守護者と角鎧竜
フローチュアの森に戻り、レッドハンドを倒してから数日。
俺とリチュアは穏やかな日々を過ごしていた。
フローチュアの記憶を読んでいたリチュアが、彼女のルーティンワークを引き継ぎ、森の様子を見守りつつ、時折散歩に出かける。
やることは特になく、酷い怪我をしている動物がいれば、助ける程度だ。
難しい事はわからないが、こう言った事は、人間観点で言えばあまりよろしくないのでは、と思ったが、問題ないらしい。
むしろ、リチュアから言わせてもらえれば、人間の方がヤバいでしょ、とのことだった。
何だか、本質を突かれたような、不思議な気分になったことを覚えている。
森の保全もルーティンの一つらしいが、指先一つ動かすことなく、森の中であればどこにいようと、リチュアはそれを完遂することができる。
森全体に張り巡らされた大樹の根を通して、リチュアは力を行使し、例えば荒れた地面を最適化し、木々が生えすぎて必要最低限の日光が届かない場所があれば、少しだけ草木たちの体勢を変えてもらう、等していた。
俺の背中で仰向けになっているリチュアは、傍から見れば、何と言う事はない、幼い女の子に見える。
だが、その実態は、やはり凄い力を持った妖精なのだと、改めて実感させられる。
ところで、リチュアは散歩の時に俺を足代わりに使っている。
この巨体でも、透に困らない道はあるにはあるが、それほど多くはない。なので、通り道を確保するために、リチュアは草木にしなってもらったり、体勢を変えてもらうことで一時的に道を造り出している。
正直、面倒ではないかと思うし、何だったら草木に申し訳ないと思う。
動物たちだって、俺が通るたびに警戒したり逃げ出したりしているし。
「もしもレッドハンドみたいな奴がまた来たりしたら、その時にアンタと一緒じゃないとしんどいじゃない」
それもそうだと思い直し、以降はこれに関して意見を言う事はなかった。
それにしたって、毎日のどかだ。
これまでの慌ただしい旅に比べれば、雲泥の差である。
完全に暇、と言う事はないが、体が少し鈍っていくような感覚はあった。
そのため、森の中の散歩は有り難いのだが、どうにか自主トレのようなものを行いたくはあった。
リチュアに相談したら、あっさりと答えが返ってきた。
「それなら、今から言うところを軽い調子で走って来なさい。全力ダッシュはしないこと」
そう言うと、彼女は俺にハーネスを取りつけ、そこに一本の枝を取り付けた。杖にも使っている、フローチュアの大樹の落ち枝だ。
「ルートから外れそうになったら、私が案内してあげる」
「これで通信ができるのかい?」
「そう言う事」
そう言う訳で、彼女に案内されるがまま、森の中を走り出した。
俺が通り抜けるのに困らない場所を選んでくれているらしく、そう言った点では問題を感じなかった。
だが、足場はあまりよくなく、泥でぬかるんでいる所もあった。魔法を使って体勢を整えようとしたが、リチュアに自力で何とかしろと言われ、実際に少しバランスを意識するだけで、どうにかなった。
『いい? 魔法に頼らず、どうにかできる時はしなさい』
枝を通して、リチュアの声が頭の中に聞こえてくる。まるでスマホのようだが、この通信が使えるのは、彼女が認めた相手が持つ枝だけらしい。
『もしも魔力が切れたら、そればっかりに頼っていた奴はどうなるかしら?』
「すっごく困りそうだな」
例えるなら、それまで空を飛んで暮らしていた奴が、急に空を飛べなくなったら、生活に滅茶苦茶困るだろう。体が重たくて動けない、なんてあるかもしれない。
あ、ド○クエにあったな。母さんがやってた。
ゲーム知識以外で例えてみよう。
そうだな。
例えば、疲れている時にエナジードリンクばかりに頼っていたら、いずれ耐性ができて効果がかなり薄れてしまい、ついに仕事に本当に支障が出てしまう、みたいなものか。エナジードリンクを飲んだことがなく、人伝に聞いた話なので、この例えが正しいのかどうかは知らないが。
「あれ、でも待ってくれ。そうなると、この世界の魔法使いって、魔力が切れたらどうなるんだ?」
よくあるパターンだと、魔力が切れた魔法使いはただの人、という感じか。言い方は悪いが。
