」


 ここに来てリチュアのやろうとしていることを理解したカイトは、必殺のスタンプ・キックをタクティカル・ボアの額へ炸裂させた。

 強い衝撃と確かな手ごたえを感じるのと同時に、タクティカル・ボアが悲鳴を漏らしながら顔を地面に突っ込ませ、そのまま慣性の法則に従ってずり進んでいく。

 カイトがそのまま跳んで離れると、巨大猪はカイトが足場にした岩に衝突して、それを砕いた。それでも勢いは衰えず、数メートルさらに進んで、ようやく止まった。


 着地し、様子を伺うが、タクティカル・ボアはピクリとも動くことはなかった。


「勝った……のか?」

「えぇ、勝ち。おめでとう」

「……助かったぁ~」


 戦闘終了を言い渡されると、カイトは緊張の糸が切れ、その場に座り込んでしまった。


「もうダメかと思った……」

「生き残れてよかったわね、お互いに」


 リチュアの言葉を素直に受け止め、少し休んでから、タクティカル・ボアへ近づいた。


「こいつ、どうしようか」

「あら、食べようと思えば食べられるんじゃない? 少しクセはあるけれど、タクティカル・ボアの肉は美味しいわよ?」

「マジか。ってお前、食べたことあるのかよ」

「えぇ」


 小学生に入りたての年頃にしか見えない少女に言われても、あまりしっくりとこなかったが、中身は精神生命体らしいので、前の宿主の時にでも食べたのだろう、とカイトは結論付けた。


「で、食べるにしても弔ってやるにしても、解体しないといけないな」

「それなら私がやるわ。丁度、その辺にいい大きさに砕いてくれた石ナイフが転がっているし」


 タクティカル・ボアによって砕かれた岩の破片の中から、扱いやすそうな大きさのものを一つ手に取ると、リチュアは意気揚々とそして手際よく、タクティカル・ボアを解体し始めた。

 小さな手が山を切り崩しているように見える、不思議な光景だった。


「あら、血を見ても平気なの?」

「まぁな」

「そっ。じゃあ、とりあえず今日はごちそうと行きましょうか」


 その日の昼食は、焼き肉尽くしだった。


「俺、草食のはずなんだけどな」

「アンタが生きていた世界のトリケラトプスじゃないんだから、肉を食べてもおかしくはないんじゃない?」

「それもそうだな」


 すんなりと納得すると、自分用に分けられた肉の塊を食べ、目を輝かせた。


「う、うんまぁーい!」

「でしょー」


 この日、カイトは転生してから初めて肉を食い、前世も含めて一番美味しい肉だと感じたのだった。


「生きる事は食べる事。それは植物も動物も関係ない。皆、生きている。だから、いただきますと人は言うのよ」

「この世界でもそんな習慣があるのかい?」

「一部でね」


 そんな会話をしながら、二人は少し堅めで癖はあるが、ジューシーな肉に舌鼓を打った。


タクティカル・ボア、別名は「素材の宝庫」です。

こいつの体に無駄な部分はない、と言われる程、人間世界では重宝されています。


リチュア「上手に焼けました」

カイト「美味い、美味い過ぎるっ!」

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