『いい質問ね。確かに、魔力が切れたら、魔法使いはただの人……だけど、戦闘能力はある程度持った、ただの人になるわ』
もったいぶった言い方をしているが、この世界の魔法使いには、何か奥の手があるらしい。
「つまり?」
『白兵戦もできるのよ、この世界の魔法使いのほとんどは』
それなら、魔力を失っても、ある程度戦えるということか。後は、魔力が回復すれば元通りに活躍できるわけだし。
この世界の魔法使い、凄いな。いや、自分たちの弱点なんだから、そこを補う考えがあるのは当然か。
『いい言葉を教えてあげる。ノーカラテ・ノーウィザードよ』
「ん?」
何やら妙な言葉だった。
「空手ができなければ、魔法使いじゃないってこと?」
『その通りよ』
言い得て妙だった。
ただ、空手という単語が出て来た事には驚いたが。この世界にも空手、あるんだな。
旅の途中、リチュアは何度も魔力切れになって気絶したり、魔法が使えない場面があったが、意識を保っている時は武器や知識を用いて戦っていた。
遠距離武器が多かったが、近接武器も使っていたため、彼女の言葉には説得力があった。
でも、空手じゃないよね、武器持ってるよねというツッコミはどうにか抑えた。
『そう言う訳で、アンタはこのランニング中、出来うる限り魔法を使わずに、自分の肉体の力だけで走り切りなさい。もちろん、レッドハンドみたいな奴が現れたら、その限りじゃないわ』
今の俺なら、多分、身体強化を使わなくても、レッドハンドに勝てる。
この前の戦いで、そう実感した。
流石に受け止められたのは驚きだったが、身体強化や各種魔法を使っていなかったとしても、奴をミーナから引き離す距離が半分ほど変わるくらいかな、と予想できる。
だが、油断するとダメだということは、旅の中で痛感している。
もしもの時は彼女の言う通りにしよう。
そう言う訳で、俺の日課に、森の中でのランニングが追加された。
簡単であるが、自分一人では、なかなか思いつかなかったかもしれない。
本当に、リチュアには助けられてばかりだ。
リチュアは不思議な奴だ。
偶然にも死したフローチュアに宿り、彼女を助けてくれた。
旅に出てからは、数えられないくらい、俺も助けてくれた。
キツい物言いも多いけど、すっごく気を遣っていて、面倒見のいい奴。
地球で、彼女が異性の友達なら、と考えたこともなくはない。
きっと、楽しいのだろう。
精神生命体って言うからには、素の姿はないのかもしれない。
だが、似たような人を、何となくだが、知っている。
本人が何か話しかけてくるまで聞かないつもりだが、もしかしたら、とも思う。
それを今、試そう、という気概はないけれど。
『ペースちょっと上がりすぎてるわ。集中なさいって言ったでしょ。少しスピード落としなさい』
「すんません!」
教育的指導を受けて、首を振り、雑念を取り払う。
今は、この日常を楽しもう。
フローチュアが戻ってきたその後に……って、そう言えば、夢の中で、フローチュアから何か言われたんだよな。
夢だし、俺の作りだした幻、なんだろうが……。
次に会うまでに、しっかりと自分を許すこと。
これまでの旅を振り返る事。
それが、彼女が俺に言ったことだ。
俺の無意識が、夢で彼女の姿を借りてそう言わせていたとしたら、何とも気分の悪い話だ。
『集中しなさーい』
「お、おう」
『……って言っても、出来ない時もあるかー。仕方ない』
リチュアがそう言ったすぐ後、気分が、どこか晴れやかになった。
うじうじしていた悩みが、少しだけ消えて、どうすればよいのか、何となく導き出せるような気がした。
「何かしてくれたのかい?」
『精神回復をちょっとねぇ』
「すごいな」
『礼ならいいから、走りなさい。次はスピード上げる。自分の感覚でいいから、速い状態と遅い状態を作りなさい。で、走り終わったら、午後の見回りに行くわよー』
「おう!」
俺は意気揚々と残りのコースを駆け抜ける。
罪から逃げる気はない。
俺が俺自身を許せる時が来るかどうか。それがフローチュアの戻って来る時にまで果たせるかどうかは、わからない。
今は、前を向いていよう。
せめて、フローチュアが戻ってきた時に、彼女を心配させないように、顔を上げて。
お読みいただき、ありがとうございます。
リチュア「ファルトレクになるのかしらねぇ、これ」




